■3『使い魔狩り』
第14話『使い魔使い』
その名前の通り、森厳坂魔法学院の学長である。悪魔達が、まだ人間から信頼されていなかった頃、その溢れる未知への探究心を抑えられなかった人間達が、魔法を習う為に魔界都市へと渡った。
その勇気有る先人達の一人の息子が、彼、森厳坂雪人である。
彼は自らの父に負けないほど魔法への研鑽を重ね、高位な悪魔に自分を認めさせて契約。そして『賢者』の名を得た、大魔法使いだ。
そんな彼に、ある日幸太郎は呼び出された。
校長室に入り、「失礼しまーす」と慇懃無礼な態度を取りながら、彼の前に出る。
机に座っている、白髪のオールバックに、スーツの男が幸太郎を見た。
「……キミが、『無法者』荒城幸太郎くんですね」
岩の様にごつごつとした肌に、大きな体。知性を感じさせる世界樹の様な男だ。
「あのさぁ。その、『無法者』ってのはやめてほしいんだよな。俺はその呼ばれ方を認めたわけじゃねえんだ」
幸太郎は、勝手に応接セットに腰を降ろすと、思い切り体を背もたれに預けた。
雪人は、その表情を厳しく保ったまま、淡々と告げる。
「キミは、魔法を使えないそうですね」
「……それは俺の責任じゃねえな。ハチェットの責任だ」
頷く雪人。
「対魔法使い戦術。確かに、あなたは今まで何人もの魔法使いをその戦術で倒して来ました。その事は素直に賞賛しましょう」
「どーも。おひねりならいらないぜ」
幸太郎の軽口にも乗って来ない。どうやらよほど真剣な話をするつもりらしく、幸太郎は覚悟を決めた。
「ですが、ここはあくまで魔法学院。魔法を使わない生徒に用はありません」
「ちょっ、ちょっと待て! ってことは、俺退学ってことかよ!?」
思わず立ち上がり、校長の机を両手で勢い良く叩いた。
「そんなのおかしいだろうが! 俺が魔法使えないのは、ハチェットが俺と契約しないからだし、他の悪魔と契約できないような校則作る、アンタらが悪いんだろ!」
幸太郎の必死な顔に比べ、雪人の表情は変わらない。
「えぇ。もちろんそうです。あなたに落ち度はまったくありません。蜂須賀くんが主導していた狩りのグループも潰してもらったのに、あなたを追い出す理由なんてありません」
「お、おう……」幸太郎は、意外にも自分たちの非を認めた校長に、面食らってしまった。こういう時は、有無を言わさずだと思っていただけに、その肩すかしっぷりは大きい。
「あの校則は、あまり多くの悪魔と契約されても、使いこなせない生徒には毒にしかならないので、ゆっくり契約してもらう為に作った校則なのですが、それがあなたに取ってはガンになってしまった様で……。ハチェット先生の我が侭を許して来た、こちらの責任です。本来なら、彼女はクビと言いたいところですが……。生憎、彼女は優秀な教師なので、クビにするのはこちらとしても痛手で」
幸太郎は、いろいろ言われたが、『ハチェットが優秀な教師』というところが引っかかりすぎて、何も聞こえていなかった。
俺の骨をぽきぽき折って行くあの女が、優秀?
