■4『マジック・ボクシング』

第20話『拳遊び』

 ある日の休日。


 今日も朝から修行だな、と幸太郎は憂鬱な気持ちで朝起きて、ハチェットの作った朝食を食べていた。


 すると、彼女は「ごめん。今日は仕事入ったから、修行無しね」なんて言い出し、幸太郎は喜びながら、陽介と蜂須賀に連絡を取った。


 魔界都市にやってきてから、まだまともに遊べていないので、はしゃいでしまったのだ。


 そんな訳で、幸太郎は二人と共に、蜂須賀おすすめのエロ本屋に来ていた。


 なんとも薄暗く、そして未成年が入ってはいけない空気が漂っているが、店主は私服を着ているだけの高校生三人がやってきえても、まったく気にせず観光ガイドを見ていた。


「なんで蜂須賀くんって、常にエロ本読んでるの?」


 陽介は、制服モノのコーナーを物色しながら隣に立つ蜂須賀をちらりと見る。


「好きだから」

「……清々しい理由だね」


 店に入って五分。すでに三冊のキープをしている蜂須賀を見て、よほど好きなんだな、と想像を膨らませる陽介。

 そんな二人を、少し離れた位置から見ている幸太郎は、目線を二人から本棚に戻し、何にしようか迷っていた。


 これにしようかな、と年上系のエロ本を手に取る。だが、その本を同時に取ろうとしていた、隣の男と、手が重なりあってしまう。


「ん?」

「お?」隣に立っていた少年は、白いジャージに白髪のボサボサ頭という、目立つ風体をしていた。エロ本へ伸ばした手には契約の刻印(契約数一)がある為、人間で、しかも魔法使いだという事はわかった。


「あ、どうぞ」


 すごく爽やかな笑顔で、幸太郎にエロ本をゆずる少年。ガタイが良く、身長もそこそこある。何かスポーツでもやっているのか、服の上からでも筋力が見てわかった。


「え、いや、こっちこそ、どうぞ」


 幸太郎もエロ本を譲り返す。


「いいですから。どうぞ!」


 と、あまりに大声を出され、なんだか恥ずかしくなり、幸太郎は「どうも……」と渋々受け取った。

 その少年は、くるりと幸太郎に背中を見せて、店から出て行った。


 出て行ったのを確認すると、幸太郎はその本を本棚に戻した。


「あれ、幸太郎、その本買わないのか?」


 後ろから陽介に声をかけられ、振り向いた幸太郎は、「あぁ……」と深刻そうに頷いた。


「人から譲ってもらったエロ本って、なんか嫌だろ……」

「まあ、そうね……」


 結局、幸太郎は何も買わなかった。

 陽介と蜂須賀はいくつかめぼしい物があったらしく、幸太郎だけが手ぶらで店を出た。


 次にやってきたのは、ゲームセンターだ。魔界都市は、悪魔達の性質も関係しているのか、非常に娯楽施設が充実しており、ゲームセンターをはじめ、ギャンブル施設やあまり大きな声では言えないが風俗店などもある。


 当然、学生がそんな所にはいけないので、幸太郎達が入れるのはゲームセンターくらいだ。


 地下にある、広々とした空間に、所狭しとゲームが並んでいて、非常にうるさい。

 三人で何のゲームをやろうか悩んでいたら、幸太郎は入学初日に道を教えてもらったスライムの悪魔と再会し、彼と話し込む事になった。


「へぇー、大学生なんすか」

「そうそう。機械工学専攻」

「はんだごてとかやったら、蒸発したりしません?」

「いやぁ、そんなやわな水分してないから」


 と、軽い話をしていたら、二人に呼ばれた幸太郎は、そのスライムに別れを告げ、あるゲームの前にやってきた。


「なんだよこれ?」


 幸太郎が尋ねると、陽介はまるで自分がこのゲームを作ったのだ、と言わんばかりに胸を張る。


 そのゲームは、射撃の練習でもする為の物なのか、一〇メートルほどの長さがある大きな筐体だ。奥には的もあるのだが、肝心の銃が見つからない。


「これはさ、魔法使いが魔力を計るのに使うゲームなんだよ。あの的を狙って、光弾を思い切り放つ。それで、一度にどれだけ大きな魔力を放てるか、どれだけ正確に狙えるかを競うわけ」

「……それじゃ、俺できねーじゃん」

「見とけってことだよ。俺達の勝負を」


 蜂須賀は余裕な笑みを浮かべ、陽介を見る。


「後輩には負けねーさ」

「へへっ。蜂須賀くん……俺をナメんなよ? こう見えても、結構優秀な方なんだぜ?」


 そうだっけ? と首を傾げる幸太郎に気付かず、陽介が先に射撃台に上り、手を前に突き出した。職業病というか、対魔法使い戦術使いの思考としては、あの手を折ってやれば発射できないなー、なんてぼんやり考えていたら、陽介の掌から光弾が飛び出した。


