第30話『骸躯』
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翌日、幸太郎が登校していたら、妙に武装している生徒が目立った。魔法銃を腰からぶら下げている者、魔法剣を提げている者、あるいは、自分の特質魔法に合った物品を持ち歩いている者など。
そして、さらに武装していない者もいたが、そういうのは大体の場合、なぜか頬にバツマークをつけていた。
「なんだぁ? 祭りでもあんのか?」
「いや、狩りを恐れてんだよ、みんな」
後ろから声をかけられ、振り返ると、そこには陽介が立っていた。少し真剣そうに、「よっ」と片手を挙げた。
「あぁ……。狩り、ね。って事は、バツマークつけられてるやつはもう狩られたやつで、武装してるやつはまだ狩りに遭ってないやつらってことか」
「察しがいいね。そういう事。森厳坂狩りって呼ばれてるぜ」
「はっ。魔女狩りみてーだな。……お前は武装してないのか?」
見れば、陽介は通学鞄以外、持っていなかった。彼は乾いた笑いを浮かべ、「俺は武器の扱いが下手でさ。というより、あんまり魔法戦闘に自信もないし。でも、お前といれば安心だもんなぁ!」幸太郎に肩を組んだ。
「アホか! 俺が毎回どんだけ綱渡りしてっかわかんねーのに、気楽にモノ言いやがって」
幸太郎は、陽介のホールドから脱出。
「んぇー」
「お前、次にそのあざとい萌えキャラみてーな声出したらぶっ殺すぞ」
幸太郎の凄みに、思わず手を前に突き出し、「悪い、悪い」と二歩ほど退いた。
「許してくれよ。最近は冗談言っても、「そんな場合じゃねえ」って、誰も笑ってくれないんだ」
「お前のジョークがつまんないからじゃね?」
「いや、俺は魔法使いかお笑い芸人か迷ったほどの男だし」
「よかったな。道間違えないで済んで」
「ちょっ、俺は口の上手さを活かして、魔法具メーカーの営業にでもなるか考えてるんだから、そこ否定されると自信が」
「この時期から進路決めてるとは偉いな。チャラついた見た目のくせに。しっかりしてる不良とか嫌われるぞ」
「いや、俺別に不良じゃないし。好きなファッションがヤンキーっぽいだけだし!」
「へぇー」
「……そういや、お前は進路どうすんの? このまま魔法使いになれなかったら、魔法関連の職にはつけないよな?」
「その時までにはハチェットぶっ倒せるようになって、契約する」
「いやぁ、無理だろー。『神に最も贔屓された女』だぜ? 倒せるのって、神くらいなんじゃね?」
冗談混じりに言う陽介。冗談なのは、神という存在に対して、だが。
悪魔がやってきて、宗教を信奉する者達は——信奉していない人間でも、『悪魔がいるのなら、神もいるのでは』と考えた。
だが、悪魔達は声を揃えて、『神などいない』と言った。当然、『悪魔がいて神がいないとはおかしいじゃないか』と人類は言う。
しかし、悪魔とはそもそも、彼らが自らに最も近い存在の呼称だから、という理由で便宜上名乗っているに過ぎず、聖書にある様に神と戦った覚えはないのだと。
だから、ハチェットの二つ名の意味は、『皮肉』なのだ。
神はいないが、悪魔はいる。存在が知覚できないのに、最も優れていると称される神。それはきっと、人々の意思が集合しているにも関わらず、誰にも触れる事のできない、運命めいた物だという説が、今の世界ではもっともメジャーだ。
つまり彼女の二つ名は、誰もが強いと認めた証なのだ。
「相手が誰だろうと関係ねえ。ぶん殴れるやつなら、倒せないって事はねえだろ」
ハチェットの強さは、毎晩修行をつけてもらっている幸太郎が一番知っている。あの女がダメージを負ったところなんて見た事が無い。弱い所なんて無い。
それでも、幸太郎は彼女に勝たなくてはならない。
師を越える事は、弟子が最後に成さなくてはならない仕事だからだ。
■
学校は、ぴりぴりとしたムードが漂っていた。誰が狩りを行っている主導者なのか、わからないからだ。
カリスマ。本人はそう名乗っている。
蜂須賀は、くだらねえなと思っていた。
蜂須賀結衣。『スズメバチ』と呼ばれた、学院で最も危険な男。
かつて狩りの首謀者だった彼に、学院での居場所はなかった。悪い事をしていたのだから、当然であると言える。
もちろん蜂須賀はそれに納得している。ただで報復を受けるつもりはないが。
