第34話『助太刀』

 斧にかかる重力をゼロにしているのか、まるで手慣れたモノかの様に振り回していた。


 重量級であるはずの武器が、まるで紙みたいに舞う姿を見ると、どうにも頭の中で違和感が拭えず、躱しているというのにタイミングがズレているのではという焦燥感に駆られた。


 しかも、いきなり幸太郎の体が水底に沈んだみたいに重くなった。

 どうやら幸太郎の体を重くしたらしい。


 余裕を見せつけるつもりか、桜手はゆったりと斧を構え直し、幸太郎を頭から叩き割ろうとした。

 だが、幸太郎は、重くなった体でも必死に腕を伸ばし、その斧を白羽取りした。


「ぐ、ぅぅッ!」


 斧の重量もそうだが、自分の腕が重く、骨や筋肉が鉛にされた様だった。

 顔を赤くしながら、その斧が振り下ろされない様、押さえつづける。


「辛いだろ! そりゃそうだ。今お前の体重は倍以上になってるはずだからなぁ!!」


 桜手の顔は、楽しそうだった。まるでアリを踏みつぶす子供の様に、無邪気な悪意を感じる幸太郎。自分のしている事が正しいかどうかなんて考えていない、勝手すぎる考え。


「オラッ、死ね荒城ィ!!」


 桜手のローキックで体勢を崩され、幸太郎は膝を地面についてしまう。振り下ろされる。

 幸太郎は、その瞬間に斧を引き、桜手の体を引き寄せ、鳩尾に頭突きを叩き込んだ。


「ぐぉ……!?」


 痛みにより集中力が途切れたからか、幸太郎の体が軽くなった。今がチャンスだ。ここで沈められなくては、もう勝てない。


「おぉおおぉおおおぉおおぉッ!!」


 幸太郎は拳を構え、右ストレートと左ストレートのコンビネーションを桜手へと叩き込む。


「まだだぁッ!!」


 幸太郎は、そこから服を掴んで、背負い投げ。落とすタイミングをズラし、頭から落とした。


 並の人間なら、死んでいるはずだった。


 だが、桜手は「お前らしくねえなぁ」と笑いながら、幸太郎を見上げて、足を掴んで近くのスロットマシンに向かって放り投げた。


 また重量を軽くされたらしく、まるで駄々をこねた子供がぬいぐるみを投げるみたいに、派手にふっとばされた。


「ぐぉッ!?」


 スロットマシンの出っ張りが背中に刺さり、鈍い痛みが走る。


「体に防御魔法を張ってたんだよ。着弾を確認しないとは、お前らしくない失敗だなぁ、荒城ぃ……」

「ちぃッ……」


 確かに、幸太郎は焦っていた。だが、『この世で最も絶対に近い力』の制限というモノがわかってきた。


 おそらく、重力を操れるのは一つの物に対してのみ。だから幸太郎の重量を重くしたら、斧の重量を操作できない。

 そして、もう一つ。一定の範囲内(幸太郎の目測で斧が届く距離まで)でしか重力を操れないという事。


 使いこなせないのか、それとも元々そういう制限なのかはともかく、あとはどうやってその弱点を突くか、だ。


 遠距離戦が最も突きやすい。だが、幸太郎に遠距離武器はない。魔法使いに遠距離武器など使っても、防御魔法で防がれるのがオチ。ガトリングや大砲なら突破できるだろうが、そんな武装を持って来るのは現実的じゃない。


 もちろん、拳だって殴り続ければ防御魔法は破れる。だが、あれはマジック・ボクシングという限られた魔法しか使えないというルールがあったから出来た事。


「……ちっ。しゃあねえか」


 幸太郎は、トンファーを腰から抜くと、それで自分が寄りかかっていたスロットマシンをぶっ壊した。


 突然の蛮行。桜手は驚きながら、その行動を見ていた。幸太郎は、壊したスロットマシンから、大量のメダルを取り出し、それをポケットに突っ込んだ。


「……なんのつもりだ?」


 思わず、桜手はそんな事を訊いていた。それほど、幸太郎の行動は奇怪だった。今、メダルを取り出してどうなる?


