第19話『猫と私の中隊』
だが、幸太郎は、足先から落ち、脛、尻、背中、肩と順番に地面へくっつけるように着地。
五点着地という技術である。主に軍隊の、落下傘からの降下作戦で使用される技術だ。それなりの高さから落ちても無傷で済む、のだが。
さすがに二〇メートルは厳しく、幸太郎は全身を強打してしまった。
だが、これを使わなくては、足を折っていただけだろうし、動ける分まだマシだ。
立ち上がった幸太郎を見て、周囲のギャラリーがざわついた。
「いってぇ……。くっそ、上手く着地できてよかった……」
もしできていなかったら、内蔵破裂くらいはしていたかもしれない。幸太郎は溜め息を吐いて、トンファーを握り直す。
結局、元の位置関係に戻ってしまった。
「こ、幸太郎、魔法使えたのかにゃ……?」
二〇メートルほどの高さから着地した幸太郎を、怪訝な目つきで見つめる真希。
「アホか。こっちは、体一つで出来ることは、覚えられるだけ覚えておくことにしてんだよ。魔法使えねーんだからな」
幸太郎は肩を回し、真希を見下す様に笑う。
「魔法がなくったって、今まで人間が培って来た技術があるんだよ」
「……それがどこまで通用するか、見せてもらうにゃ!」
真希は、タクトを軽く振るう。
そうすると、猫達が幸太郎へ向かって再び突撃してくる。
もう先ほどの様に、トンファーをあさっての方向に放り投げ、視線を誘導するという手は使えない。
一匹の猫が、トランポリンにでも乗ったのかと思うほどの跳躍を見せ、幸太郎の顔面に向かって跳び、爪を伸ばす。
幸太郎はその猫を、トンファーで優しくキャッチし、後ろへ放り投げた。
次から次へ来る猫を、そうして後ろに放り投げて行く。
猫達をどうにかする秘策は、もちろんまだ用意してある。だが、まだ使えない。
「くっ——! これじゃ、埒が開かないにゃあ……!」
真希はタクトを幸太郎に向け、その先端から、かまいたちの塊を発射する。
幸太郎はそれに左拳を放ち、相殺する。当然、ただの左拳である幸太郎の手は、ただでは済まず、ずたずたになった。
「まだまだぁ!」
かまいたちの塊が、連射される。
だが、幸太郎は再びジャブで相殺し続ける。一度死んだ拳なら、何度身でも同じ事。
すでに幸太郎の指が、ちぎれかけていた。
「くっそ……。回復魔法って、指くっつくんだろうな……」
幸太郎は、そろそろ使わないとシャレにならないかもしれない、と思い、制服のポケットから、フェリングに借りた小瓶の中身を体に振りかけた。
「くっ——。幸太郎、手強いにゃ……。だけど、ここからが本番だにゃ!」
幸太郎の背後から、猫が飛ぶ。だが、猫は途中で幸太郎に向かうのを止め、彼を威嚇しはじめた。
「にゃあッ!?」
驚く真希。今まで、猫達が彼女の命令を無視した事などない。タクトの振り方一つで、一〇〇通りの命令をこなすように訓練したのだ。
しかし、今は幸太郎に向かって行かない。
「さ、さっき振りかけた液体かにゃ……。何をかけたんだにゃ、幸太郎!」
幸太郎は、小瓶を真希に見せつける。それは、オレンジの香りがする香水だった。
「……猫は柑橘系の匂いが嫌いだからな。これさえあれば、もう猫は俺に近づいちゃこれねえ」
言ってて悲しい、と思ったが、それは言わない。
猫達は幸太郎から後ずさって行き、真希の攻撃手段は、もう魔法攻撃だけ。そうなれば、幸太郎の十八番に持ち込める。
「倒させてもらうぜ、シロ」
右手のトンファーを構える。だが、真希は幸太郎の考えに反して、まだまだ余裕そうだった。
「……まだあたしには、特質魔法があるにゃ。『
自らの特質魔法を、声高々に叫ぶ真希。
その瞬間、猫達が小さなヘルメットを被り、かつ二足歩行を始め、自動小銃を幸太郎に向けて構えていた。足には長靴を履いている。
「全体、進めぇ!」
真希の声に、猫達は銃口を幸太郎に向け、銃を放つ。小さな弾丸の嵐が、幸太郎の体を抉ろうと飛んで来る。
幸太郎は、当たる前に先ほどぶん投げたトンファーの元へ行き、それを拾ってガードの体勢に入る。
威力自体は大した事が無い。一応、トンファーで防げるレベルだ。
じりじりと、ちょっとずつ進んで行く幸太郎。
だが、トンファーでガードできるのは上半身だけだ。幸太郎の下半身が、銃撃にさらされる。太もも、脛、皮、肉が抉られて行き、幸太郎の顔が苦悶に染まる。
まるで下半身だけ血の池に突っ込んだように、ズボンが赤くなっていく。
それでも歩みは止めない。距離を詰めるしか、活路はないからだ。
だが、先にあるのは猫の大群。彼らは退く気なんてないだろう。
幸太郎と猫の我慢比べ。
勝ち目は当然薄い。幸太郎の足が、すでに自重を支えられなくなっていた。
幸太郎が、倒れる。
「全体、止め!」
その声に、猫達は銃撃をやめて、銃口を上に向ける。
真希は、倒れた幸太郎をジッと見つめた。だくだくと溢れ出す血、ぴくりとも動かない体。とりあえず、見たままでは、死んでいると言ってもいいだろう。
真希は、猫達を掻き分け、幸太郎に歩み寄る。
そして、彼の傍らにしゃがみ込もうとした時、彼の右腕が動き、伸びたトンファーがカウンター気味に真希の鳩尾にのめり込んだ。
「うご、ぉ……!?」
呼吸が出来ず、体からも力が抜け、真希は倒れた。まるで入れ替わる様に、幸太郎が立ち上がり、勝者と敗者が入れ替わった。
