第31話『魔法使い狩り』


  ■


 今日は蜂須賀来ないのかな、と幸太郎は思った。


 いつも昼休みは放課後は、一年生の教室にやってきては、エロ本を読んでいるのに、昼休みが終わりかけている時間になっても、まだ来ない。


「なんか、蜂須賀くんいないと落ち着かないよなぁー」


 少し雑談とシャレ込むつもりだったのか、昼飯を食べ終わったあとの余韻を幸太郎との雑談にしようと考えているらしい陽介が、前に座ったままつまらなさそうに唇を尖らせ、教室の入り口を見る。


「最近ずっと一緒だったしな。風邪でも引いたのかもしれねえな」

「もしかして、狩りにあってたりして」

「蜂須賀くんがぁ?」幸太郎は、鼻で笑う。「まあ、仮にあってたとしても、あいつなら大丈夫だろ」


「おっ、今のは狩りと仮を引っ掛けたダジャレかな?」

「やめろ。うっかりダジャレを拾うんじゃない」

「披露したのはそっちだろ?」

「お前、なんか今日テンション高いな……」


 どちらかと言えば、いつもダウナー側の幸太郎は、陽介のテンションについて行けなかった。


「いやぁ、狩りなんて昔のヤンキー漫画みたいなコトが、この魔法学校で起こってるって考えると、なんかそわそわしちゃってさ」

「……お前弱いくせに、トラブルとか妙に好きだよな」

「ん? へへっ」陽介は、鼻の頭を軽く掻く。「弱いからだよ。言うなれば、俺は一般ピープルなの。だからお前らの喧嘩みたいな、大舞台は絶対プラチナチケットで見たいんだよ」


「面白がるのはいいけどよ、火の粉が降り掛かって来ても知らねえぞ。自分の身は、自分で守れ」

「えーっ。俺はか弱いんだぜー」

「アホか! 魔法使えないヤツの後ろに隠れて恥ずかしくないのかお前は」

「そんなの気にするくらいだったら、お前の友達になんてなってないもーん」


 呆れた様に溜め息をついたのは、幸太郎ではなく、いつのまにか輪に加わっていた告葉だった。頬にバツマークが無いので、まだ狩りにはあっていないらしい。


「魔法使いの品位を下げるような事を言わない様に、宝塚くん」

「なんだよー。いいじゃんよー。俺が弱いのは事実なんだし」

「だったら強くなる努力をする」


 冷たい告葉の言葉に、陽介はあからさまに肩を落として、落ち込んだ。


「……まあ、でも、確かに蜂須賀先輩がいないと、なんだか足りない気はするけど」

「なんだ? 蜂須賀くんが読んでるエロ本、実はこっそり盗み見てたりとかしてたのか」


 幸太郎はへらへらと笑いながら、軽口を叩いた。すると、告葉の背後にプラスシルバーが現れた。顔から察するに、冗談じゃないと思っているらしい。


「お、落ち着け告葉。冗談だから、冗談」


 告葉の背後から、プラスシルバーが消える。どうやら許してはくれたらしいが、まだその表情は険しい。


「いや、でも意外だよ、ほんと。告葉が蜂須賀くんを心配するなんてさ」

「まあ、それなりに会話もしたし、ね」


 ここで付き合いと言わない辺りに、幸太郎と陽介は告葉の意地を感じてしまい、苦笑した。


「……なに」

「いや、別に。おい、陽介。お前、学院の事情通だろ? 蜂須賀くんの家とか知らないか」

「さぁ? 蜂須賀くんは自分の家を誰かに話したりとかはしてないみたいで、情報はさっぱり。先生に聞けばわかるんじゃないかな」

「……じゃ、ハチェットにでも訊いてみっかな」


 ちょうど、そんな話をした時だった。

 教室の扉が勢い良く開きすぎて、潰れた。入ってきたのはハチェットで、まっすぐ幸太郎の元へ向かって来た。


「うわぁッ!? なっ、なんだよ、俺はお前を怒らせるような事してねえぞ!」


 身構える幸太郎だが、ハチェットの表情は真剣そのモノ。それでタダ事ではないと察した幸太郎は、「どうした」とハチェットへ表情を合わせた。


「……蜂須賀くんが、狩られた」


 時が、止まった。

 ハチェットの言葉に、三人が咄嗟に反応できなかったのだ。



  ■



 時が動きだし、三人はハチェットの転移魔法で、学校近くにある病院へと跳んだ。

 そこには、呼吸器をとりつけられ、ベットに寝かせられた蜂須賀がいた。


「はっ、蜂須賀くん!?」


 陽介は、ベットへ駆け寄り、蜂須賀の顔を覗き込んだ。傷はすでに回復魔法で治っているが、意識不明の重体である事に変わりはない。


「なっ、なんで……。蜂須賀先輩が、負けた……?」


 一度蜂須賀と戦い、負けている告葉は、彼の強さを知っている。魔法学院で彼に勝てる人間なんて、そういない。最強と目されていた男だ。


「……アンタらが蜂須賀くんと戦った、廃倉庫。彼はそこに倒れていた」


 ハチェットが語る。三人は、返事をしなかった。


「カリスマ、って名乗る男が、学校に電話をかけてきた。通話魔法だと、バレるリスクがあったからでしょうね。そいつは、『蜂須賀を殺った。俺達は森厳坂狩りを本格的に開始する。邪魔立てをするなら、教師であっても倒す用意がある』って言い残し、電話を切った」