 なんの意味もないだろう。


 そうは思ったが、相手は対魔法使い戦術の持ち主。それは、この世でハチェットと彼しか知らない戦法。きっと幸太郎はメダルを使って、何かするつもりなのだ。桜手は警戒を強める。


「なんのつもりだ?」

「さぁな。それを素直に言うかよ」


 幸太郎は喉の奥で声を押し殺すみたいに笑った。


「オラ、行くぞ。とっとと片付けて、蜂須賀くんとこにお見舞い行きてえんだよ、こっちは。お前みたいな暇人と違ってよ」


 そう言って、幸太郎は一歩ずつ、ゆっくり踏み出す。今までの全力疾走で距離を詰めるスタイルとは、明らかに違った。


 何故なら、彼自身、あの斧を警戒しているから。

 しかし、幸太郎はそれを隠す為に、わざとメダルを取るという訳のわからない動作を見せつけた。


 一度負けている相手に再び挑むというのは、よほどの勇気、勝算が無くては出来ない事だ。更に、桜手はまだ幸太郎の手の内を全部見切ったと思っていない。


 まだ何かある。そう思わせるには充分すぎる相手。桜手は決して、幸太郎をナメてはいない。


 それは幸太郎も同じ事。メダルを取ったのは、桜手に警戒を抱かせる為だが、それだけで動きの邪魔になるメダルなんて取る訳が無い。


「そらっ! 餌だぞエテ公!!」


 幸太郎は、ポケットから取り出したメダルを二枚、両手の親指で弾いて桜手へと飛ばした。

 何かあるのか? と警戒している桜手は、当然そのメダルを触れようとは思わない。斧の力で重力を操り、メダルをその場で落とした。


 同時に落ちるのではなく、一つずつ順番に落ちた。


 メダルが離れすぎていたのか?

 幸太郎は次いで、メダルを大量に掴んで、それを思い切り投げた。


 大量のメダルの集まり。今度は一斉に落ちた。


 なるほど、おおよそ特質魔法の範囲がわかった。

 バラで飛んで来るメダルなら、一個ずつしか落とせないが、塊で大量に飛んで来るメダルは一度で落とせる。つまり、目の前にしか重力は張れない。


 背後からの不意打ちならおそらく倒せる。だが、今になって不意打ちはほとんど無理だろう。


 もし、誠也の『聖域での決闘』が無ければ、一度逃げて体勢を立て直し、背後を取る事ができたかもしれない。まあ、逃げた所で誠也がやられて人質にされる可能性もあるので、逃げるという手はどちらにしても潰れているが。


 聖域内も、カードゲーム台やスロットマシンなど、隠れる場所はあるが、斧の破壊力や重力操作を考えると、そう上手くは行かないし、そもそも相手の目を潰さなくてはならない。


 さっきは仮面に阻まれ、その仮面はすでに外しているし、いくらなんでも同じ手が二度通じると考えるほど、幸太郎の頭はおめでたくできていない。


 とにかく、背後からの攻撃か、重力攻撃で潰さなくてはいけない優先順位から自分をどれだけ落とせるかが勝負の分かれ目になる事は、間違いなかった。


 後五歩程度歩けば、重力の範囲内というところまでやってきた。


 幸太郎は再び、指からコインを弾き、桜手の目を狙った。

 だが、重力の結界がそれを許さない。


「どうしたどうした! コイントスしかできることがないのか!?」

「お前がアホだから、策が進んでいる事に気付いてないだけだよ」


 喧嘩は、殴り合いだけではない。


 言葉であっても、相手を認めてはいけない。相手の言う事は否定して、心を折る方向で話を進めなくてはならない。その教えに、幸太郎は忠実だった。少なくとも、今桜手は幸太郎を警戒している。なら、その警戒に付け込んで、相手の中の自分を大きくするだけ。


 幸太郎はメダルを飛ばしながら、ハッタリをかます。


「お前がいくら強力な魔法を携えて来ようと、俺には勝てないんだよ。猿が棒持った所で、人間様に勝てない様にな」

「テメェの口は、一度切り刻んでおかなきゃならねえみたいだなぁッ!!」


 怒り狂った桜手は、斧を振るうスピードを高めた。どうやら、今は斧の重量を軽くしているらしい。


 怒った人間は、相手を倒そうとする時、大抵の場合最も手応えを感じられる手段を取る。今の桜手なら、斧での直接攻撃だとわかりきっていた。

 しかも、体術で幸太郎には勝てないという事を、綺麗さっぱり忘れているようだった。


 怒ってはならない。


 戦闘中に判断力を欠く事など、絶対にあってはならない。


 幸太郎は、ついに一歩踏み出した。


 武器を相手にする時は、まず刃を取ろうなんて思わない事。相手の手を取るのが最も安全であり、確実。


 その手を取り、斧を奪い取る。


 だが、使い慣れない武器は武器でなく、ハンディにしかならない。


 だから、すぐにその斧を捨て、幸太郎は桜手の顔面に一撃右拳を叩き込んだ。

 しかし、思ったより桜手はタフだった。まだ倒れない。それどころか、斧を魔法で手元に戻し、いつでも重力を操作できる体勢に戻る。


 幸太郎は舌打ちして、間合いから出る。トンファーを出す暇がなかったとはいえ、出しておけばよかったと後悔してしまう。それなら、一撃で顎を砕けたはずなのに。


「……あぶねえ、あぶねえ。お前の常套手段にまたやられるところだった。相手を挑発して、いつもの力を出せない様にする。……俺は、もうお前の言葉なんて聞かねえ」

「そいつは、もったいねぇ。俺の言葉を聞いとけばよかったって後悔する時が、きっと来るぜ」


 幸太郎は、強がって笑うのが精一杯だった。

 トンファーを腰から抜いて、構える。丸腰でやれる相手じゃない。大師匠、バルディッシュ・ドシンの——ハチェットが恐れた男の特質魔法を、持っているのだ。

 幸太郎は、トンファーを構えて走り出した。



  ■



「第一隊、閃光弾! 第二隊、弾幕増やすにゃッ!」


 カジノ・バグジー一階。上の階で幸太郎と誠也が戦っている中、一人一階に残った真希は、猫の軍勢に指示を出し、桜手の配下と戦っていた。


 状況は正直に言って、五分五分だった。使い魔という魔法だからここまでやれているし、真希じゃなかったらもう負けていた。


 武装した猫達が、銃や爆弾を使い、軍勢と張り合っているが、決め手に欠けるのも事実。そろそろ片付けて、上に助太刀へ行きたいが、そう簡単には行かない。


「幸太郎達、大丈夫かにゃ……」


 不安げに、真希は天井を見上げる。既に幸太郎達が上階に上がってから一〇分ほどが経過している。カリスマが降りて来ない事で、とりあえず幸太郎達は負けていないのだろうと思うしかなく、真希はじれったい思いをしていた。


「よそ見してんじゃねえぞオラァっ!!」


 そんな真希の正面で、一人の男が氷の魔法で作った氷塊を真希に振り下ろした。


「にゃあ!?」


 上を気にしすぎて、目の前が疎かになっていた。防御魔法が間に合わない。ダメージを喰らうのも覚悟の上だったが、そんな彼女の前に、人影が現れて、彼女を庇った。


「『白い火柱フレア・ホワイト』!!」


 その人影の右手が、白い炎に包まれ、振り下ろされた氷の塊を、その炎で受け止めた。個体化している炎は、がちんと堅い音を立てて氷とぶつかり合い、帯びた熱で氷を水に変えていた。


 そして、その炎を男の顔面に飛ばして気絶させると、その人影は肩越しに振り返った。


「どーも、白山先輩!」


 その人影は、宝塚陽介だった。幸太郎と誠也のマックス勝負で会っていた彼女は、すぐにその顔を思い出す事が出来た。


「あっ、キミは幸太郎の友達の……?」

「そっす。遅れましたけど、助太刀にきましたよ」

「ど、どうしてここがわかったにゃ……? それに、いいのかにゃ? だって、相手は骸躯を持ってるにゃよ?」


「幸太郎は目立ちますからね。ちょっと街で聞き込みすれば、すぐにわかりますよ。……それに、相手が骸躯持ってようが、蜂須賀くんは友達だし、殺られて黙ってられないっすよ。幸太郎もやるって言ってるんだし、俺達はそれについていくだけっす」

