第21話『対を成す者』

 陽介のおすすめするラーメン屋、その名も『暗黒軒』名前で引く人間、悪魔が多いが、ラーメンの食べ歩きで鍛えた眼力により、店の外観だけで味の善し悪しを察する事ができる様になった陽介が入ってみると、とんでもなく美味しかったらしく、こうして幸太郎達を連れて来たのだ。


 そこは、魔界からやってきた悪魔が初めて食べたラーメンに感動し、修行後に独立、開業したラーメン屋で、焦がし醤油とんこつラーメンが絶品。


「——って事だから、お前ら全員、この店オススメ、暗黒ラーメン食べろよな」


 俺が奢るんだぞ、と念を押す陽介。その名前から、まずそうな物しか想像出来ないが、奢ってもらうため断れず、四人はカウンターに腰を降ろすと、厨房でラーメンを作る牛の頭をした悪魔に暗黒ラーメンを四つ注文した。


「本当に美味いんだろうな、陽介。地獄みたいなラーメンが出て来たら、足刺すぞ」


 蜂須賀は、隣に座る陽介に、自分の特質魔法である『カクテル・ポイズン』の針を見せる。


「信用してよ、蜂須賀くん。俺のラーメン通っぷりは、マジなんだって」


 そんな二人の会話を聞きながら、幸太郎は机に頬杖をついて、ぼんやりとしていた。


「……荒城は、ハチェット先生の弟子で、『対魔法使い戦術』っていうの使ってるんだろ?」


 突然、隣に座る誠也に話しかけられ、ちらりと横目で見てから、頷く。


「この間の戦い、見たよ。運動神経すごいな」

「それしかできることがないんでね」


 幸太郎は、お冷で唇を濡らす。


「……実は俺も、ある先生の弟子なんだよ」

「へえ」

「小さい頃に、近所に住んでたんだけど、その時から魔法を教えてもらってたんだ」

「俺、お前、嫌い」

「なんで!?」


 幸太郎の理想的な人生を送っている誠也に、思わず口走ってしまった。


「そ、そう言わずに仲良くしようぜ。俺達、どうも似た様な師匠との出会い方してるみたいだし、さ」


 幸太郎は、眉間に皺を寄せる。久しぶりに見た風呂場の排水溝の汚れが、尋常じゃなかった時の様な顔である。


「なんで幸太郎は、『対魔法使い戦術』なんて、珍しい物習おうと思ったんだ?」

「思ってねえよ。俺だって、真っ当に魔法使いになりたいんだ」

「……じゃあ、なんで?」

「あいつから魔法の指南書を渡されたと思って、それを必死に練習したら、入学式で『対魔法使い戦術だから』って言われたんだよ」

「……普通、気付くだろ。それ」

「やっぱ俺、お前嫌い」

「そんな事言わないで! 仲良くしよう!?」


 そこで、ようやく暗黒ラーメンがやってきた。幸太郎は誠也を無視して、そのラーメンを食べる。真っ黒なスープに、太いちぢれ面が絡み、濃厚な味わい。醤油の香ばしさと、とんこつのコクが非常にマッチした一品だ。

 要するに、見た目はちょっと怖いが、美味いのである。



  ■



 その日はラーメン屋で解散になった。

 翌日、登校して午前の授業を終えた幸太郎は、飯を食べ終わったので、腹ごなしの散歩に出ていた。


 廊下を歩いていると、周囲からひそひそと話し声が聞こえて来る。元々、『対魔法使い』として、魔法使いの存在を否定していたような幸太郎が、真希との一戦でさらに卑怯者の汚名を被ったのだ。イジメに発展しないだけ儲け物だ、と彼は思っていた。


