第32話『復讐心は肉を食らう』


  ■


 


 その場にいた生徒は――まあ、ほとんど全校生徒だったが――そう思った。


 幸太郎のクラスから始まった大乱闘は、次から次へと魔法使いが増えて行き、幸太郎対全校生徒という様相になった。


「待てオラァ!!」


 幸太郎は、追われていた。廊下を全力疾走し、後ろから追いかけて来る学年男女入り乱れた魔法使いの大群から逃げていた。それも、背後から飛んで来る光弾を避けながら。

 今も、背後から一発飛んで来る。それを、幸太郎は頭を屈めたり、ジャンプしたりして躱す。


「くっそぉ……! ちょこまかとぉ!」


 先頭で追ってくる男子生徒が一人、光弾をチャージしていた。

 幸太郎はそれを見て、すぐに振り返り、腰から引き抜いたトンファーを男子生徒に向かって投げた。


 その男子生徒の足にトンファーが絡み、男子生徒は転んでしまい、地面に光弾をぶっ放してしまう事になってしまい、後から追いかけて来た連中も爆発に巻き込まれた。


 かつてアメリカ警察が使用していた、逃げる相手を捕まえる為の逮捕術を応用したのだ。


 多人数で、追いかけて来る魔法使いをまとめて倒すなら、この手が一番。

 だが、さすがに後ろの方にいた連中はまだ無事だ。幸太郎は、トンファーに仕込んでいたワイヤーを引き、投げたトンファーを回収してから、再び逃げた。


「くっそ! 逃がすなぁ! あいつを放っておいたら、この学校の終わりだ!!」


 そんな声を聞きながら、幸太郎は階段を飛び降りる。当然、追って来る魔法使い達。だが、幸太郎はワイヤーを、降りて来た連中の足に引っ掛ける事で、階段から転げ落ちさせる。


「面白ぇくらい罠に引っかかってくれんなぁ!!」


 幸太郎は怒鳴った。彼がそうして、学園の地形を利用し、魔法使いを倒した頃には、夕方になっていた。



  ■



「はぁーッ……はぁーッ……」


 幸太郎は、魔法使い達が転がる校舎を後にしながら、校庭の真ん中で、煙草に火を点けた。


「くそったれ。結局、この学校に根性のあるヤツは、いねぇって事か……」


 紫煙を吐きながら、幸太郎は宛も無く歩こうとした。自分を狩ろうとした相手を狩って行けば、いつかはカリスマに辿り着く。なんなら、魔界都市にいる魔法使い全員を狩ってもいい。


 幸太郎は、復讐心に取り憑かれていた。


 無茶だとわかっていた。けれど、止まる訳には行かない。蜂須賀は確かに敵だった。


 けど、今は仲間だ。


 蜂須賀くん。


 俺は、アンタの事をいけ好かねえ男だと思ってたよ。でもツルむようになって、意外といいヤツだなってわかったし、面白いヤツだともわかったよ。

 今から、あんたを殺ったヤツ、殺すから。


「よくないんじゃないかにゃー、幸太郎」


 背後から聞こえて来た声に振り返ると、そこには真希が立っていた。


「……よぉ、どうした。猫ちゃんの散歩か」

「幸太郎が誰彼構わず殴り飛ばすから、巻き込まれない様にするの大変だったにゃー」


 真希はそこから、乱闘が始まってから逃げまくった事を、幸太郎に必死の形相で説明した。


「まぁ、結局ほとぼりが冷めるまでいつもの林にいたんだけどにゃー」

「で、何の用だ」

「冷たいにゃー。猫愛好家として、幸太郎の復讐に手を貸すって言ってるにゃよ」

「……何を言ってる?」


 幸太郎は眉間に皺を寄せ、真希を睨む。


「にゃふふ。どーせ、カリスマとやらがどこにいるか、わかってないんでしょー?」

「それがどうした。魔界都市にいる魔法使い、全員狩ればいい」

「そんなのアホがする事にゃ! 私を使えばいいにゃ」

「……お前をどう使えってんだ」


 はふー、とワザとらしい溜め息を吐く真希。


「私の能力、忘れたにゃ? 幸太郎。私の使い魔、猫達で、情報収集してやるって言ってるにゃ」

「……へぇ」

「最初は、幸太郎に強力する気なんてなかったにゃ」


 真希は、少しだけ申し訳なさそうに言った。表情にも陰りが見える。


「狩りの主導者だった蜂須賀の為の復讐にゃ。普通の森厳坂生なら、かかわり合いになりたくないと思うのが普通にゃ。学校を困らせてた不良生徒の為に動くなんて」


 だが、真希はそこで、決意したように笑う。


「でも、幸太郎があそこまでするなら、私も強力しなくちゃと思ったにゃ。私が友達と……猫ちゃん達と一緒にいられるのは、幸太郎のおかげにゃ。だから、友達の為に動く幸太郎に、協力するにゃ」

