第13話『友情の儀式』

 その、なんとも安らかな寝顔に、幸太郎は思わず溜め息を吐く。


「……ったく。やっと眠りやがったか」


 幸太郎は、腐った足を引きずりながら、告葉の元へ歩み寄る。

 そして、彼女の肩を掴んで揺すると、ゆっくり目を開き、幸太郎の顔を眺める。


「きゃぁ!!」


 なぜか、悲鳴を上げて椅子から落ちた。


「なに驚いてんだよ。俺だよ、荒城幸太郎」

「こっ、こうたろう……?」青ざめる告葉の顔に、幸太郎は彼女が血を嫌っていたことを思い出した。


「あー、わりぃ。拭いてる暇もなかったんだわ。悪いついでに、回復魔法かけてくれない? 左足も腐ってるし、つーか鼻折れてて鼻血止まんないし」


 告葉は慌てて立ち上がると、目をきゅっと閉じてそっぽを向き、幸太郎に回復魔法をかけた。

 完全回復をしたら、幸太郎は首を回し、足首だけでぴょんぴょんと跳び、拳をワン・ツーのリズムで打ち出す。


「完璧。サンキュー告葉」


 右腕のバンテージをほどき、それで顔面の血を拭う。これで完全に、戦う前の状態に戻ったというわけだ。


「こ、幸太郎……。蜂須賀先輩に、勝ったの?」

「ああ。朝飯前だったぜ」


 ちょっと強がって言ってみた。だが、その台詞で予期せず、自分が朝から何も食べていない事に気付いて、腹が鳴る。


「そういや、飯食ってねぇんだ。お前も来る? ……って、そうだ。急いで来たから財布もってねえんだったわ」

「……いい。今日は、私が奢る」

「マジで? やりっ! んじゃ、高いの頼んじゃおーっと」


 足取りも元気になり、幸太郎はそそくさとその階段から降りて行く。告葉もその後に続くと、下の階で寝ていた連中を見て、驚いた。


「これ、全部幸太郎がやったの……?」

「あ? おう。楽勝だったぜ。お前だって弱いわけじゃねーんだから、何人かは倒したんだろ?」


 告葉はゆっくり首を振る。


「私のところに来たのは、蜂須賀先輩だけだった」


 それを聞いた幸太郎の目が、丸くなる。そして、唇を釣り上げた。


「へぇ。告葉相手にゃ、タイマンだったってわけか。……あの男も、そうそう性根が腐ったヤローってわけじゃ、なさそうだな」


 女相手に何人も頭数を揃えるというのは、幸太郎にとっては許せない事だし、男としてもどうかと思う。だが、彼はそうしなかった。確実性を取れば頭数を揃えるべきだが、それよりもプライドを取ったのだ。


「今なら、俺とアンタは似てるって話、頷いてやってもいいかもな」


 幸太郎は二階を眺めて、そう呟いた。もっとも、それを聞いた告葉は意味をわかっていないし、蜂須賀本人に言うつもりはないので、この言葉の真意は、闇に葬られる事になる。


  ■


 そして、月曜日になった。


 土曜日は告葉と昼食を取り、家でしっかりと惰眠を貪ったが、日曜日はそうもいかなかった。朝からみっちりと修行をさせられ、幸太郎は全身筋肉痛になっていた。


 なので、月曜日も朝から昼休みまで机に突っ伏していたのだが、そこへやってきた陽介が「聞いたか幸太郎?」と思わせぶりな発言をしてきた。


「うるせえ殺すぞ」

「苛立ちすぎだろ。何があったんだよ」

「土曜日は鼻折られるし、足腐らされるしで最悪だった。日曜日はアバラ折れた」


 修行の流れで、ハチェットに『蜂須賀に肝臓打ち躱されたんだよな』と言ったら、『肝臓打ちはこうやってやるのよ!』と言われ、思い切り拳を突き刺されたのだ。


「なんでそんなに骨折できるんだよ……。あ、もしかして、蜂須賀先輩のグループが潰れた事となんか関係あったりするのか?」

「……まあ、確かに蜂須賀とは喧嘩したが」

「へぇ。じゃ、ほんとに幸太郎がやったんだ。蜂須賀先輩のグループが、一人の男に潰されたって、今学校で噂広まってるんだぜ」

「あ、そ」

「すごいなぁ、学校の有名人じゃん。一年からこんだけ目立てるなんて、羨ましいぜ」

「変わってやろうか?」

「遠慮しとく。痛そうだし」


 いくら学校で目立てたとしても、誰だって週末にぽこぽこ骨を折るような生活は嫌だろう。幸太郎だって、ちょっと慣れてきてはいるがあまり骨を折るのは好きじゃない。もう二度とその部位が使えないんじゃないか、という絶望感が見え隠れするから。


「それより、飯食べようぜ。俺は腹が空いた」

「だね」


 二人は、昼食を取り出すと、手を合わせて食べようとし、幸太郎は弁当の蓋を開き、陽介はパンの包みを開いた。


「今日もハチェット先生のお弁当は美味しそうだなー。おかず、一個ちょうだい」

「ふざけろ。この弁当でも足りないくらいなのに、分けられるか」


 幸太郎はそう言って、赤い卵焼きを箸で掴もうとした。だが、それを横から出て来た手が掴んで、持って行ってしまう。

 誰だ、この野郎と隣を見ると、そこには蜂須賀が座っていた。


「おぉ、美味い。へぇ、あのセンコー料理なんてできたんだな」

「「どわぁぁああッ!」」


 幸太郎と陽介は、同時に飛び退いて、蜂須賀から離れた。


「てっ、テメェなんでここにいんだよ!? 二年だろうが!」


 幸太郎は怒鳴ったが、それをまったく意に介さず、幸太郎の弁当から、もう一つ卵焼きを手に取り、頬張る。そしてそれを咀嚼しながら


「二年の教室にいたら、狙われるからさ。お前に狩りのグループ潰された所為で、俺に恨み持ってるやつがわんさか来るんだよ」


 と、なんでも無さそうに言った。


「もちろん、全員返り討ちにはしてるが、身が持たない。……それに、お前にはまたリターンマッチしなきゃならねーしな。今の俺にとっちゃ、それが一番楽しい事だ」


 幸太郎は溜め息を吐いて、机に腰を降ろし、「好きにしろ」と言って、蜂須賀から弁当を奪い返した。


「あっ、幸太郎。あの話聞いた?」


 トイレにでも行っていたのか、告葉が教室の入り口から入ってきて、幸太郎達に駆け寄って来る。


「蜂須賀先輩達のグループ、潰れたんだって」

「でも、俺は潰れてないんだよな」


 くるり。蜂須賀は振り返り、告葉と目を合わせた。

 一瞬何が起こったのか把握出来ず、固まってしまった告葉だったが、その後はもう、嵐の様。


 大声で「なっ、なんであなたがここに!?」と悲鳴の様な怒鳴り声を挙げ、背後にプラスシルバーを出現させた。


 やはり、自分を攫った人間が目の前に現れて、怒らない方が不自然だろう。


「なんだ……やんのか?」


 睨み合う二人。幸太郎は、「やるんなら表に出てやってくれ」とだけ言って、弁当をかきこみはじめる。


 もう蜂須賀に対して、心配はしていない。彼はたしかにイカレた男かもしれないが、しかしまあ、単純に、友達がほしかっただけなんだろうなと、幸太郎は思ったから。


 同じステージで殴り合える友達が欲しかっただけ。


 昔から、男は殴り合えば友達と、相場が決まっているのだ。

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