「くっだらねえよなぁ、ええ? おい」
そこは、蜂須賀が狩りをしていた頃、根城にしていた廃倉庫であり、幸太郎と戦った、鉄板が敷かれただけの簡素な二階だった。蜂須賀の周囲には、何人もの森厳坂生徒が倒れていた。
痛みに耐えるような声を出しながら、腐った部位を押さえていた。蜂須賀の特質魔法、『
カクテル・ポイズンは、回復魔法で治す事ができる。と言っても、通常の怪我と違い、治すのに相当苦労する。
だが、どちらにしても彼らは治さない。何故なら、今回復すれば、戦う意思があると思われる。また襲われる。蜂須賀の強さは、骨身に沁みた。だから、いやだった。
立っているのは、蜂須賀の前に立つ、黒いフードを被った男だけ。彼が、カリスマだ。全身黒尽くめで、フードを被り、白い仮面をつけていた。どうやらよほど顔を見せたくないらしい。
蜂須賀にも聞いた事のない、変声魔法で加工されたハイトーンボイス
「カリスマだって言いながら、顔は隠してる。その下がどんなツラか、見てみたいね」
蜂須賀は、カクテル・ポイズンを握り直す。
「俺は、お前とは違うんでね……。森厳坂をシメるまで、何があるかわからねえ。こうして正体を隠させてもらう。俺はお前と違って、森厳坂をシメる事に真剣なんでね」
「まずそこが勘違いなんだよなぁ」
蜂須賀が狩りをしていたのは、退屈していたからだ。決して、自分の通う学校をシメる為ではない。ただ、退屈していたからだ。
魔法と戦う為にここへ来たはいいが、魔法使い達は『戦う』という事を知らなかった。
戦うとは、辛い事。痛みと向き合い、相手を否定する事。
だが、そのすべてを彼らはできない。一番面白かったのが、魔法を使えない荒城幸太郎だったというのは、皮肉な話。
「俺は別にシメるなんて思ってないんだよ。お前と違ってな」
「それが『スズメバチ』の言う事とは思えねえ。ムカつくんだよ。お前の、強いくせにそういうの興味ないみたいな態度がよぉ!」
カリスマは、近くにあった廃材を蹴っ飛ばした。顔は見えないが、怒気は仮面の隙間から漏れていた。
「勝手な印象を押し付けるなよ。俺はお前みたいに、大きすぎる夢は持たない、ショーシンモノさ」
「俺には、森厳坂をシメるなんて、大きすぎる夢だって言いたいのか」
「そうじゃないさ。言葉通り、俺にそんな気がないってだけ。深読みすんな、バーカ」
シメた所で、だからどうしたと自問する日々が待っているだけ。自分の下に強い者がいてこそ、王国は輝く。
戦いを知らない者しかいない軍隊を欲しがる権力者がいない様に、蜂須賀もまた、そんな権力はいらなかった。
「俺はな、幸太郎と出会って気付いた。俺はただ、俺と同じステージで殴り合える、頑丈なダチが欲しかっただけだってな」
蜂須賀は、ニヤリと笑った。
それはまるで、幸太郎の様に、人を見下すそれだった。
お前、まだ気付いてないのかよ?
気付けよ。気付けば、世界が変わるぜ。
そう言っている様でもあった。
「……お前には、失望したよ。蜂須賀」
カリスマは、拳を構えた。
「俺は、お前に憧れていたよ。学院で最も危険な男。その称号は、過大評価だったみたいだな」
蜂須賀はカリスマの言葉なんて聞いていなかった。
彼は、カクテル・ポイズンから毒液を滲ませ、カリスマへ向かって放った。
空中で毒液が弾丸の様になり、カリスマへ向かって行った。
だが、カリスマもその攻撃を防御魔法で防ぐ。
「ゴングにはちょっと弱いんじゃねえかぁ!?」
防いだ事で、カリスマは喜びの雄叫びを上げた。だが、蜂須賀は先ほどの毒液と同時に走り出し、蹴りの射程距離に入っていた。
蜂須賀の蹴りが、カリスマの首を抉った。
「ぐぇ……ッ!?」
「安心しろよ。これがゴングだ」
蜂須賀はよろけたカリスマへ、さらに攻め入る。
蹴りの連射。強靭な下半身がある蜂須賀だから出来る事だ。だが、カリスマはそれを腕でパーリングしながら、距離を取る。
「肉弾戦もできるんだな。俺と幸太郎以外に、森厳坂で喧嘩が出来るヤツがいるとは思わなかったぜ」
「お前らを見ていて、喧嘩ができないと強くないってコトに気付いたんでな!」
カリスマは、拳を放った。構えは小さく、最短距離。
素人が拳を放つ際、威力を高める為に大きな動作を取る事が多い。しかし、それは大きな間違いだ。