「嬉しい事言ってくれるじゃねえの」

「にゃふふ。もう猫ちゃん達が動いてくれてるにゃ。もうしばらく待つといいにゃ。カリスマの潜んでる所を見つけてやるにゃ」

「お前、有能だなぁ」

「にゃふふふふふッ! もっと褒めるといいにゃ!」


 さぁ! と自らの頭を差し出す真希。撫でろ、という事か? 幸太郎は首を傾げたが、ネコミミカチューシャの間に手を置き、何度かぽんぽん頭を叩いた。


「ふふん。でも、これだけだと思ってもらっちゃ困るにゃ。また今度、何か奢ってもらうにゃ」

「あぁ。美味いラーメン屋があるから、そこ連れてってやるよ。暗黒軒っていうんだが」

「それ絶対おいしくないにゃ!?」

「いや、それがそうでもないですよ、先輩」


 と、いつの間にか真希の後ろに立っていた誠也が微笑む。


「うにゃ。『リングの白騎士』、足立誠也じゃないかにゃ?」

「ども。そういうあなたは『使い魔使い』の、白山真希先輩」

「なんで誠也がこんなトコいんだよ」

「お前に殴り倒されないよう、部室に避難してたんだよ。止めたんだけど、先輩達も行っちゃってさ。その様子を見ると、殴り倒されたみたいだけど」


 幸太郎の姿は、ボロボロだった。傷だらけで、服も所々ほつれている。


「ほれ、荒城。回復してやる」


 誠也の回復魔法を受け、幸太郎の傷や服が治った。


「あぁ、サンキュ。……にしても、お前らは狩られてねえんだな」

「何人かは来たけど、全員返り討ちにした。リングの白騎士をナメんなよ?」

「私も似た様な感じにゃ。猫ちゃんパワーの前に、狩りなんて通用しないにゃ」

「頼もしい連中ですこと」


 幸太郎は溜め息を吐く。


「俺も行くぜ、荒城。お前には、戦ってくれた借りを返さないといけないしな」


 そう言って、誠也はバンテージを巻いた拳を幸太郎に見せつける。使い込んだその拳。バンテージに刻まれているのは、彼が最も得意とする加速魔法。


「臨戦態勢ってわけか。ま、味方は一人でも多いほうがいいし、な」

「……っ。幸太郎」


 その時、耳に手を当てた真希が、幸太郎を真剣なまなざしで見つめる。


「猫ちゃんの一匹が、カリスマとやらがいるアジトを見つけたみたいにゃ」

「ほう。……んじゃ、突っ込むか」


 幸太郎は、前髪を掻き上げ、校門へと向かう。そして、その後ろには真希と誠也。


「いいのかにゃ? 幸太郎。あの、宝塚って子と泉って子に協力してもらわなくって」

「あぁ、そうだよ。宝塚ってヤツは知らないけど、泉って子は優秀だし、味方に引き入れといた方が良くないか?」


 真希と誠也に言われ、幸太郎は振り返らないまま返事をする。


「いいんだよ。確かにあいつらはいてくれた方がいいかもしれねえが、今回やる事は危険だ。……そうだ、お前らも、相手は骸躯を持ってる。やめたいんなら、今からでも遅くはねえぞ」

「骸躯とは……。学生同士の抗争にしちゃ、大げさなモン取り出して来たな」


 誠也は、そう言ってはいるが、妙に楽しそうに笑っていた。


「骸躯が発動してるとこを見るチャンスは滅多に無いし、コレはいい勉強になるな」

「うにゃー。結構好戦的な性格してるにゃあ、リングの白騎士は」

「そうじゃなかったら、マックスなんてやってないすよ。そういう先輩はどうなんすか? 骸躯。死ぬ可能性だってあるし、やめた方がいいんじゃないすか?」

「猫は恩義を大切にするにゃ! 死ぬかもしれないくらいで、恩を返さないなんて許されないにゃ」

「義理堅い人っすねー。……そういう事なら、俺も安心して背中預けられますよ」


 どうやら、話は固まったらしい。二人は、幸太郎の後に続いて、校門を抜けた。



  ■



 道中、三人の前に現れた三毛猫は、幸太郎達をあるビルへと案内した。路地をいくつも抜け、街の裏側と言える場所へとやってきた。


 そこにある、かつてカジノだったであろう派手なネオンがぶら下がった廃ビルへやってきた。切れかかったネオンが、パチン、パチンと点灯している。薄暗いので、ネオンの文字を読むのにかなり苦労したが、どうも『バグジー』と書いているらしい。