「……へぇ。俺達って事は、あの子も来てるのかにゃ?」


 真希は、嬉しそうに笑う。


「キミ、二つ名とかは無いのかにゃ?」


 陽介の隣に並び、真希は指揮棒を構え直す。


「ないっ! つまり、無限の可能性を秘めた男、宝塚陽介です!」

「よし、それじゃ陽介、行くにゃあ!」


 そうして、陽介は大群の中へと飛び込んで行った。真希も、指揮棒を振るい、猫達へ指示を飛ばした。


  ■


 そして、カジノ・バグジー二階。幸太郎は、トンファーで桜手の斧と打ち合いをしていた。


 相手の斧は重力操作により、槍と同じような軽量武器になっていて、かつ当たった瞬間に重量武器の様な威力を取り戻したし、そもそも自分の体が重くなったり斧が速くなったりと、テンポを崩されるので、攻撃を躱し辛い。


 武器の方が軽いと思ったら、今度は幸太郎の体を重くされて、バランスを崩した。

 膝が折れ、頭が少し下がる。


「やべ――っ!」


 幸太郎の首へ、斧が飛ぶ。それを二本のトンファーでガードしたが、トンファーが折れて、幸太郎は二メートルほど吹っ飛ばされた。威力的にはもっと飛んでもおかしくなかったが、重力の所為で飛ばなかったのだろう。


 こうなっては飛ばされた方がよかった。追撃を躱しきれない——。


 桜手が斧を頭の上に振り上げ、降ろす。その光景を見ながら、幸太郎は必死に頭を回していた。どうする? どうやって躱す。重力で重くされた体では躱しきれない。


 なら防ぐしかない。だが、あの重量級の武器を正面から防ぐ手だては存在しない。

 終われない。終わる気もない。

 だが、道が無いのも事実。


 幸太郎は舌打ちをして、ごめん、と謝った。

 蜂須賀くん。ほんと、ごめん。


 だが、まだ道はあった。

 いや、正確には、出来たのだ。


 突然幸太郎の腹に何かが巻き付き、それに背後へ引っ張られた。軽い力だったが、コレ幸いと幸太郎は地面を蹴っ飛ばして、背後へ飛んだ。


 そのおかげで、斧の攻撃を躱す事ができた。


 誰だ、と背後を見れば、告葉がプラスシルバーを従えて、立っていた。


「お、お前。どうやって入ってきた……?」


 告葉の後ろを見れば、デュエル・サンクチュアリが消えていて、再び現れた。どうやら告葉がやってきたから、誠也が一旦解いたらしい。


「幸太郎、助けにきた」


 告葉は、そう言ってナイフを取り出す。彼女の隣に立つプラスシルバーも、ぐにゃりと揺れた。


「……サンキュー。だが、この戦いには手出し無用だ」


 幸太郎は、引きずられた学ランの背中と尻の部分を叩く。


「ちょ、何言ってるの幸太郎!! あれ、骸躯でしょ!? 魔法も持ってない幸太郎じゃ、太刀打ちできない!」

「あんなモン、屁でもねえ。それより、足立の方に強力してやってくれ。あいつ、対人は出来てもゴーレム相手にはさすがに苦戦してるらしい」


 幸太郎は、デュエル・サンクチュアリの向こうでゴーレムを殴りつけている誠也をちらりと見て、鼻で笑った。彼の魔法では、堅いゴーレム相手は苦戦を強いられてしまうのだ。


「た、確かにあっちも大変だけど……。でも、幸太郎の方が、大変じゃ……」

「これは、アイツと俺のタイマンだ。男同士の戦いで、誰かに味方してもらうってのは、ダセーからな」

「いや、そんなバカな事言ってる場合じゃ……」

「いいから! お前は足立の助太刀行って来い!!」


 幸太郎の怒鳴り声に、告葉は肩を跳ねさせた。そして、数秒ほど迷った様に黙り込んでいたが、「……わかった」と頷いた。


「足立くん! これ、一旦解除して!」

「えぇ!? でも、いいのか荒城!」


 幸太郎が親指を突き立てたのを見て、誠也はデュエル・サンクチュアリを解除し、告葉がその領域から出ると、再びシールドが張られた。


「……よう、待たせたな。これで、またタイマンだ」

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