第18話『人質作戦』

「行くにゃぁああみんなぁあああッ!」


 猫達は、まるで統率の取れた軍隊の様に、真希の振るうタクトに従って、幸太郎へ突っ込んで来た。

 猫達も、心無しか殺気立っている。どうやらよほど真希と別れるのがイヤらしい。


 幸太郎は、トンファーを手首の返しで回転させながら、猫達の大群に突っ込む。


 一般的に、使い魔を相手にする際、魔法使いが取る戦術は、『防御魔法の展開』と『催眠魔法による攻撃』だ。動物を傷つけるのは、誰しもがやりたくない。だからこそ、傷つけずに無力化する手法が取られる。


 しかし、幸太郎はどちらも持っていない。そんな彼が取る戦法は——


「おらぁ!!」


 幸太郎は、トンファーをあさっての方向に放り投げた。トンファーは防御フィールドに当たると、地面に落ちた。


 猫というのは、元々狩猟動物。いくら品種改良されようとも、その本能は変わらない。しかし、訓練で有る程度の改善は望める。


 だが、完全に、というわけにはいかない。


 動く物を、多少なり目で追ってしまう。


 その隙がチャンス。ちょっと引くレベルで猫が好きな幸太郎だ。猫を攻撃なんて、できるわけもない。


 猫達の視線が、自分から離れた隙に、幸太郎は猫達へ向かって走る。そして、まるで走り幅跳びのように、猫達の大群を飛び越えた。


「なっ、なにしてるにゃみんな! 幸太郎がこっちに来ちゃうにゃ!」


 残ったもう一本のトンファーを構え、幸太郎は真希に向かって振るう。

 一撃で顎を砕き、戦闘不能にする。そうするしかない。


 だが、当然、真希は防御魔法を張っていた。トンファーが見えない壁に阻まれ、顎から拳一個分ほどの所で止まる。


 訓練されているのか、それとも使い魔の魔法が効いているのか、猫達はすぐに幸太郎を追って、走って来る。


 距離は対魔法使い戦術の命綱、と言ってもいい。上手い魔法使いが相手なら、距離を一度詰めたら、もう二度とそんなチャンスは訪れないかもしれない。


 それをどうやって詰めて行くか、というのが対魔法使い戦術において、もっとも重用視されている。


 だから幸太郎は、素早く真希の後ろに回ると、その首を腕に抱えて、トンファーを喉元に突きつける様に構える。要するに、人質スタイルだ。


「オラァ猫共!! 近寄んじゃねぇ! お前らのご主人様が人質だ!」


 当然、そんな光景を、観客が認めるわけもない。


「卑怯者ー!! 猫相手に人質取るとか、それでも人間か!」

「かっこ悪いぞー!」


 憤怒、嘲笑、様々な声が、ブーイングとなり、幸太郎の心を抉る。

 客の入る戦いというのは、空気というのが対戦者同士に酷く影響する物だ。アウェーの場所では、そのパフォーマンスに酷く影響が出る。


 ここは魔法学校。当然、ほとんどの生徒が真希を応援しているし、幸太郎の味方なんてほとんど居ない。


 それに彼らは、魔法使いの基準で物を考えている。


 彼らにとっては、使い魔なんて楽勝できる魔法。すでに魔法使いを倒している幸太郎なら、楽勝だろうと思っているのだろうが、動物をそのまま攻撃出来る人間なんてそうは居ない。幸太郎ならなおさらだ。


 白山真希。幸太郎にとっては、相性が悪すぎる相手なのだ。



「あー……幸太郎、すげえブーイング浴びてんじゃん……」


 フィールドの最前線でその戦いを見ていた陽介は、額に手を当て、なんともバツが悪そうな顔をする。


「……幸太郎は猫好きだから、攻撃できないのよ」


 その隣に立っていた告葉の呟きに、陽介は目を見開いた。彼の中のイメージも、告葉の物とそう大差なかったらしい。


「マジで!? ……意外な弱点があったなぁ」

「よう、幸太郎は勝ったか」


 そんな二人の後ろから、蜂須賀があくびしながらやってきた。フィールドの状況を見て、蜂須賀は思わず吹き出した。


「ギャハハハハっ! 猫相手に人質とは、あいつ面白いことすんなぁー。だが、幸太郎ならあんな事しなくても、猫共ぶん殴りゃいいじゃん」

「……幸太郎は、猫好きなので」


 もう何回言えばいいんだろう、これ。と告葉は嫌になりながらも、蜂須賀にそう言った。

 すると、蜂須賀は陽介や告葉と違い、「へぇ、そうだったのか」と顎を摩り、真剣な表情を作る。


「俺が負けた理由と、似てんなぁ……」

「えっ、蜂須賀先輩も、猫が……」


 告葉の言葉に、蜂須賀は首を振った。


「俺、猫アレルギーなんだよ」

「あっ……」


 なんとも微妙な空気が流れて、告葉と陽介は黙り込んでしまった。


 そんな話題を幸太郎が知る由も無く、猫達と睨み合ったまま、膠着状態になっていた。相変わらず、周囲から「早く戦え」だの「卑怯者」だの言われているが、幸太郎はもちろん聞く耳持たない。


 彼にとって、勝つ為に手段を選ぶ余裕なんて贅沢すぎる。魔法も使えない。距離を詰められなくては攻撃を当てる手段も無い。そんな人間が、魔法使い相手に手段を選べるわけがない。


「にゃふふふ……」


 何故か、真希は笑っていた。


「何がおかしい。このまま首へし折るか? 即死しなきゃ、回復魔法で治せるんだからな。俺は容赦しねえぞ」


 幸太郎は、できれば降参を引き出したかった。当然、猫達の大事なご主人様をできうり限り傷つけたくない、という優しさがあったから。

 だが、それは弱みにしかならない。


「幸太郎……。この程度であたしを拘束したと思ってもらっちゃ困るにゃ」


 真希は、胸元のスカーフをほどく。


「おっ、お前、何を!?」


 そして、セーラー服の胸元を指でひっかけ、開く。

 幸太郎は、一瞬胸元を見せつけるつもりか、と思ったが、違った。胸元から、黒猫が飛び出して来たのだ。


「うぉッ!?」


 その黒猫は、幸太郎の顔に飛び、驚いた幸太郎は、真希から手を離してしまった。


 真希は素早く後ろを振り向き、幸太郎へタクトを向けた。タクトの先端につむじ風が起こり、軽く振るうと、幸太郎を体育館の屋上近くまで巻き上げた。


 魔法もない状態で、二〇メートルはあろう高さから落とされては、勝負は決しただろう。


 ――誰もが、そう思った。

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