「……その、カリスマってふざけたヤローは、何者なんですか!?」


 陽介は叫ぶ。それはまるで、悲鳴。


「気持ちはわかるけど、静かにして。蜂須賀くんの命に別状はない。意識だって、近い内に必ず取り戻す。……カリスマの正体については、まだこっちも調べてる」


 魔法は、決して万能ではない。戦闘においては、確かに魔法の力は強力だが、こういった戦闘外の事が必要になると、できる事は少なくなる。科学が死んでいない理由は、そういう所にある。


「……狩りには気をつけて、何もしないでおきなさい。あとは、こっちでやる」

「ふざけんな」


 突如、低く、小さい声が病室に落ちた。声の主は、幸太郎だった。それは三人にもわかる。けれど、あまりにも禍々しい怒りを感じさせた。


「俺がやる。……カリスマだかなんだか知らねえが、丸刈りにして身ぐるみ剥いで晒してやる」


「こ、幸太郎……」告葉が、彼の肩に手を置こうとした。


 だが、それはハチェットの「ダメよ」という声に遮られる。


「蜂須賀くんは、ここに運び込まれるまで、まだ意識があった。その時、うわごとみたいに『骸躯』と口にしていた。……相手は、骸躯を持っている可能性がある」

「で、骸躯……? そんなの、勝てるはずねえよ。国宝級の魔法具じゃねえか……!」


 陽介を始め、告葉も、絶望を纏った様な顔をする。魔法使いなら誰でも知っている。骸躯の意味を。

 死から始まる魔法具の意味を。


「……関係ねえんだよ」


 幸太郎は、病室から出て行った。

 ハチェットは、舌打ちをした。


「ったく……。バカ弟子を持つと、苦労するわね」


 そんな彼女の頭に、まるでガラスが震える様な耳障りな音が鳴る。通話魔法の着信音だ。


「なによ。今こっちは忙しいの。メールにして」

『……それが、そうもいかないんだよ、ハチェット』


 通話魔法の相手は、フェリングだった。


『骸躯になった特質魔法の持ち主がわかった。……私たちの師匠『バルディッシュ・ドシン』の物よ』

「はっ……!?」


 ハチェットの表情が、あからさまに動揺したので、陽介と告葉が、顔を見合わせた。


「ふっ、ふざっけんじゃないわよ!! 骸躯に特質魔法を封じ込める為には、持ち主が死んでるのが絶対条件でしょうが!! あっ、あ、あんた、師匠が死んでるって言う訳!?」

『……その通り、だよ。死因もわかってる。死因は、自分の魔法で頭を吹っ飛ばして自殺。悪魔には、そう珍しい話じゃない』


 悪魔は、不死身だ。

 殺される事はあっても、死ぬ事はない。だから、長く生き過ぎた悪魔は、時たま自ら死を選ぶ。


「師匠が、自殺ですって……。あの人は、あたしらのどっちかが殺すはずだったでしょうが……」


 ハチェットの瞳から、涙が溢れていた。自分の成長を信じてくれなかったのか? どうしてあたしたちを残して逝ってしまったんだ? あたしたちの事なんてどうでもいいっていうのか?


 そんな疑問が、頭を巡る。


 答えを知っている者は、もうこの世にはいない。



  ■



 幸太郎はその足で、学校まで戻ってきた。自分のクラスにある、鞄に用があった。

 授業は始まっていて、途中から入ってきた幸太郎に、周囲のクラスメイトはもちろん、教師もちらりと彼を見ただけで、視線を戻す。


 自分の席にかけてある鞄から、トンファーを取り出す。


「……おい、荒城。お前、そんなもん取り出してどうするつもりだよ」


 後ろの席に座っていた男子生徒が、幸太郎を睨んだ。


「テメェにいちいち言わなきゃいけねえか」


 幸太郎は苛立ちを隠さずに言った。

 トンファーを二本、腰に差し、男子生徒の顔を見る。頬にバツマーク。狩りの被害者らしい。


「おい、お前。お前を狩ったヤツの顔を、今すぐ教えろ。俺の頭に、顔を植え付ける魔法くらいあんだろ」


 その言葉の意味がわからないバカは、この教室にいない。

 幸太郎が、何をしようとしているのかわかったクラスメイト達は、一斉に立ち上がった。


「ちょ、調子乗ってんじゃねえぞ荒城! お前が跳ね回るから、こうなったんだろうが!!」


 男子生徒の声に、周囲が賛同した。教師だけは止めていたが。

 俺の周りはいつでもアウェーだな、と幸太郎は自嘲気味に笑う。


「蜂須賀先輩がトップだった頃から、パワーバランスが変わった! 宙ぶらりんになったままのトップを、あのカリスマとかいうヤローが奪い取って、この学院全員が的にされてんだ!!」

