第15話『相性の悪い』

「ちっ……。あのたぬきじじいめ。学院一危険な男が負けるって、どんなヤツなんだ」

「でも、かなり美人らしいよ。ファンが先輩後輩問わずに多いんだってさ」


 陽介の追加情報に、興味の無い幸太郎はそれを無視して立ち上がると、鞄も持たずに教室から出て行こうとする。


「あれ? どこ行くんだよ」


 陽介から声をかけられ、幸太郎は振り向かないまま、


「偵察。戦いってのは、殴り合う前から始まってるもんなんだよ」


 と返事をして、教室から出る。

 そんな幸太郎の後ろに、何故かついてくる告葉。


「なんだよ? ついてこねーでもいいんだぜ」

「……まだ、借り、返してない」

「なんのだよ」

「蜂須賀先輩から、助けてもらった借り」


「そんなもん返してもらっても、置き場がねえよ。お前の事忘れちまってたし、それとチャラってことにしようぜ」

「その件は、私が負けた時に終わってる」

「その割りには、すげえつっかかってきた気がするんだけど」


「つっかかってない」

「いや、つっかかって来たって」

「つっかかってないってば!」

「今度はムキになってんぞ」


 幸太郎の後ろを歩きながら、悔しそうに歯を食いしばる告葉。


「とにかくっ、ついてく」

「……わあったよ。好きにしろ」


 やっと告葉は幸太郎の隣に並んだ。幸太郎はぼんやりとしているが、何故か告葉は怒ったように、ぶすっとしていた。


「それで、その白山って人、どこにいるの」

「校長から聞いた話じゃ、二年三組らしいが」


 幸太郎と告葉は、二年生の教室まで行き、白山真希がいないか尋ねてみるが、教室にはいないらしかった。


 どこに居るか尋ねると、彼女は二年の間で有名人なのか、すぐにわかった。

 校舎裏には林があり、彼女は放課後、いつもそこにいるという。


 二人がそこに向かうと、確かにいた。

 林の中には広場めいた木々に囲まれた場所があり、何匹もの猫に囲まれた女子生徒が居た。


 まず目についたのは、頭のネコミミである。値段が高いのか、妙に作りがいい黒いネコミミ。


 そして、特徴的すぎる制服の着こなし方。

 セーラー服の裾を捲り、腰に巻いて、ヘソ出しにしている。スカートも超がつくほどのミニスカートだった。そんなに露出の高い恰好をしていては目の毒だろう、と思うほど、スタイルがよかった。


 健康的に焼けた肌と、口元から覗く八重歯に茶髪のボブカット。言うなれば、まさに野生児っぽいな、と思う恰好である。


 なぜか、幸太郎の顔が青ざめた。


「わっ、悪い告葉……。俺、ここにいるから、お前が偵察行ってきてくんねえ?」

「へ? ど、どうしたの幸太郎」


 いつも不敵な笑みを浮かべている印象の幸太郎が、まるで怖いものでも見たように顔を青ざめているのは、告葉にとって驚きだった。


「借り、返してくれんだろ」


 幸太郎は少し無理矢理すぎるか、と思った。だが、告葉も何かあるのだろうと、幸太郎の言葉に頷く。


「なんか、戦いに役立ちそうな事訊いて来てくれ。頼んだぞ」

「わ、わかった」


 告葉は、恐る恐る白山真希と思わしき少女の元へ歩み寄って行く。

 その少女は、猫に囲まれて、微笑みながら猫達に餌をやったり撫でたりと、忙しそうだった。


 この猫達全部が、使い魔なのだろうか、と告葉は考えてしまう。


 使い魔のコストパフォーマンスが悪いというのは、全魔法使いの共通認識である。それをこんなにたくさんとなると、その魔力量は相当な物だろう。


「あの、白山さん、ですか?」

「うにゃ?」


 告葉は、一瞬それが返事だとは思わなかった。猫と遊んでいたら猫語を喋っていて、後ろから話しかけられたらそれがとっさに出てしまった。そういう物だと思っていた。


「確かに、私が白山真希にゃけど。あなたはだーれ?」

「え、あの、私は後輩の、泉告葉っていいます」


 この猫語は素だったのか、と驚く告葉。だが、そこにつっこんで変な話になってもイヤだったので、おくびにも出さず話を進める。


「この猫達は、みんな先輩の使い魔なんですか?」

「そうにゃ。こっちの子がアキトシでー、こっちの子がゴローでー」

「あ、いえ。名前は結構です……」


 このまま、ここにいる猫全員の紹介をしそうだったので、告葉はそれを打ち切った。

 ちらりと、告葉は彼女の右手をを見る。

 そこに記された契約の刻印が示す、契約の数は五つ。かなり多くの悪魔と契約しているらしい。


 だが、だからと言って、この数の使い魔は異常である。

 魔法使いの才能は、言うまでもない事だが、『魔法に対する理解度』や『応用力』で決まる。だが、さらにもう一つ、『魔力をどれだけ溜め込めるか』という、点もある。


 より多くの悪魔と契約すれば、当然魔力も増えるわけだが、同じ悪魔と契約しても、同じ量の魔力が受け取れるわけではない。人間には、魔力を受け取る『受容体』という器官が存在している。脳内の奥底にあり、そこへ魔力を溜め込むわけだが、その受容体が大きいほど、魔法使いは魔力を多く溜め込める。


 真希は、その受容体が人並みはずれて大きいのだろう。


「この子達の事を訊きに来た、って感じじゃないにゃ。……もしかして、向こうにいる荒城幸太郎の差し金かにゃ?」


 喉の奥で言葉が詰まった。まあ、考えてみれば幸太郎が隠れていないので、気付くのも当然だろう。


「ってことは、キミ、もしかしてスパイってやつかにゃ? にゃふふふ……そんな事しなくても、訊かれた事は全部教えてやるにゃ。荒城幸太郎! こっちに来るといいにゃ! お望みならスリーサイズまで教えてやるにゃよ!」


 何故か、幸太郎の肩が跳ねた。まるで厳しい親に怒られる前の子供みたいだった。

 恐る恐るといった歩調で、二人の元にやってくる幸太郎。だが、それでも距離感は少し遠い。その上、真希から目を逸らしていた。


「ど、どうしたの幸太郎」そんな幸太郎を見るのは初めてだった告葉は、首を傾げる。「も、もしかして露出度高い恰好を見るのが恥ずかしいとか?」

「いや、別にそれは平気だよ……」


 元気も無い。これはいよいよただ事ではないらしく、告葉は体調を崩したのかと思い、幸太郎の手を触った。熱は無いようだ。


「にゃふふふッ! 荒城幸太郎、そんなんで、私との戦いは大丈夫なのかにゃ? 悪いけど、私は手加減しないにゃ」

「じょ、上等だよ。こっちだって、手加減しねーぞ。売れないお笑い芸人みたいな喋り方しやがって。そ、そういうのは寄席でやれよ」


 いつもならすらすらと、相手を見下したように笑いながら挑発するのに、その挑発にも切れ味がなかった。


「ムキーッ! この喋り方にツッコむのは反則にゃ!! いけぇ! アキトシ!」


 三毛猫が、幸太郎に向かって飛びかかって来た。


「こ、幸太郎! 前見て、前!」


 真希から目を離していたので、その猫が飛びかかるのを見ていなかった。告葉の声で、やっと前を見た幸太郎は、猫を見て、舌打ち。


「くっそ!! もう我慢できねえ!」


 その猫を、両手を広げ迎え入れる。そして優しく抱きしめ、毛並みを整える様にして撫でてやる。


「あぁ、可愛いなぁ! 柔らかいなぁ!」


 荒城幸太郎、一五歳。

 彼は、無類の猫好きである。

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