「やぁ、無法者くん」


 と、そんな幸太郎の前に、廊下の反対側からやってきたフェリングが立った。


「どうも、えーと、フェリング先生。それじゃ」


 片手を挙げて、すぐにフェリングの横を通り抜けようとする。


「あー、ちょっと素っ気ないなぁ、無法者くん!」


 フェリングは幸太郎の肩を掴んで、幸太郎を呼び止めた。


「その呼び方やめてくれません? 俺、荒城幸太郎って名前があるんで。あと、その二つ名っての認めてないんで」

「わかった。じゃあ、幸太郎くんって呼ばせてもらうから」


 ニコニコと笑うフェリングを、幸太郎は苛ついた目で見ていた。まるで不良生徒と、それを愛で更正させようとする教師のような図である。


「それで、何の用スか?」

「キミって、魔法使いになりたいんだろう?」

「そうスね」

「どうだろう。私と契約してみる気、ないかな?」

「ないです」


 幸太郎は踵を返して教室へ戻ろうとする。


「え、ちょ、即答!? もうちょっと悩むくらいの優しさみせてもいいんじゃないかな!?」

「えー……」


 めんどくさそうに、肩越しで振り返る幸太郎。


「大体、担当悪魔抜かして契約できないでしょうが。俺、まだハチェットとも契約してないんスよ」

「だから、それはこっちでなんとかする。魔法学校に来たんだから、魔法、使ってみたくないかい?」


 幸太郎は、目の前に女装した中年の男が立っている様な、要するに、不審者を見る様な目で、フェリングを見ていた。


「そ、そんな目をされると、さすがに傷つくねぇ……」

「何が目的だかわかんねーからだよ」

「目的なんて、そんなの簡単よ。キミが魔法使ったら、面白そうだから。……ハチェットは対魔法使い戦術しか教えてくれないみたいだし、私が魔法を教えてあげよう、と思ってね」

「俺はハチェットからしか、習う気がないんで結構です」

「……はぁ。強情な男だね、キミは」


 フェリングは、肩を竦めて溜め息と一緒に首を横に振る。


「オーケー。なら、こうしようじゃないか。私の弟子と戦って、キミが負けたら、キミは私の弟子になりなさい」

「……弟子ぃ? まあ、別にいいスけど」


 勝負を挑まれたら、逃げるわけにはいかない。幸太郎は迷わず了承していた。


「うん。キミの迷いが無いとこ、好きだなぁ」

「そんなのどうでもいいんで、俺は誰とやればいいんすか?」

「あぁ、……知ってるかわからないけど、足立誠也。通称、『リングの白騎士』」


 幸太郎の眉が、ぴくりと動く。


「私の弟子で、マジック・ボクシング部所属。キミとは、マジック・ボクシングで勝負をしてもらう」


 そして、ニヤリと唇が釣り上がった。パンチングマシーンの借りと、まるで幸太郎の理想通りな人生の妬み、そのすべてがぶつけられる。

 願っても無い勝負だった。



  ■



「フェリングの弟子と、マックス勝負?」


 帰宅後、幸太郎はすぐにハチェットへ、フェリングとの話を通した。一応、師匠には通しておかねばという、弟子の義理である。

 キッチンで洗い物をしているハチェットは、洗い物をやめて、机に座る幸太郎を見た。


「あぁ。足立誠也ってやつ、知ってるか?」

「んー? ……あぁ、知ってる。いま、森厳坂マジック・ボクシング部の、一年生期待の星とかいう子でしょ?」

「へぇ、そんな風に言われてんのか」

 確かに、そんな感じの風体だったな、と違う納得の仕方をする幸太郎。

「フェリングの弟子か……。負けたら、殺すわよ幸太郎」

「……前から聞こうと思ってたんだが、お前らって仲悪いのか?」


 ハチェットのフェリングに対する感情は、あまりよくない種類の物であると感じる幸太郎は、思わずそんな事を訊いてしまう。


「あいつとは、幼馴染なのよ」

「へぇ」


 まあ、俺も告葉と再会してるんだし、同じ学校で働くってのは、あるよな。と幸太郎は頷いた。


「で、同じ師匠に魔法や戦い方なんかを習ったんだけど、その時からあいつとは競い合っててね……。未だに決着はついてないのよ。だから、弟子対決は決着をつけるいい機会。あたしの弟子として、負けるのは許されないわよ、幸太郎。さっそくマックスの特訓、しましょうか!」

