第10話『ハイブリット』

  魔法使い達は、一斉に魔法を唱え始める。それぞれが全員、幸太郎を狙っているのだろう。


 幸太郎は、臆せずその人ごみの中へ突っ込んで行く。

  彼らが取った人海戦術。それは大きな間違いである。

 魔法使いは、徒党を組んではならない。

 それが戦略上の大前提だ。


 数人程度ならまだいい。しかし、三〇人、それも屋内でとなると、アホとしか言いようが無い。

 何度も言うが、魔法使いは遠距離攻撃が基本である。

 となれば、二つの条件を満たす場所でないと、全力は出せない。


 一つは『相手との距離が取れる場所である事』でなければ、すぐに距離を詰められて終わりだ。

 そしてもう一つは、『味方に魔法が当たらない事』これを守らないと——


「おいッ! 邪魔だよテメェー! 荒城に当たらねーだろうが!」

「誰だよ! 俺に魔法当てたの!」


 こんな風に、味方同士で争う事になってしまう。それでなくても、人ごみというのはストレスを感じやすい場所なのだ。


 幸太郎は目の前の敵をぶん殴りながら、後ろの敵に気をつけていれば、後は勝手に数が減って行くというわけだ。

 多人数を相手にする時は、というか、そうでなくても魔法使いを相手にする時は、一撃必倒が前提条件である。


「やろぉ!!」


 氷で出来たナイフを、幸太郎に振りかざす目の前の男。迎え打とうとしたが、背後から羽交い締めにされ、動きを封じられてしまう。


「今だっ! やれぇ!!」

「おうよ!」


 幸太郎は冷静にジャンプして、ナイフを振りかぶって来た男の顎を蹴り上げる。


「あっ!」そして、羽交い締めにしていた男の金玉も蹴り上げて、締めから脱出。その男に右フックを叩き込み、気絶させる。


「次ィ! どんどん来い!!」


 幸太郎の叫びに誘われて、一人の男が前に飛び出す。彼は、魔法銃を持っている。


「俺に魔法銃は通用しねえって言ってんだろうが!」


 いつもの様に、接近して奪い取り、解体してやろうとした。だが、相手の銃が、突然巨大化し、まるでバズーカ砲の様になった。それを肩に担ぎ、弾丸を放つ。


「うぉ!?」


 それを横に飛んで、躱す。地面にクレーターめいた穴が開いていた。


「銃に巨大化魔法を掛け、攻撃力を強化した一撃! これを喰らってただで済むやつぁいねえ!」

「へぇ」幸太郎は接近する。

「近づく前に撃ってやる!」と、彼は幸太郎へ照準を合わせようとした。


 だが、


「あっ、あれ?」


 巨大化させた銃は当然重く、幸太郎の動きについてこれない。しかも、大きすぎるため、あまり近距離に来られると銃身が邪魔して狙えないのだ。


「隠し芸ごくろうさまでしたッ!!」


 幸太郎はアッパーで顎を跳ねあげ、男を気絶させる。巨大化した銃が元に戻り、地面に戻る。


「ふぅー……。手応えがねえな。こんなんじゃ、スパーリングにもなりゃしねえ」


 幸太郎はその銃を拾い上げ、解体する。


「こうして小休止入れてんのにこねーってのが、もう俺に対してビビっちまってる、いい証拠だな」


 周囲に残った十人ほどの男達は、歯がゆい思いを抱えているのか、歯を食いしばり、幸太郎を睨んでいる。


「う、うるせぇ……。てめぇに勝たねーと、俺達は蜂須賀くんに何されるかわかったもんじゃねえんだよぉ!!」


 一人、幸太郎に向かって突っ込んで来た。

 彼の手には、電気が走っている。どうやら珍しく近接格闘タイプらしい。


「大丈夫。その蜂須賀も、俺には負ける」


 幸太郎は、その男の首に、背負っていた袋の持ち手部分を引っかけ、振り回した。


「ぐぇ……っ!?」


 男は遠心力で体が浮き上がり、周囲の味方達を殲滅する為の武器として扱われた。

 全員倒すと、地面に彼を叩き付け、腹を思い切り踏みつけて気絶させた。


「うしっ」


 幸太郎は袋を拾い上げ、肩に担ぐ。そして、周囲を見渡す。蜂須賀と告葉はどこだ? と。

 倉庫の片隅に階段があり、幸太郎はそれを登ると、バスケットコートほどの広さがある、鉄板が打ち込まれただけの簡素な床が広がる二階に出た。


 その一番奥には、椅子に座らされ、眠っている告葉と、その傍らにしゃがみ込み、エロ本を読みながら煙草を吸う蜂須賀がいた。


「告葉になにもしてねーだろうな」


 蜂須賀は立ち上がって、エロ本を丸め、ズボンの尻ポケットにしまった。


「あぁ、ここに連れて来る時にちょっと戦ったが、それくらいだ」

「俺の身内に手ェ出すってことがどういう事か、お前の身に刻み込んでおく必要があるみてーだな」


 幸太郎は、構えた。だが、蜂須賀は構えず、ズボンのポケットから煙草を取り出した。


「吸うか?」

「……毒でも入ってんじゃねえだろうな」

「これには入れてねーよ」


 蜂須賀は幸太郎に、煙草とライターを投げた。一本抜き、唇の間に挟んで火を点けると、それを蜂須賀に返した。


「疲れてるんなら、回復魔法かけてやろうか?」

「いらねーよ。あいつら程度なら、逆に体があったまってちょうどいいくらいだ」


 紫煙を吐きながら、蜂須賀に煙草とライターを投げ返す。それを受け取り、蜂須賀はポケットにしまった。


「ま、あの程度の連中なら、お前は楽勝だと思った。俺が楽勝なんだからな。俺と同じ種類の人間なら、楽勝だろう」

「勝手にお仲間にするんじゃねえ。俺はお前と一緒なんてやだわ」

「ギャハハハハハッ! そういう所もそっくりだよ。だから、俺はお前をチームに入れてえんだ」


 幸太郎は、吸い終わった煙草を地面に落とし、踏みつけた。


「俺は徒党を組むってのが嫌いでな。チームなんてモン、願い下げだ」

「くくっ。お前だって、戦うのが好きなクセに。狩りをやれば、もっと戦えるぜ」

「なんだぁ? お前、戦うのが好きなのかよ。しかもエロ本読んでるって……女と戦いが生き甲斐ってか? 戦国武将か、お前は。タイムトラベルの魔法ができたら、戦国時代に行くのをおすすめするぜ。そこでなら上手くやってけんだろ」


 蜂須賀は、そんな幸太郎の挑発なんてまったく聞かず、幸太郎に向かって距離を詰める。

 魔法使いが距離を詰めて来る、というのはそう無い。なぜなら、魔法使いの魔法は、基本的に遠距離型だから。


 彼は、幸太郎に肉弾戦の間合いまで詰めると、いきなりハイキックという大技を放って来た。


「うぉッ!?」


 頭を屈めてそれを躱し、素早く間合いからバックステップで脱出する。


「ヤロォ……。やっぱ、そういうタイプか……」


 昨日、幸太郎は肝臓打ちを躱されてから、ずっと考えていた。蜂須賀という男がどういう戦い方をするのか。


 そして、一つの答えに至る。彼は中学校時代まで、魔法を使わずに喧嘩していたのではないか、と。喧嘩慣れしているのなら、あの動きも納得できる。


 つまり、幸太郎が格闘術しか使えないにも関わらず、彼は魔法も格闘もできるという事。


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