どうにも、幸太郎には信じられない話である。
「ですが、なんの条件もなく、魔法を使えない生徒を在籍させておくというのは、我が校の面子的にもよくはありません。なので、こちらの面子を保つ為にも、あなたには一週間後、一人の魔法使いと戦ってもらいたいのです」
「なんだそりゃ。……面子ってのはわからん話じゃねえけど、だったら一週間の停学とかにしてくれよ」
「ふふ」そこで初めて、雪人は笑う。
「こちらとしても、『対魔法使い用戦術』……でしたっけ。それには興味がありますし、ね」
幸太郎は、溜め息を吐く。
この校長、実は相当のくせ者かもしれない、と思った。今回の事も、なんだかんだと理由をつけているが、結局の所、彼自身がその戦いを見てみたいだけなのだろう。
「……わかったよ。で、どいつと戦えばいいんだ」
「二年生の、
■
使い魔。
動物に魔力を注ぎこみ、知能を持たせる事により、仲間にするという魔法である。
魔法使い、というか、かつての魔女狩り時代。魔女達は使い魔を操っていると言われていたが、実際の所、魔法使いが使い魔を用いる場合はそんなに多くないのが現状である。
まず、使い魔は強くない。
犬や猫が主に使い魔となるわけだが、そもそも魔法使いは動物程度なら通常魔法で倒せるし、防御魔法もあるから近寄ることすらできない。
知能を得ても、ただの犬猫なのである。
そして二つに、維持コストだ。
普通にペットを飼う事を想像すればわかるとは思うが、ペットというのは金がかかる。高校生の財力で飼おうという人間はいないし、大人になってもそうはいない。
そう言った、財力的なコストもあるのだが、使い魔は、要するに『魔法使いの魔力を与え続ける』と契約する事なので、使い魔が生きている限り、自分が使える魔力に制限が生まれるのだ。
そんなワケで、使い魔を用いる魔法使いは、そんなに数がいないのである。
幸太郎は、教室に戻った。
もう放課後なので、教室には数人の生徒しかおらず、その中には陽介と蜂須賀がいた。
「魔界都市でエロ本買うんなら、大通りのファミレス横の路地を抜けた先にある、堺屋ってとこがおすすめだな。大人のおもちゃも売ってるし」
と、エロ本を読みながら陽介にレクチャーしている蜂須賀。
「マジかぁ! さっすが蜂須賀くん。先輩と仲良くなると、そういう情報が得られていいなぁ」
陽介は、その蜂須賀からもたらされる彼に取っては値千金の情報を喜んでいた。最初は蜂須賀を怖がっていた陽介だが、意外と慣れ親しんでいた。
なんておもしろそうな話だ、と幸太郎も輪に混じろうとする。
「幸太郎、幸太郎」
そんな時、いつの間にか後ろに立っていた告葉が、幸太郎の肩を叩いたので、振り返る。
「あの二人、止めてよ。放課後蜂須賀先輩が来てから、ずっとあんな下品な話してる」
「男は下ネタとバカな話が大好きだからな。俺もあの情報は知っておきてぇ」
「……男はみんな、バカって事ね」
溜め息を吐く告葉。その認識はまったく間違ってないので、幸太郎は何も言わなかった。
「おっ、幸太郎帰ってたのか! お前もこっちこいよ!」
陽介に呼ばれ、ひょこひょこと幸太郎もその輪に加わる。告葉は、それを遠巻きに見ながら、取り出した本を読む。なんで帰らないんだろう、と横目で見ながらも、幸太郎は話に参加した。
とはいえ、エロ本関係の話ではない。
「そういえば、校長の用事、なんだったんだ?」
陽介は、にやにやと笑いながら、「退学にでもなった?」と笑えない冗談を言い出す。
「ちげぇよ。なんか、対魔法使い用戦術を見たいから、魔法使いと戦えって言われた」
「面白そうな事言い出すな、あの校長も」蜂須賀は、にやりと笑う。戦闘ジャンキーの彼にとっては、他人が戦うというだけでも面白いのだろう。エロ本を畳み、尻ポケットに突っ込むと、机に腕を乗せて、すこし前のめりになる。
「なんつったっけな。えーと、確か……。『白山真希』つったかな」
蜂須賀の顔色が変わった。
「なんだ、どうした蜂須賀くん」
まるで突然腹を壊した様な蜂須賀の表情に、幸太郎は首を傾げた。
「白山か……。また、厄介なヤツを押し付けられたなぁ」
楽しそうに笑う蜂須賀。
「あれ、なんだよ蜂須賀くん。知ってんのかよ」
「一年の時、同じクラスだった。授業で模擬試合やったんだが、俺が負けた」
「マジかよ!」
幸太郎は、正直言って、蜂須賀以上の実力者がこの学校にいるとは思っていなかったので、驚いた。
「へぇー。蜂須賀くんが誰かに負けたって話、聞いた事ないけどなぁ」
事情通を自称している陽介の言葉に、蜂須賀は笑う。
「まぁ、勝負になってなかったからな。広まらないと思うぜ」
「……どんだけ恐ろしい魔法使いなんだか」
幸太郎は、決して蜂須賀の事を過小評価はしていない。それどころか、強い男だと思っている。だからこそ、彼が負けたという魔法使いは、幸太郎の中でとても大きく、そして凶悪な化け物へとなっていく。
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