「バグジー? 変な名前のカジノだな……」

「魔界都市には、カジノがたっくさんあるにゃ。悪魔が遊び好きだからっていう理由で、ここだけは賭博が合法化してるのにゃ」


 真希は、猫の口に耳を傾けながら、一年生二人に説明する。


「それで、バグジーっていうのは、ラスベガスを作った大物、ベンジャミン・シーゲルのあだ名にゃ。意味は、キチガイとか虫けらとか、そんな感じにゃ」

「……シロ、お前それ、その猫から聞いてるんじゃねえだろうな?」


 びくりと、真希の体が跳ねる。どうやら図星らしい。開き直ったのか、真希は笑顔で「猫ちゃんの調べでは、ここに五〇人ほどいるらしいにゃ」と宣言した。


「ちっ。まだそんないんのかよ……。さすがに、めんどくさくなってきたな」

「お前は休んでてもいいんだぞ? 全校生徒と殴り合ったばかりだろ」


 誠也は、青いオープンフィンガーグローブをバンテージの上から填めていた。

 幸太郎も、バンテージを巻き、腰に差したトンファーを確認する。


「アホ言うな。俺の喧嘩に、俺が出ねえでどうすんだ」

「そう言うと思ったよ。……んじゃ、行きますか」

「おう。殲滅戦だ」


 幸太郎は、自動ドアを蹴破った。ガラスの割れる甲高い音が、辺りに満ちる。

 様々なゲームがある中、森厳坂の生徒達か、武装を取り出し、喧々囂々とした叫び声を上げる。


「何言ってっかわかんねえんだよ、猿共! 人間の言葉喋れる様になってから来い!!」


 そんなわかりやすい挑発に、連中は幸太郎達へ向かってきた。


「幸太郎、ここは任せるにゃ。大群には、大軍にゃ!」


 一歩前へ出た真希が、指揮棒を振るった。


「『猫と私の中隊キャット・カンパニー』!」


 武装した猫の軍隊が、真希の前に現れる。その内、一匹の黒猫が、幸太郎の足をトン、と叩き、行ってこいとでも言いたげに、幸太郎を見上げた。


「うっし、ここは任せたぜ、シロ。行くぞ足立!」

「オッケー!」


 二人は一階を走り抜け、寂れているが、妙に作りのいい豪勢な階段を駆け上がる。

 そうして、二階に上がると、そこにはカリスマが一人、中央のカードゲーム台に腰を降ろしていた。


「よぉ、テメーか。蜂須賀くん殺った、カリスマって名乗ってるヤローは」

「もうその挑発には乗らないぜ、荒城」


 カリスマの高い声に、幸太郎は変な声だなぁ、と眉を顰めた。

 そこへ、誠也が「あれは、変声魔法って言って、声を自由に変えられる魔法だ」と耳打ちする。


「ほー。正体隠してカリスマとは、シュールギャグのつもりか? ……まあ、お前が本当は美容師だろうがモデルだろうが、カリスマだなんて恥ずかしいモン自称してる時点で、爆笑モンだけどな。——あっ、顔も髪型も隠してる時点で、モデルとか美容師とか、そういうオシャレな職業じゃねえよなぁ。その仮面とかセンス悪すぎ。オシャレまだ覚えてない小学生みてえ」


 幸太郎は、べらべらと挑発をくっちゃべって行く。


「……こ、のやろぉ……!! 口のうまさだけは、一級品だな……ッ」


 カリスマの仮面から、怒気が漏れる。


「あぁ? 違ぇよ。間違えんな。口のうまさも、一級品なのさ」

「その減らず口、後悔するぞ。絶対するぞ!」


 カリスマは、指を鳴らした。

 その瞬間、周囲の壁から、煉瓦で出来た三メートルはありそうな人形が大量に這い出て来た。


「ちぃ。ゴーレムかよ! あいつら堅くってめんどくさいのに量があるな……!」


 誠也は舌打ちしてから、幸太郎とカリスマを交互に見て、位置関係を確認する。

 距離は一〇メートルそこそこ。これくらいなら大丈夫か、と頷いた。


「荒城、ゴーレムは俺がやる。お前はカリスマとやれ」

「あぁ? 何言ってやがんだ。どちらにしても、こんな密閉空間じゃ、ゴーレムに邪魔されんだろうが」

「安心しろ。俺の特質魔法がある」


 そう言って、誠也は叫んだ。


「『聖域での決闘デュアル・サンクチュアリ』!」


 幸太郎と誠也の間に、蛍光色の半透明な壁が現れた。その中には、幸太郎と、カリスマしかいない。


「こいつは、俺の特質魔法。本来なら相手を逃げられなくするモンで、ガード用じゃない。だから普通の戦いには使えないんだけど、こういう時には役立つ。ゴーレムが片付いたら、俺もすぐに援護する。それまで、死ぬなよ」

「おう」


 二人は、壁越しに拳を重ねた。そして、誠也はゴーレムへ向かって、走って行った。


 幸太郎はカリスマへ向き直ると、「思惑が外れて、残念だったな」なんて、わざとらしく笑ってみせた。


「いやぁ、こっちも残念だ。骸躯で無惨に殺されるよりは、ゴーレムに殺された方が、まだよかったろうにという優しさが無視されて」

「そんな心配には及ばねえよ。お前は俺を殺せないし、お前はここで俺に殺される」


 幸太郎は、拳を構えた。ヒットマンスタイル。

 相手の命を、確実に砕くために。

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