「あぁ。望む所だ」


 幸太郎のやる気も高く、拳を握り、それをハチェットに見せつけた。



  ■



 マジック・ボクシング。


 現在、世界で人気の花形スポーツである。魔法が普及して、人間達は魔法を使ったスポーツを作ろうと思い立ち、できたのがマックスだった。


 限られた魔法、そして階級制により制限された同程度の魔力を、どれだけ有効活用できるか競うスポーツであり、ボクシングと同じく、左右の拳にグローブを填める。


 普通のボクシングと違うのは、このグローブに、一つずつ魔法の刻印を刻んでおく事だ。マジックボクサーは、左右のグローブに刻まれた二種類の魔法しか使えない。


 ただし、1R三分の間にある一分間のインターバルで、グローブの付け替えが許されている。相手がどういう魔法にするかを見極め、自分も魔法を付け替える。


 戦略性を持ったジャンケン、という言葉が近いだろう。


 戦略性、ド派手な画面、ボクシング特有の緊張感。それらすべてが合わさったマックスは、現在最も人気のあるスポーツと言ってもいい。


 なので当然、魔法学校には、どこでもマックス部が存在している。

 普通の高校で言えば、野球部かサッカー部くらいの花形部活なのだ。


「……と、ここまでで質問は何かある?」


 ハチェットの作ったトレーニングルーム。そこにある特設のマックスリングに上がり、それぞれのニュートラルコーナーに待機し、二人は向かい合っていた。


 ちなみに、幸太郎は上半身裸で赤いトランクスにボクシングシューズ。


 ハチェットは白いタンクトップに赤いトランクスという恰好をしている。


「戦略性、ってのがよくわかんねーんだけど。魔法が絡んで来るから、わかりやすい戦略性が生まれるんだよな?」

「そうね。例えば一ラウンド、相手は倒す気満々で、攻撃魔法しか装備せずに、魔法を連打でしかけてきます。そしたら、次のラウンド、幸太郎は何の魔法を装備する?」


 幸太郎は、ボクシンググローブを填めながら考える。


「そりゃ、防御魔法だろ。相手のスタミナ切れを狙って、ガードに徹する」

「それがセオリーね。でも、相手はそれを見越して、ジャブ程度の魔法でガードを削ってくるかもしれない。防御魔法って、結構魔力使うからねー」


 防御魔法は、誰にでも使える魔法だ。やり方は簡単で、空気中に魔力を張り巡らせるイメージ。魔力の、空気に触れると凝固するという特殊な性質を利用した物だが、それ故に出しっぱなしにしていると、すぐにガス欠を起こす。


「なるほど。……って、それ俺が有利なんじゃね? 俺、魔力なんてねーし」


 幸太郎は最初から、全うなボクシングで勝負する事になる。当然、魔力によるガス決で勝負が決まる事はありえない。


「……ま、そこら辺は実践してみた方がいいでしょ。あたしも、足立くんと同じ階級の『ライトウェルター級』くらいの魔力でやるから」

「おう」


 どこからか、ゴングの音が鳴った。ハチェットの魔法だろう。

 幸太郎は、構えたまま突っ込んだ。いつものクセである。先手必勝。距離を詰めながら遠距離攻撃を躱して行けば、勝機を掴めるという、いつもの手段。


 だが、ハチェットのジャブが、伸びた。


 どう考えてもあと五歩は詰めなくちゃ届かない距離。しかし、ハチェットのジャブは、幸太郎の顔面を射抜く所だった。


 培って来た反射神経のおかげで、なんとかガード出来たが、驚きのあまり,足が止まった。


「まだまだ!」


 ハチェットのジャブが、幸太郎をガードの上から殴る。すごい嵐だった。そのまま体が跳ね飛ばされると思ったほどだ。


 距離を取るしかない。幸太郎はバックステップ。そして、きちんとハチェットを視界に納めてから、先ほどのジャブを警戒するように、距離を測る。


 第一打を叩き落とパーリングして、そのまま一気に詰める。インファイトに持ち込まなくては、距離というアドバンテージのある魔法使いに勝てるわけがない。


 だが、幸太郎がサイドステップを踏んだ先には、すでにハチェットのリバーブローが出現していた。


「バ——ッ!?」


 読まれていた。幸太郎は思わず、ハチェットを見てしまう。ハチェットの右拳が、まるまる消えていた。空間転移の魔法。


 どうやらハチェットは、両手を空間転移の魔法にしていたらしい。


 これは、『ジャンパースタイル』という戦法だ。攻撃力はそうでもないが(もちろんボクサーによって変わる。ハチェットが使えば、攻撃力のハンデはほぼ無い)、距離を詰める必要のないスタイルである。


 幸太郎の脇腹に、ハチェットの右拳がめり込む。


「おごっ——」


 胃の中で、先ほど食べたオムライスが暴れる。飯なんか食うんじゃなかった、と後悔するが、まだ意識はある。


 第二陣の攻撃が来ない内に、幸太郎は逃げ場を探す。


 だが、幸太郎の背中に、軋む何かが当たって、それ以上下がれなくなった。


 ロープを、背負ってしまった。


 まずい。幸太郎の防衛本能が、ガードを固めさせる。

 ハチェットのマシンガンジャブ。現在の、マックス日本フェザー級チャンプが得意とする必殺技だ。


 だが、威力は比べ物にならない。本当に、マシンガンの掃射を浴びている様だった。


 ロープに揺さぶられ、前からは弾丸の嵐。


 脱出しようとしても、右のリバーブローで左の脇腹を抉られる。なら、右方向へ脱出するしかない。


 幸太郎はジャブの隙間を狙い、右へサイドステップ。距離のハンデを少しでもなくす為に、アウトボクシングへの切り替えがいるんじゃないか? と思考を回すが、無駄だった。


 今度はコーナーを背負わされたからだ。


「やべ——ッ!?」


 ハチェットは大振りの拳を、幸太郎へ飛ばした。

 普通のボクシングなら避けられただろう一撃。だが、これはマジック・ボクシング。距離もでたらめで、いきなり目の前に現れる拳を躱すなど、慣れていなくてはできない。


 矢の様に鋭い一撃が、幸太郎の顔面を射抜いた。


 意識が、黒く染まり、白いリングへと、落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る