「油断したな。死にかけなら大丈夫だとでも、思ったか?」
幸太郎は首を回して骨を鳴らし、真希を見下した。
真希はぴくりとも動かない。猫達の武装も解除されているので、どうやら本当に気絶したらしい。
「卑怯だろ荒城……」
「ありゃあねえよな……。マジでひでえ……」
「サイテー……」
あらゆる所から、引き気味の声が上がる。
そんな彼らに、幸太郎は中指を立てた。
「アホか。俺はただの人間だぞ。これが卑怯だっていうんなら、魔法なんてどうなっちまんだ」
そう言うと、気絶して、心配そうな猫達に囲まれている真希を横目に見て、防御フィールドの中から出て行った。
人ごみは、まるで幸太郎を避けるように割れていき、体育館の出口まで行くのは簡単だった。
そこには、ハチェットが待っていて、「行くんでしょ?」と幸太郎の顔を見て、溜め息を吐く。
「おう。頼むぞ、ハチェット」
幸太郎はトンファーを袋に納め、担ぎ直すと、二人で体育館から出た。
■
そうして、二人が向かったのは校長室だった。
人気の無い校舎を、二人で真剣な表情をしながら歩き、校長室のドアを少し乱暴に開けた。
「おや、ノックくらいはしてくださいよ」
どうやら机に座り、書類仕事をしていたらしく、老眼鏡を外し、机に置いてから二人を見る。
「アンタ、俺とシロの戦い、見てたのかよ?」
頷く雪人。
「もちろん。仕事が溜まっているので、仕事をしながら、千里眼の魔法で、ですが」
「何か言う事は?」
考えこむが、結局幸太郎の求める言葉がわからなかったので、とりあえずなのか、
「おめでとう」と言った。
「そうじゃねえんだよ。シロ、どうだったかって聞いてんだ」
雪人は、少しだけ考え込む素振りを見せ、
「よくやった方だと思います。使い魔に執着していなければ、君にも勝っていたかもしれません」
「はぁ……」幸太郎は、わかってねえなあ、と言いたげに溜め息を吐く。「普通の魔法で来られてたら、まず間違いなくここまでの手傷は負ってねえよ。俺が使うのは、対魔法使い戦術だっつの」
と、自分の左腕を見せる。
「見ろ、指なんてちぎれかかってんだろうが。アイツの使い魔は、強力だ。使い魔なんて発展性の無い魔法を発展させる情熱がある。それこそ、卑怯な手段じゃなきゃ勝てなかったほどにな。その才能を、潰しちまっていいのかよ? 学校が才能を潰すってのは、面白ぇ話だよな。寄席で漫談にでもしたら、きっと受けるだろうぜ」
幸太郎の言葉と、傷を見て、雪人は吹き出した。
「ふっ、ふはっ! ははははははッ! ……なるほど。君は、それが言いたくてあんな戦い方をしたんですね?」
「何を言ってやがる。ああしなきゃ勝てなかったから、ああしたまでだ」
もちろん、雪人の言う事は幸太郎も考えていた。だが、実際にああしなくては勝てなかったのだ。
「学長。私も、あの子の才能を潰すのは反対です。使い魔の魔法を研究してくれる人物というのは、貴重です。彼女がしてくれるというのなら、彼女に任せるべきではないでしょうか」
「……ハチェット先生まで、そういう考えだったというわけですね」
「ええ」ハチェットは、笑った。「私の所為で生徒の夢が一つ潰れると思ったら、枕を高くして眠れませんから」
「もし、それでもダメだっつーんなら、俺らがここで一暴れしてやる」
「……わかりました」
雪人が、深く頷く。
「あなた方に大暴れされては、さすがにただでは済みそうもありません。……この件は、保留という事にしましょう。白山さんが、使い魔の魔法を極めるというのなら、そのレポートを提出してもらいます。そして、それが満足の行く成果だった場合、彼女の好きにさせる、という形でどうでしょう。これが精一杯の折衷案です」
幸太郎は、舌打ちをする。だが、上手く行った方だろう、と納得する。
本当に一戦交える事を覚悟していたからだ。
「なら、この話はここで終わりだ。邪魔したな」
幸太郎は、右手でドアノブを開き、校長室から出て行った。ハチェットもその後を追う様に、「失礼しました」と雪人に頭を下げてから校長室を出る。
「……上手く行ったわね。幸太郎」
隣でにっこりと微笑むハチェット。
「おう。……って、そんなんどうでもいいから、回復魔法をかけてくれない? マジで指取れそう」
「あ、はいはい」
幸太郎の手を取り、ハチェットに回復魔法をかけてもらう。そうすると、幸太郎の指がきちんとくっつき、手を握ったり開いたりして、確認する。
「うっし。完璧だ」
「たっく、あんたって子は。ダメージもうちょっと調整できなかったの?」
「んなことできねーよ。あいつ、割とマジで強かったんだから」
幸太郎は、腕の具合を確かめながら言った。回復魔法というのはどうしても慣れない。切れかかっていた物がくっついたり、痛みが引っ込んだり、幸太郎には使えないからなのか、微妙な違和感がつきまとう。
「……意地っ張りのあんたがそう言うってことは、マジだったのね」
あたしがなんか言う必要なかったかなー、と頭を掻くハチェットに、幸太郎は「感謝してるぜ、先生」とその背中を軽く叩いた。
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