第11話『タイマン』
「……めんどくせえな」
呟きながら、幸太郎はヒットマンスタイルから、ステップを踏む。ステップのスピードを早め、体を小刻みに動かす。
「こねーのかぁい!?」
普段の、ふらふらとした足取りからは考えられないほどの素早い動き。そこから、再び再びハイキックを放った。
幸太郎は、ダッキングの様に頭を下げてそれを躱す。
「大技ばっかじゃ俺にゃ勝てねえぜ!」
そしてそのまま、あの時躱された恨みだと言わんばかりに、蜂須賀の横腹に肝臓打ちを叩き込もうとする。
だが、彼はすでに防御魔法を張っていて、幸太郎の拳は届かない。
「さすがの対魔法使いでも、防御魔法は破れなかったみてぇぇぇだなぁぁ!?」
蜂須賀の鋭い前蹴りが、幸太郎の顎を抉った。幸太郎は地面に背中を叩き付け、鼻から血が滝の様に溢れ出していた。
「鼻ぁ、折っちゃったかな?」
幸太郎は起き上がると、鼻の片側の穴を抑え、息を思い切り吐き出し、鼻の中に溜まった血を噴き出す。そして、鼻を押して、鼻骨を元の位置に戻す。
「おおっ、ガッツがある。俺以外の魔法使いなら、戦意喪失してるとこだ」
蜂須賀は楽しそうに笑っていた。
幸太郎も、釣られた様に笑う。
「戦いに痛みはつきもんだろ?」
それの何がツボにハマったのか、蜂須賀はさらに大笑いを始めた。
「くっ、ぎゃは、ギャハハハハハ! そう、それよ! そういう事だよ!! 魔法使いどもは、戦うってことがどういう事か知らねえんだ! 戦うってのは、痛みと向き合う事だ! それを連中は、ちょっと痛い目見たらすぐにやめやがる! それじゃあ戦えてるとは言えねえ。なぁ、そうだろ荒城ぃ!!」
再び、蜂須賀は蹴り技を放って来る。まるで、蜂が針を連射で突き刺そうとしてくるような、激しい連打。
足技でここまでの連打が出来るというのは、かなり使い込んで来た証拠。
幸太郎のガードが堅く、一撃を入れられない事を察すると、彼は飛び上がり、ジャンピングソバットの体勢に入る。
「そんな大技喰らうか!!」
幸太郎は、顔面にガードで覆い隠す。だが、蜂須賀の一撃は、足の芯(蹴りの際に当てる部分)に防御魔法をレガースの様に纏わせた、強固な一撃。幸太郎をガードごと吹っ飛ばし、壁に叩き付けた。
「い、ってぇ……!」
咳き込みながら、幸太郎は壁から離れる。
「あぁ……。くっそ、楽しいぜ……。魔法学校にくりゃ、ちったぁ楽しい喧嘩ができると思ったが、周りに居るのは『痛いのはイヤだ』とか言い出す不能ヤローばっかでよぉ……。痛いのが無きゃ、俺は何をして退屈を埋めりゃいいんだ!? これだよ、俺がやりたかったのはよぉ。どうだ、荒城! 楽しいかぁ!?」
幸太郎は、口の中の血を吐き出し、相手を見下すみたいに笑った。
「あぁ。楽しいね……。不愉快だが、そこだきゃテメーに同意してやる。そんで——」
幸太郎は、背中の袋を降ろし、その中から持って来た武器を取り出した。
黒い棒が二本、そこから伸びる。それは、まぎれも無く『トンファー』だった。
幸太郎は袋を投げ捨て、トンファーを握り、構える。
中国の
「——テメエをこの世にいられなくしてやる」
幸太郎は、再びボクシングの様なステップを踏む。沖縄古武道の武器、そしてボクシングのステップに、空手家の拳。あらゆる格闘技のミックスを、彼は体現している。
「いいねぇ……。その痺れる台詞を、生で聞きたかった」
ゆっくり、一歩ずつ、地面にきちんと足がついているのかを確認するみたいに歩いて来る蜂須賀。
幸太郎は構えを確認し、頭を冷やす。浮き足立つのも良くないし、怒るのも良くない。
頭は常にフラットな状態を保つ事。冷静さを失ったら負けるのは、どこの世界でも同じ事。
二人はじりじりと間合いを詰める。そして、互いの手足が届く距離に入ると、二人は同時に動いた。
蜂須賀は、ハイキック。
だが幸太郎は、そのハイキックをトンファーで防ぐ。そこから腰を回し、蜂須賀の顔へ右ストレートを放った。だが、距離が足りない。当たったとしても大したダメージにはならないだろう。
しかしそこでトンファーだ。
手首を返す事で、トンファーがくるりと周り、蜂須賀の顎を抉る様な軌道を描き、元の位置に戻る。
「あがっ……!」
幸太郎の耳の横で、ぱきん、という甲高い音が鳴った気がした。それはおそらく、蜂須賀の顎の骨が砕けた音だろう。
これが、トンファーを使う理由である。
あまりフィクションでは使っている人間が居ないトンファーだが、この武器は打撃系の人間にとってかなり有用な武器であると言える。
攻防一体の性質と、腰、腕、手首。三カ所で発生するパワーをまとめあげて振るう破壊力。
そして、先ほど幸太郎がやったように、リーチを伸ばせるトリッキーな戦法。
幸太郎がトンファーを武器として使っているのは、彼に最も合っていたというのもあるが、こうした場面に合わせる事のできる多様性があるからだ。
ちなみに、幸太郎が使っているトンファーは、一般的な赤樫で出来ているトンファーではなく、かつてアメリカ警察が採用していたポリカーボネートという対衝撃性に優れた合成樹脂製である(現在の警察は、どこの国でも魔法補助の役割を持った警棒が一般的)。
そして、幸太郎は倒れた蜂須賀を見て、一言。
「これで、先生にはチクれなくなったな」
それを聞いてか、蜂須賀はさっきの幸太郎みたいに、ゆっくりと立ち上がった。
自らの顎に回復魔法をかけて、砕けた顎を治す。
「いてぇ……。顎まで砕かれたのは、さすがに初めてだ……」
蜂須賀は、首をごきごきと回し、自分の体を抱いた。その体は、小刻みに振るえていた。俺に恐怖しているのか、と幸太郎は一瞬思ったが、しかし蜂須賀がそんな男じゃない事は、この短い時間でもよくわかった。
「ここでする喧嘩なんか、期待してなかったが……。初めての痛みがあるとは思わなかったっ。最高だぜ、荒城……。お前は何がなんでも、殺してやるぁあッ!!」
蜂須賀の右手に、いつの間にか、小刀ほどの針が握られていた。
「ま、頑張ってみなよ。……ゼッテェー無理だけどな」
「俺も、こっから遊びは終わりだよ。……第二ラウンドだ」
蜂須賀は、手の中に握られていた小刀ほどの針を、軽く放り投げ、空中で一回転させてからキャッチした。
ここからが彼の本領。スズメバチ、蜂須賀結衣の特質魔法のお披露目。
学院で最も危険な男の、『
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます