第17話『本気モード』
「別に買い物に付き合うのはいいんだけど、私、今日は新しい悪魔と契約しようかなと思ってたから、それ終わってからでもいいかな」
「悪魔と契約?」
幸太郎にとって、それは憧れイベントの一つである。魔法使いになる為の第一歩だから、いつかはしてみたいのだが、ハチェットが邪魔をしてできないのだ。
「すごいじゃん泉ちゃん。ってことは、もう教科書の二〇ページまで、魔法覚えたんだ?」
陽介は、珍しいものを見た、と言いたげな顔をして告葉を見る。
担当悪魔以外と契約する為には、担当悪魔と契約してから教科書の規定ページまでの魔法を覚えなくてはならず、早く契約ができるというのは、それだけ優秀な生徒という事だ。
「へぇー、それは見たいな。ついてっていいか?」
「え、あぁー、うん。多分大丈夫」
「うし。お前らはどうする?」
「あぁ、俺らはパス。今日は蜂須賀くんに、昨日の店を案内してもらうんだ。んで、俺は代わりに、ラーメン屋を」
陽介はそう言って、蜂須賀と肩を組んだ。
「お前が来ないとは残念だ。エロ本の趣味では圧倒してやろうと思ったんだが」
蜂須賀のイヤらしい笑み。幸太郎は、手をひらひらと振りながら、もう片方の手で告葉の背中を押す。
「そっか。今度混ぜてくれよ」
そう言って、二人と別れた。
教室を出て、告葉と一緒に職員室へと向かう。
職員室では、何人もの悪魔や人間が、それなりに忙しそうに動き回ったりしていた。
「ん? あれ、幸太郎と、泉さんじゃん」
ハチェットは、煙草を唇で上下に揺らしながらパソコンに何かを打ち込んでいたが、入ってきた二人に気付き、視線をパソコンから二人に移した。
魔法が現実化するようになっても、こうした科学や機械が無くなるわけではない。むしろ、魔法には出来ない事を科学がやっているわけで、逆に科学にできないことを魔法がやっている。この二つはきっちりと調和を取り、存在しているのだ。
「どしたの。職員室に用事なんて」
ハチェットは、自分の机に置いてあったガラスの灰皿に煙草を押し付けて、火を消した。
「あぁ、告葉が、悪魔と契約したいっつーから、ついてきたんだ」
「ふぅん。どの悪魔?」
「『フェリング・シズメル』先生です」
ハチェットの眉が、一瞬だけぴくりと動いた。
それを幸太郎は見逃さなかったが、訊く前にハチェットが背後のずっと先を指差し、職員室の隅にいる、白い髪をした女性の悪魔を指差した。
「フェリング先生なら、あそこ。とっとと行って来なさい」
妙に不機嫌そうになったハチェット。
そういう時は触れないに限る。告葉の「ありがとうございます」という言葉をきっかけに、その場から離れた。
フェリング・シズメル。
幸太郎は知らない名前だった。誰だろう、と思いながら、彼女が座る机へと向かった。
「あら、来たね泉ちゃん。……それと、あなたは『無法者』の、荒城幸太郎くん」
白く、雪の様な髪。
肌も同じ様に白く、どこまでも真っ白だった。瞳も青く、血色と色素に見放されたような見た目だった。
スレンダーな体格で、白衣と赤いネクタイとジーパン。科学教師、という感じの風体。
「その二つ名っての、どこまで広まってんだよ……。ホント、勘弁してほしいんだけど」
「ふっ。いいじゃないか。二つ名をつけてもらえない魔法使いが聞いたら、君を殺しに来るよ」
どんだけ欲しいんだよ、と幸太郎は内心で呆れる。
「まあ、君の場合は、用いる戦法がそのまま異名になってもおかしくはないけどね。『対魔法使い』いいねぇ、オリジナリティあるねぇ。そういうタイプだと、他には『使い魔使い』とかもいるけど。そういえば、今度やるんだっけ、使い魔使いの白山ちゃんと。期待してるよ。対魔法使い戦術、学院の教師達は大いに興味を持っているんだから」
「言われなくても、期待には答えますよ。録画機材、買っといた方がいいんじゃないすか。永久保存だと思いますよ」
「そのへらず口、さすがハチェットの弟子だねえ」
楽しそうに笑うフェリングに、泉は「あれ」と首を傾げた。
「フェリング先生、ハチェット先生の事知ってるんですか?」
「あぁ。ま、腐れ縁ってところかな」
フェリングは優しげに微笑むと、「それじゃ、出して」と告葉に手を差し出した。
「あ、はい。えと、これです」
告葉は、スクールバックから、一冊の本を出した。その表紙を覗き込むと、『簡単! 猿でもできる料理!』と書かれていた。
「なんじゃこりゃ」
「あー! よく見つけられたねえ。わかりやすいって評判だから探してたんだけど、私じゃどうしても見つけられなくて」
ありがと、と言って、その本を机に置いた。
「それじゃ、契約しましょっか。えーと、契約書、契約書……」
机の上にブックエンドで立てられたファイルを取り、それをパラパラとめくり、一枚の書類を取り出した。
「はい、サインしてねー」
フェリングから渡された契約書を告葉が読み込んでいた。幸太郎はそれを横から覗く。
ものすごく簡略化すると、要するに、『あなたには魔力を一日にこれだけ渡しますよ』という事や、『私の魔力を使って悪い事はしないように』という事などが書かれていた。どうやら、魔法を使った犯罪者になると、契約する悪魔に魔力の差し止め要請が入るようだ。
告葉は、その契約書にサインし、右手を差し出す。
フェリングは告葉の手を取り、右手の人差し指を光らせた。それをまるでペンみたいに、告葉の手の甲の契約の刻印に、一角書き足した。
「はい、契約完了」
「ありがとうございます」
頭を下げる告葉。
幸太郎は、「なんか意外と地味なんだなぁ」と、告葉の手を見つめた。
「意外とこんなもんだよ。……どう、荒城くんも。私と契約してみるかい?」
「俺はハチェット以外と契約する気はねぇんで、お断りします」
「残念」少し寂しそうに笑うフェリング。
「そうよ。幸太郎は私の弟子なんだから、横取りすんじゃないわよフェリング」
いつの間にか幸太郎達の後ろに立っていたハチェットが、座っているフェリングを見下ろしていた。
「聞いてたのかい、ハチェット。可哀想じゃないか、幸太郎くんが。魔法使いたいのに、使えないなんて」
ねえ、幸太郎くん? と、フェリングは幸太郎の手を取り、その手を揉む。
「こいつは魔法を使う必要なんてないんだから、いいの!」
その手を離しなさい! と、幸太郎を自分の後ろに回そうとして肩を引っ張った。
あっさりと手を離したフェリングの所為で、幸太郎はハチェットに後ろへ吹っ飛ばされる形になった。
「どぉ!?」
五メートルほど吹っ飛ばされる幸太郎。
なんとか受け身を取ろうとするが、地面から高すぎて、背中を強打するハメになった。
「おぅっ……ぅふぇ……」
背中が痛すぎて、息を吸い込めない。
「だ、大丈夫幸太郎!?」
幸太郎に駆け寄り、回復魔法をかける告葉。
なんとか立ち直ると、「何しやがんだコラァ!!」とハチェットを怒鳴る。
「うっ……ご、ごめん」
いつになく素直に謝るハチェットをこれ以上責める気もせず、幸太郎は「お前ら知り合いかなんかなのかよ?」と不機嫌そうに言う。
「そうそう。私とハチェットは、同じ師匠に魔法を習った仲なのさ」
「へぇ。ハチェット、師匠なんて居たのか。ってことは、その人は俺の大師匠ってことか」
「んー、まあそういう事になるわね。……って、用事済んだんならとっとと帰る。ここは生徒が気軽に入っていい場所じゃないんだから」
「あ、はい。それじゃ、失礼しました」
告葉はハチェットとフェリングに頭を下げ、幸太郎の袖を引っ張り、職員室から出ようとする。だが、幸太郎は、何故かフェリングの机を凝視している。
「ど、どうしたの幸太郎」
告葉は、幸太郎の視線を辿り、幸太郎が何を見ているのか知ろうとしたが、机にはいろんな物が雑多に置いてあり、どれを見ているのかわからない。
「なんだい、無法者くん」
幸太郎は、机の、小さな瓶を指差し、「それ、借りてもいいすか」とその瓶を手に取った。
「え? いいけど、君そんなのするのかい?」
「いや、今回だけ特別っすよ。なんせ、ちょっとデートなんで」
「ふーん……? ま、いいけど。貸したげる」
「うっす、どーも」
幸太郎はその瓶をポケットに入れて、職員室から出た。
「え、ちょ、待ってよ幸太郎。その瓶、何」
慌てて追いかけて来る告葉は、幸太郎が瓶を入れた学ランのポケットを見つめる。
「秘密兵器。つーか、ほんとは今日、コレ買いに行こうと思ってたんだ。金使わずに済んでよかったぜ」
「え、そうなの。……じゃ、買い物は無し、ってこと」
「あぁ。お前にも面倒かけずに済んで、よかったよ」
「あ、そう……」
少し残念そうに、俯く告葉。
「なんだ? 出かけたかったのか。なら、今からヅカと蜂須賀くんに合流すっか」
「あの二人と合流はイヤ……」
エロ本を買いに行く、と公言していた二人に合流というのは、女子でなくても嫌だろう。
「ふぅん。まあ、いいや。俺は今日から、また特訓しなくちゃだし、悪いが今日は付き合えねえぞ」
「……はいはい。幸太郎は、対魔法使い戦術の方が、大事なのね」
「そりゃ、魔法も大事さ。魔法使いにもなりてえが、中途半端に会得したまま、ってのもな。どうせなら完璧にしたいし」
そういう事ではなかったのだが、何も言わない事にした。幸太郎は、今、目の前の戦いにしか目が向いていない。そんな時に何を言っても無駄だろうと、告葉はわかっていた。
■
その日から、幸太郎はトンファーの扱いに慣れる事を課題にした。
今までも一人でトンファーを振るって来たが、教えてくれる人間がいないと自分が上手く触れているかわからなかったので、ハチェットが指示を出してくれると、自分がどんどん上手くなっていくのがわかって、楽しかった。
自宅の、ハチェットが作ったトレーニングルームで、一週間ハチェットとスパーリングをした。
ハチェットは素手、幸太郎はトンファー。
舞台は、平均台の上。
ハチェットのジャブが飛ぶ。それを、「うぉ、おぉ」
と、バランスを取る為のうめき声を出しながら、トンファーで捌いて行く。
「ふらつかない! ふらつくっていうのは、体幹が甘い証拠! 体幹がしっかりしてると、こういうこともできるのよ!」
そう言うと、ハチェットは平均台に乗ったままだというのに、後ろ回し蹴りを放った。トンファーでガードできたが、しかし、だというのに手が無くなったと錯覚するほど、手が痺れた。
「これで、どうだぁ!!」
幸太郎も、後ろ回し蹴りを放つ。ハチェットはそれを、片手で受け止めた。
「おっ、いいねぇ。……ただし!」
ハチェットは、掴んだ足を思い切り横へ放り投げた。そうすると、当然幸太郎は平均台からたたき落とされた。
思い切り尻を強打して、ハチェットを見上げた。
「今回は、トンファーの修行でしょうが。後ろ回し蹴りはあと、あと」
「もう一回だ!」
平均台に飛び乗ると、幸太郎はトンファーを振るう。
「トンファーは、片方を盾に、片方を剣として扱うようなイメージ! 攻防中にその意識を入れ替える!」
ハチェットの強固な拳を、片方のトンファーで盾の様にいなす。
そして、もう片方を、剣のイメージに固め、手首を返し、長い柄をハチェットの顎に向けて振るった。
それが、思い切りハチェットの顎に当たった。
「うん。いい一撃。人間の顎なら、砕けてたわね」
ニッコリ笑うハチェット。まったくのノーダーメージに、彼女のタフさを知っている幸太郎でも、少し悔しい思いをしたほどだ。
「お、お前の体はどうなってんだ……。鉄でも齧って生きてんのか……?」
「いいえ。主に白米と魚介類です」
「お前、本当に悪魔か?」
悪魔って、なんだっけ?
と、幸太郎は疑問を抱えたまま、スパーリングをした。そうしていたら、そんな疑問もすぱっと消える。
だが、代わりに違う考えが頭をよぎる。
修行中に集中していないという事は、師匠にはすぐバレる物。ハチェットは攻撃をやめ、「……どうした? 幸太郎」と、構えたまま幸太郎を見つめる。
「いや、俺が勝ったら、あいつ使い魔の魔法を捨てなきゃならねーんだよなぁ」
「んまぁ、そうねえ」
「……八割くらい、ハチェットの所為でな」
「あたしだってわかってるわよぅ。ちょーっと可哀想な事したかなー、とは思ってるしぃ」
「反省しろぉ!! この世で一番辛いことは、猫と別れる事なんだぞ!?」
「うっ、そ、そんなにぎゃんぎゃん言わんでも……」
さすがに、今回ばかりは反論できないらしく、幸太郎の怒鳴り声を、大人しく聞いていた。
「……まぁ、ちょっと考えていた事があるんだが、いいか? 多分、ハチェットの協力がないと、できねーし」
「戦闘中の事でなければ、いいわよ」
幸太郎は、訓練している時、なんとなく湧いたことを話した。人に話すと、どんどんまとまって行く物で、最終的には、二、三要素が付け足された作戦になる。
最初、ハチェットはそれを聞いて、「えーっ。いろいろやだなー」と言っていたが、幸太郎が「お前の所為で一人の生徒が夢を捨てるんだぞ」と言うと、すぐ了解した。
悪魔といえど、夢見る人間には優しい物だ。
■
そして、一週間後。
幸太郎達は、学院の体育館にいた。
何せ、学校注目の一戦である。今までの様に、格技場ではギャラリーが入り切らない。
なので、学長が体育館での戦いを許可したのだ。特設の防御魔法が張られたフィールドが、体育館の中心に置かれ、その周りを囲む様にギャラリーが配置されていた。
二階席まで埋まっており、どこまで注目されているのか、幸太郎は首を傾げる。
フィールドに入ると、すでに、たくさんの猫を従えた白山真希がいた。
「来たにゃ、荒城幸太郎」
「おう。売られた喧嘩を前に、逃げねえよ」
二人は、不敵に笑い合った。
そして、真希はポケットから、
幸太郎、トンファー装備。
最初から、本気モードだ。
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