「情けねえコト言ってんじゃねえ。的になったからなんだってんだ。抵抗すればいいだろうが。それすらしねえで、お前らはその情けねえ負け犬の証、ぶらさげてんじゃねえだろうな」

「てっ、抵抗なんて、できるわけがねえだろ……! 相手は何人いると思ってんだよ!」

「知るか。関係ねえ」

「それになぁ!! お前が調子に乗ってられんのは、近くに蜂須賀先輩がいたからだ! だからみんな手を出さなかったんだよ! この意味、わかってんのか!?」


「あぁ」幸太郎は、笑わなかった。目の前の男を、心底軽蔑したみたいに見るだけ。


「蜂須賀くんの言う通りだ。お前ら、みんな腰抜けだ。だったら狩られちまえよ。なら俺は、魔法使い狩りをするだけだ」

「こ、のヤロ……!!」男子生徒の手に、光が集まる。


 だが、それよりも速く、幸太郎の拳が男子生徒の顔面を射抜いた。

 鼻血を吹き出しながら倒れる男子生徒を見て、遂に周囲の生徒達が、牙を剥いた。


「負け犬共め。いや……お前らはまだ、負け犬にもなってねえか。お前らは、勝負すらしてねえからな」


 幸太郎は、笑わない。ただ拳を構えた。

 ぶっ倒された男子生徒は、顔だけ起こして、幸太郎を小馬鹿にしたような笑みで見上げた。


「おっ、お前……この人数に、勝てると思ってんのか……。お前にムカついている人間なんて、この学院には腐るほど居るんだぞ……!」


 返事の代わりに、幸太郎は男子生徒の顔面を蹴っ飛ばして、気絶させた。


「やっちまえぇーッ!!」


 誰かが叫ぶ。武装を抜き、近接戦闘を得意とする者が、まず幸太郎へと向かって来た。


「あいつは遠距離を相手にするのが得意なだけだ! 近接でやっちまえ!!」


 ナイフ、メリケン、バット、剣、その他諸々。

 あらゆる暴力が明確な形となって、幸太郎へと向かって来た。

 だが、幸太郎は慌てず、自分の椅子を持ち、相手に向かって放り投げた。

 と、同時に走り出す。


「うわっ!」


 椅子をバットで叩き落としたはいいが、大振りした所為で、近づいて来ていた幸太郎に対処できなかった。


 鳩尾に一撃貰い、それでダウン。


 それに驚いた隙を突いて、幸太郎は隣にいたナイフの男の顎を殴り倒した。

 背後から、首を狙って来た魔法剣をおじぎすることで躱し、そのまま逆立ちの要領で足を持ち上げて、かかとで背後に立っていた男の顎を跳ね上げた。


「調子乗ってんじゃねえっ!!」


 メリケンの男が殴りかかってきた。突然、拳が大きくなる。巨大化魔法だ。

 幸太郎は、放たれた拳の小指を爪先で蹴っ飛ばした。


「いってぇ!!」


 思わず魔法を解除して、拳を見る。幸太郎は、そんな彼の肘を押して、突き立てたような形になっていたメリケンの拳で鼻を砕いた。


「オラ、とっとと来い臆病者共が!! これからお前らを負け犬にしてやる!!」


 幸太郎の言葉に、更なる追撃がやってくる。

 まずぶつかる事になる女子生徒は、腕が四本に増えていた。そして、その一つ一つに、火、風、氷、雷の属性を纏わせた。


「はぁっ!」


 そして、それを同時に幸太郎へ向けて放った。幸太郎はすぐにベルトを外し、上着を脱いで、それを振るう。雷はベルトの金具に吸収され、風はベルトを切り刻み、炎は上着で鎮火され、氷は上着を纏った幸太郎の拳にたたき落とされた。


「そ、そんなっ!?」


 幸太郎は、その女子の顎へ、左フックを叩き込んで、気絶させた。

 入り口から、どんどん他のクラスの魔法使いと思われる生徒が入って来る。


「やれやれ……。魔法が使えない弱者には、こうして牙が剥けるんじゃねえか」


 幸太郎は、前髪を掻き上げ、呆れた様に溜め息を吐いた。


「いいぜ。お前らに勝負ってモンを教えてやる」


 幸太郎は、トンファーを取り出す。

 そして、出て来る魔法使い達を、次々と倒して行く。

「す、すげえ……」


 誰かが、呟いた。呟いたのはその生徒だけだったが、しかし、みんながそう思っていたのは間違いなかった。


 そうか、と。


 ここでやっと、彼らは認識を改めた。無法者である事は、間違いない。


 けれど、彼はそんな名で収まる存在じゃない。


 ——使


 幸太郎は、後に、そう呼ばれる事になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る