確かに一撃必倒は最高の結果だが、そうする為には、鍛錬が欠かせないし、拳で倒す為には、体格というファクターも絡んで来る。
鍛錬していても、一撃で相手を倒せるとは限らない。
ならばどうするか。答えは簡単だ。
次の一撃を貰わない事、合わせて打たれない(カウンターされない)事。そうすれば、理論的には一撃必倒とは何も変わらない。
蜂須賀は、相手の拳をバックステップで大げさ気味に躱しながら、考える。
相手は格闘技の、素手での戦いの鍛錬を積んでいる。だが、喧嘩の鍛錬までは積んでいないし、実戦経験が薄い。
バックステップで取った距離を、再び踏み出して、拳の戻りと同時に間合いを元に戻した。
カリスマは、戻した右拳を、再び繰り出す。
ハンドスピードが速い。鍛錬は相当積んだらしい。
「けどまぁ、問題じゃないんだよな」
小さく、近接距離に居たカリスマにもきっと聞こえていない。
蜂須賀は、カリスマの右腰へ頭を下げる様に、転がり込む様な体勢を取った。
カリスマは、背後に回るつもりだな、と横目で追いながら、足に力を込める。
だが、その横目が仇となった。
転がり込んだのは、背後に回る為ではない。あびせ蹴りだ。
遅れて飛んで来た蜂須賀の蹴りが、思い切りカリスマの顔面を捉えた。思い切り背中から地面へ撃墜され、蜂須賀は倒れた彼へ、カクテル・ポイズンの針を突き刺そうとした。
カリスマは地面を転がり、その針を躱す。
二人は再び、対峙する。蜂須賀は片膝を突いたまま。カリスマは立ち上がっている。
「やっぱ、にわか仕込みじゃダメだな。……これに頼らせてもらうか」
彼が取り出したのは、黒く小さな箱だった。指輪の箱の様。
あれは、魔法具だ。間違いない。微弱な魔力を感じる。
あんなの見た事が無い。
一応蜂須賀だって、魔法の勉強はしている。教科書の代わりだと言わんばかりに学校から買わされた魔法具カタログはそれなりに読んだ。
だが、あんな魔法具見た事が無い。
考えられるパターンは二つ。
一つは『やつが自作したモノ』だが、それが出来る人間はそういない。専門分野だから、学校内にも限られた人数しかおらず、正体がバレる恐れがある。それを蜂須賀に見せつけるとは思えない。
そしてもう一つは、あってほしくない可能性だった。
「……お前が何を考えているのかは、大体わかる」
そこでやっと、蜂須賀はカリスマの言葉に耳を傾けた。カリスマは、自分だけが情報を握っている状態に優越感を抱いているのか、もう怒気を感じさせない。
「この魔法具の正体、教えてやるよ。これはな、
やはりか。蜂須賀は観察する。
特質魔法を封じ込めておく魔法具。あまりにも個々で効果が違う上に、通常売買されない為、裏のカタログにしか載らない危険物。
骸躯。失われた過去を再現する、最高の魔法具だ。
「骸躯に自らの特質魔法が使われる事は、すべての魔法使いにとっての名誉。そして、骸躯を扱う事は、すべての魔法使いの欲望だ」
特質魔法は、絶対に覆せない才能と言ってもよかった。
たしかに、強力な特質魔法だからといって、絶対に魔法使いとして大成できるわけではない。
だが、『フルスケール』である事はもちろん、『ナチュラル』である事は、誰もが望む。才能は、誰もが欲しい黄金のチケット。
それさえあれば、恐れる者は格段に少なくなる。
その才能が金を積めば得られるなら?
そんな偽物の為に、罪を犯すバカもいる。
「……学院をシメる為に、重罪を犯すバカがいるとはな」
「引いてんじゃねえよ」
「引いてねえよ。面白いって言ってんだ。世の中そういうバカがいるから、面白いんだ」
蜂須賀は、楽しそうに笑っていた。
「お前、なんでここに来た?」
「なにがだ?」
蜂須賀は、何か仕掛けられないかと警戒しながら立ち上がる。
「お前はもう、狩りとは関係のない人間だろうが。どうでもいい話だったはずだ」
「そんな事か」蜂須賀は溜め息を吐き、頭を掻いた。「大した理由じゃねえ。俺に成り代わったっていう、お下がりヤローを見に来たってだけの話だよ」
「……そうかい」
男は、骸躯を開いた。
絶望を振りまく、パンドラの箱。
死人の力で、相手を地獄へ導く、禁忌の力。
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