■5『魔法使い殺し』

第28話『狩りの再開』

 誠也との戦いから、一週間後。幸太郎の修行は休みになっていた。いくら怪我が治るからと言っても、試合後のボクサーはダメージが大きい。

 そんな中修行したって碌な事にならないので、ハチェットから休みを出されていた。


「悪いな、告葉。付き合わせちまって」

「いいよ、別に」


 その日は休日だった。

 幸太郎の趣味は、アクション映画の鑑賞であり、新作があると映画館へ走るのだが、せっかく友人もいるのだし、と、陽介や蜂須賀、一応誠也も誘ってみたりしたが、全員用事があるらしく、告葉を誘った。


 今は、アクションだけにこだわった! というキャッチフレーズの、妙につまらなさそうなB級アクション映画を観に来ていた。


「面白かったなぁ。まさか、魔界都市でこんないい映画に出会えるとは」

「……面白かったの、あれ」


 カンフーの師匠と弟子が、悪人達をばったばったと殴り倒して行く、という映画だったのだが、ストーリーも何もあったもんじゃなく、告葉は何回も寝そうになっていた。

 隣の幸太郎が目を輝かせて観ているので、寝るに寝れなかったが。


「あぁ!? すっげえよかったじゃんよ。あの師匠のさぁ、カンフーかと思いきや、いきなりムエタイ使い出す所とか、意外性抜群だったろ」


 パンフレットを握りしめ、映画館の前でハイキックをする幸太郎。そのはしゃぎ方は、ヒーロー映画を観たばかりの子供の様だった。


「いや、あれは設定無視っていうんじゃ……」


 二人は歩き出しながら、アテもなく歩いた。二人とも腹が空いているので、そろそろどこか店に入って、食事にありつこうとは考えていた。


「そうかぁ? ……ま、アクションシーンのかっこよさはすごかったろ?」

「幸太郎もあれくらいの事してるでしょ……」


 魔法相手に飛んだり跳ねたりしている様は、アクション映画さながらと言ってもよかった。


「そういうんじゃねえだろ。あれはさぁ、映画だから面白いんだよ。俺がやると死活問題だからな」

「……まあ、当たったら死ぬヤツもあるだろうし、ね」


 幸太郎は、蜂須賀の『カクテル・ポイズン』を思い出していた。後日、蜂須賀から、「もうちょっと回復魔法が遅れてたら、足切断してたかもな」と笑いながら言われたときは、さすがの幸太郎もゾッとした。


 あれだけは、二度と喰らいたくなかった。


 二人は繁華街にやってきた。どこで飯を食べようか、と相談していたのだが、突然、幸太郎の肩に背後から誰かが手を乗せた。


「よぉ、ちょっとツラ貸してくれねぇ? 兄ちゃん」


 声に聞き覚えは無い。だが、まるであざ笑うようなニュアンスの含まれた声に、幸太郎は思わず背後へ裏拳打ちを叩き込んでいた。


 さすがに、魔法学校で一ヶ月近くも敵意に晒され続けただけあり、すでに幸太郎は自分に対する敵意を敏感に感じ取れるようになっていた。


 だから、隣に立つ告葉が、『知り合いだったらどうするんだ』というような驚いた顔をしていても、幸太郎はまったく気にせず、優雅な動作で背後へと振り返った。


 背後で鼻血を出し、無防備に寝転がっているのは、ホストの様な垂れた前髪の、チャラいとカテゴライズされそうな少年だった。幸太郎より一つ、二つ年上だろう。


「なんだコイツ」

「いや、それを聞く為にも、あんな事しちゃまずかったんじゃ……」


 告葉の呆れた様な目に、幸太郎は不貞腐れたみたいに「わぁーったよ。起こしゃいいんだろ、起こしゃ」と言って、近くの路地裏に体を引っ張って行き、人目につかない所で両肘の関節を外してから(ほんとは膝も外しておきたかったが、告葉がいるので自重した)、爪先で鳩尾を突いた。


「ぐぉほっ!?」


 呼吸困難の所為か、すぐに意識を取り戻す。そして、幸太郎の顔を見たかと思いきや、すぐに「何しやがんだテメェ!」と掌を幸太郎に向け、攻撃魔法を放とうとした。


 だが、


「な、なんじゃこりゃぁ!?」


 すでに関節が外されていて、攻撃魔法の照準が定まらない。腕のいい魔法使いなら、その状態でも放てなくはないが、並の魔法使いでは痛みが邪魔して撃てないのだ。


「おま、お前っ、出会い頭、鼻に裏拳叩き込んで来たり、腕の関節外したり、ホントに人間かよッ!?」

「悪いね。こっちは魔法使い共に狙われる身なんで、どうしても用心深くなっちまうんだよ。後ろに立たれて、あんなムカつく声出されりゃ、誰だって手が出ちゃうと思うけどね」

「こ、このヤロ——っ」


「はい、ストップ」幸太郎は、彼の喉元に爪先を突き立てた。「余計な事をくっちゃべると、喉仏潰す。回復魔法があるんだ。即死じゃなきゃ、何したって復活できるよなぁ、魔法使いってのは」


 危機にさらされている喉仏が動いた。生唾を飲み込んだらしい。


「何の用があって俺に話しかけた?」

「か、狩りだ」

「狩りぃ?」


 幸太郎は、再び蜂須賀の顔を思い出す。狩りと言えば、蜂須賀が主導していたグループがやっていた、悪ふざけとも言える遊びだ。


「俺達は、あるお方から頼まれて、お前達を襲ってるんだよ……! あの方は、マジでつえぇんだ。だから逆らえねえ……」

「あの方、ってのは誰だ?」

「……『カリスマ』って名乗ってる」

「名乗ってる? 会った事ないのか?」


「あぁ……。蜂須賀くんがお前に負けてから、俺らのグループは最悪だ。蜂須賀くんを恐れて仕返ししなかった連中にも、襲われるし……。だから蜂須賀くんを狙ったりもしたが、結局ぼろ負けで自体は好転しねぇ……。だが、そんな時、カリスマって名乗る黒い影が現れたんだよ」


「そいつに今度会ったら言っとけ。美容師かてめーは、って」


「むっ、無理だ。殺される。あの人は、なんつうか……。すげえ執念なんだよ。森厳坂をシメるってことに、すげえ執着してる。だから、その為に邪魔な連中を根こそぎ狩るんだ、って……。筆頭は、お前だって言ってた」


「俺か?」幸太郎は首を傾げる。「好きにしろよ、そんなの。俺は森厳坂が誰にシメられようが関係ねーし」


「そうはいかねえ。自分より強いかもしれないやつがいるって知ってて、無視できるか?」

「……できねえなぁ」


 つい先日、そんな理由で誠也とぶつかりあった幸太郎には、否定することができなかった。


「だから、今後お前を狙うヤツが、もっと出て来る。……覚悟しとけ、『無法者』」

「はいはい。……んじゃ、一人倒しときますか」

「えっ、ちょ、おま、まて」


 幸太郎は思い切り右拳を振りかぶり、その男の顔面へと思い切り振り下ろした。


「いってぇ。さすがに、顔面を裸拳で叩くといてぇな」

「……狙われてる、って。大丈夫なのかな」告葉が不安そうに幸太郎の顔を見ていた。


 だが、幸太郎は鼻で笑い、「そんなの、いつも通りだろ?」と肩を竦めた。

 ハチェットの名前がある限り、彼が狙われるのは必然なのだ。

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