 まるでプロ野球選手の最速ストレートのようなそれが的に当たると、水風船を思い切り地面に叩き付けたような音が鳴り、点数が表示された。


「五六点! どうよ、蜂須賀くん!」


 ガッツポーズで蜂須賀を見る陽介。そんな彼を鼻で笑うと、入れ替わる様に射撃台へ立ち、手を前に突き出した。


 蜂須賀のそれは、陽介とスピードがまるで違った。蜂須賀の光弾は、まさに拳銃の弾丸のようなスピードで的を打ち抜いた。


「……八五点。ま、こんなモンだろ」

「ぐはぁ……っ! ちょ、蜂須賀くん! もっかい! もっかい!」

「いや、そんなすぐやって結果変わるもんじゃねーだろ、これ」

「次負けた方、昼飯おごりでいいから!」


 蜂須賀の言葉は、陽介を止めるには少し足りないらしく、また勝負を始めた。

 また陽介負けるんだろうな、と思ったら見る必要性を感じられず、幸太郎は自分がやるゲームを探す事にした。


 その、魔力測定ゲームから少し離れた所に、パンチ力測定ゲームがあった。幸太郎はそれに百円硬貨を入れ、立ち上がって来たサンドバックに向かって、思い切りパンチを叩き込んだ。


 表示されたパンチ力は、一二〇キロ。

 男性の平均が八〇〜九〇なので、いい数字だろう。


「……こんなもんか」


 幸太郎は、そろそろ終わったかな、と陽介達の元へ戻ろうとした時、幸太郎の代わりにその筐体へ近づく人影が一つ。それは、先ほどエロ本屋で会った、白いジャージを着た少年だった。


 彼も幸太郎と同じ様に、一〇〇円を筐体に入れ、立ち上がって来たサンドバックを殴った。


「なっ……!」


 幸太郎は、その数値を見て、驚愕。

 一二五キロ。幸太郎の記録を楽勝で越えていた。魔法使いに、自分の記録が破られる。それは彼にとって、プライドが酷く傷つけられる事だった。


「おい、お前」


 幸太郎は思わず、後ろから声をかけていた。振り向いた少年は、「やぁ」と爽やかに笑う。


「なんだ、その爽やかな笑顔は。高校球児か」

「な、なんだか妙につっかかってくるなぁ」


 突然の挑発に狼狽える少年。だが、幸太郎はそれを見越しての発言なので、喋り続ける。


「俺と勝負しろ。この手の戦いで負けるわけにはいかねぇ」

「……あぁ、別に、いいよ?」


 また、余裕を感じさせる爽やかな笑み。幸太郎とは正反対の物だ。


「なら、今度は俺の番だな」


 幸太郎は、百円を入れ、立ち上がって来たサンドバックを再び殴った。

 だが、表示される数値は、一二二キロ。まったく届いていない。


「無理だよ、パンチ力で俺に勝つのは」

「もっかいだ!」

「えぇー……」


 勝つまでやめないんじゃないかな、と思った少年は、少しだけ面倒に感じたが、幸太郎を止める事の方が面倒に思えたので、彼の好きにさせる事にした。

 結局、幸太郎が少年の記録を抜いたのは、二〇回ほどやった後だった。


「一二七キロ! よっしゃオラァ!!」

「や、やっと終わったか……」少年は、力ない拍手をする。

「次はお前の番だ!」

「えぇー……。まだやるの?」

「当たり前だろうが!」


 まるで餌を取られた野犬の様に、幸太郎は少年を睨む。

 渋々ポケットから財布を取り出そうとした所で、陽介と蜂須賀がやってきた。


「おーい、幸太郎。飯行こうぜ。陽介の全おごり」


 どうやら蜂須賀が勝ったらしく、ご機嫌な様子の蜂須賀に比べ、陽介は肩をがっくりと落としていた。


「なんだ、オメー負けたのかよ」

「あぁ……。結局、幸太郎の分も奢んなきゃいけなくなった」

「マジで? ラッキー」


 その一言でご機嫌になったのか、先ほどまでの不機嫌なオーラが幸太郎から消え去った。少年はホッとして、財布をポケットにしまう。


「……んで、そっちのやつ、誰?」


 蜂須賀が、白いジャージの少年を指差した。

 少年は頭を下げ、「どうもっす、蜂須賀先輩!」と体育会系な挨拶。


「俺の事知ってんのか?」

「もちろんっす。通称、『スズメバチ』一年生の間でも有名ですよ」


 それ、最近一年のクラスに出入りしてるからじゃないか? と幸太郎は思った。


「んで、そっちのキミは、えーと……『卑怯者』の荒城幸太郎」

「『無法者』だ! いや、『無法者』でもないんだけども」


 どうやら、まだ真希の一戦が響いているらしく、幸太郎が卑怯者という風潮は全校に漂っているらしかった。


「いいねえー、二つ名があるやつは、有名で」


 三人の中で唯一、二つ名が無い陽介は、「俺は二人の友達で、幸塚陽介」と唇を不機嫌そうに尖らせながら自己紹介。


「ご丁寧に、どうも。俺は森厳坂の一年で、足立誠也あだちせいや

「ここで会ったのも何かの縁だ。お前もラーメン食いに行くか? 今ならこいつが全部奢ってくれる」

「うえぇ!? 蜂須賀くん、そりゃないっしょ! 先輩なら奢ってよ!」

「言い出したのはお前だろ。一人増えようがそう変わらねーって」

「マジすか! ゴチになります!」


 誠也は、花開いた様な笑顔で、頭を下げた。

 こうして、幸太郎達は、白いジャージを着ている変な男。足立誠也と友達になった。

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