第27話『削り、削られ』

 まるで、チャペルの鐘みたいに、誠也の奥底へと響いた。凶悪な拳である事は間違いなかったが、その拳は、まるで祝福の様に思えた。


 誠也が最後に感じ、そして、一生忘れられない一撃は、そんな感想を抱かずにはいられなかった。


 倒れろよ、とリングが囁く。


 あぁ——、もう、倒れるよ。

 俺は、感動した。戦った意味が、わかったよ。

 ありがとう——。


 倒れる事を拒み続けたのに、最後はあっさりと、誠也は倒れた。

 俯せに、まるで、リングへ溶けて行く様に。

 幸太郎は、朦朧とする意識でそれを見下ろしていた。


 倒したのか、俺が。


 実感が沸かない。

 レフェリー、早く、お前が勝ったのだと言ってくれ。


 願いと言ってもいい想いだった。しかし、レフェリーは、マジック・ボクサーが、ただのボクサーに負けた。

 そんな光景を信じられずにいるのか、ただ呆然と幸太郎を見つめていた。


「レフェリー! コールしろッ!!」


 叫んだのは、意外な事にフェリングだった。

 それに意識を呼び戻され、レフェリーは幸太郎の右腕を挙げた。


「勝者、荒城幸太郎!!」


 誰もが、その事実を受け入れられなかった。

 勝つ確率はゼロだと思っていたのに、荒城幸太郎は、魔法の拳を、ただの拳で倒した。

 その事実は、受け入れ難い。羽虫が人間を殺した、という馬鹿げた光景に見えたのだ。


「幸太郎ぉーッ!!」


 告葉が、叫んだ。幸太郎はグローブを脱ぎ捨て、バンテージに包まれた手の親指を突き立てた。

 血塗れた体だが、告葉はそれを恐ろしいとは思わなかった。

 ただ、どこまでも、誇り高い——。


「おぉ、おおぉおおおおおぉッ!!」


 勝てば官軍。


 嫌な言葉ではあるが、その言葉は正しい。告葉の叫びをきっかけにして、ギャラリー達も叫び出したのだ。


 この世で最も気持ちいい、歓声と拍手のシャワー。


 五月蝿いのに、心が休まる。

 幸太郎の意識が、テレビの電源を切るみたいに、消えた。

 ブラックアウト。


  ■


 よく似た二人だった。


 一人は、自分の意地を貫く為に強くあろうとした。

 一人は、自分の可能性を求め、強くなろうとした。


 そして、二人は師に巡り会い、お互いに巡り会った。


 よく似ていた。性格は正反対でも、在り方が似ていた。

 でも性質は正反対だった。これは、師の影響もある事だが。


 だからこそ、戦った。戦うしかなかった。似すぎていて、お互いに、どちらが強いのかという、絶対に無視できない疑問にぶつかってしまったから。

 その疑問を砕くしか、二人には道がない。


 だから、リングの上で、拳を交えた。



「……んぁ」


 白い天井が目の前に広がっていた。幸太郎は、誠也の白いジャージを思い出して、少し不愉快な気持ちになった。


 どうやらベットに寝かされていたらしい。消毒液の匂いと、薄緑のカーテンに囲まれている所から察するに、学校の保健室らしい。ダメージは回復しているので、誰かが回復魔法をかけてくれたらしい。


「……勝ったんだっけ、俺」


 倒れる誠也の映像を、思い出した。

 あぁ、勝ったんだ。

 胸に染み渡る勝利の感触を、幸太郎は噛み締めた。

 そうしていたら、隣のベットとを遮るカーテンが開き、そこから、誠也が顔を覗かせた


「よっ、荒城」


 彼の顔にも傷がなく、ベットに寝かされている所から、どうやら幸太郎と同じ状態にいたらしい。


「……なんだよ、お前かよ」

「不満か?」苦笑する誠也。

「不満だね。戦った後のボクサーを待っているモノと言ったら、栄光と美女だ。倒したボクサーじゃない」

「ははっ!」誠也は、吹き出した。「そう言うなよ。俺達、まだ高校生なんだぜ」


「ケータイとエロ本があったらデリヘルでも呼んでるよ」

「試合やった後に女呼ぶって、元気だなぁ、荒城……」

「アホか。冗談だ。ダメージは回復したが、さすがに疲れた……。今は、寝たい」

「同感」


 二人は、そうして同時に眠りへと落ちた。

 今はただ、死んだ様に眠るだけ。

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