第9話『手荒な勧誘』
どうやらそのまま寝かしつけられたらしく、幸太郎の目が覚めると、すでに外は明るくなっていて、自分の部屋のベットにいた。
「あの女……。足折りやがった……」
怒りで顔を歪め、自分の顔を見る。どうやら回復魔法で既に直されているらしい。
時計を見ると、もう昼の一時。だが、今日は土曜日で、学校は休みだ。
ということで、幸太郎は再び寝ようとした。
「起きろーっ!!」
だが、ハチェットが部屋に乗り込んで来た。ドアが壊れるのではないか、というくらい派手な音を上げて、ズンズン大股で幸太郎が寝るベットに近づいて、幸太郎から布団を剥いだ。
「修行よ!」
「はぁ!? ふっ、ふざけんな! 今日土曜日だぞ!」
「いつもより長く修行できるわね」
「休ませろ! ただでさえ授業に支障きたしてんだから!」
「いいじゃないの。アンタに魔法なんて必要ないんだから」
「いや、必要としてっから! 俺は魔法使いになりてーつってんだろうが!」
幸太郎はベットから飛び降りると、チェストからすばやく着替えを取り出し、ハチェットの横をすり抜けて、部屋を飛び出した。
だが、ハチェットは幸太郎の足を引っ掛けて、転ばせた。
「ぐぇッ」
盛大に地面に鼻を打った幸太郎。赤くなった鼻を摩り、寝転がったままハチェットに向き直る。
「クソ! 殺すなら殺せ! 悪魔と同居した時点で、死は覚悟してたよ!」
大の字になって、さあやれ! と叫ぶ幸太郎。
「いや、別に殺さないし。……うーん、しかしそこまで参ってたとは。しゃーない。今日は休ませてあげよう」
「マジか!」
勢いよく立ち上がる幸太郎。そして、両手を掲げガッツポーズ。
「大げさねえ。そこまで喜ばれると、休みをやった甲斐があったってもんよ」
腕を組み、まるで「遊園地に連れてってやる」と言い、大喜びした息子を見る父親みたいな目をするハチェット。
そんな時、幸太郎の部屋から無機質に、ただ繰り返すだけの音が鳴る。ケータイの着信音だ。
「遊びの誘いか何かか? タイミングがいいぜ」
相手はおそらく、ヅカだろうな、と思いながら、部屋に戻ってベットボードに置いてあるケータイを取り、画面を見る。そこには、告葉の名前。
まさか告葉だとは思わなかったので、幸太郎は少し驚きながら、耳に当てる。
「よう。なんだよ告葉?」
『よぉ、元気か荒城』
その声は、気だるい声は、蜂須賀の物。
何故告葉の番号から、蜂須賀の声が? 考えられる状況は一つしかなく、幸太郎の体が強ばった。
「テメエ……。なんで、告葉のケータイから電話かけてやがんだ。俺の電話番号が知りてえんならそう言えよ。今ならキスマークと一緒に送ってやるよ」
『面白ぇー事言うな。……わかってんだろ、荒城。俺はお前に、昨日の件をどうするか聞く為に電話してんだ。気が変わったかどうか聞く為にな。いいか、こいつはラストチャンスだ。俺のチーム入れコラアッ!!』
耳に針でも突っ込まれた様な痛みが襲うほどの叫び。余韻である耳鳴りも、また強烈だ。
「俺は狩りなんざやんねえつってんだろうが。一回で覚えろクソヤロー。今時の小学生だって言われた事は一回で覚えんだよ」
『ギャハハハハッ! ここまで来てそんな口利けんのは尊敬すんぜ!! ……わかってんだろぉ? 泉告葉って子、人質にさせてもらってるぜ』
その時、おそらくは蜂須賀の背後から「幸太郎! ダメ! こいつら三〇人はいる!」と告葉の声が聞こえた。
「テメェ……。告葉に手ぇ出すんじゃねえぞ。出したら、この世に居られなくしてやる」
『痺れる台詞だ……。それ、今度は生で聞きてえ。いいか、今から一人で、港にある廃倉庫に来い。そしたら、女は返してやる』
そこで、電話が切れた。
幸太郎は急いでTシャツとジャケットを羽織り、ジーンズを穿いて、家を飛び出ようと靴を履いた。
「待ちな、幸太郎。武器はあった方がいいでしょ。これ、持って来なよ」
そう言うと、ハチェットは手に持っていた胴体ほどの長さはありそうな細い袋を幸太郎に投げた。
それを受け取り、「サンキュ」と言って家を出ようとした。
「も一つ、待ちな。ただ事じゃなさそうだし、転移魔法で送ってやる」
「へっ。さすが悪魔、地獄耳」
「だけどね、今回ばかりは、アンタが負けたらあたしが首突っ込ませてもらう。教師としてね」
「向いてねーと思ってたら、意外といい先生やってんだな。わかった。だが、負けねーよ。自分の弟子、信じろ」
ハチェットは、鼻で笑うと、指を鳴らした。
すると次の瞬間には、幸太郎は呼び出された港の廃倉庫の前に立っていた。
トタンで出来ている、錆び付いて、今にも壊れそうな場所だ。もう使い物にならなくて、大人達が捨てた場所を根城にしているらしい。
「思ったより早かったじゃねえか」
そんな廃倉庫の前に、三人の男が立っていた。どうやら蜂須賀の仲間が、幸太郎が来るのを待っていたらしい。
しかも、その一人は陽介を襲っていた——
「——あっ。テメェ、オカマヤローじゃねえか」
「オカマっていうんじゃねえ! 俺にゃ馬場安吾って名前があんだよ!」
「あー、自己紹介なんてしなくていい。どうせ五分後にゃ忘れてる。もうお前の事はオカマヤローで覚えてんだ。とっととかかって来い。こっちにゃ時間がねえ」
「ぐっ……だ、だが! お前が大きな口叩いてられんのもここまでだ! こん中にゃあ俺らグループの主要な連中が、ほとんど揃ってる。俺がお前だったら、絶対ここにゃ来ねえよ!」
「……あぁ、なるほどね。だからお前らは外に出されてんだ。見るからに主要じゃなさそうなツラしてるしな」
三人の血管が切れる音を聞いた気がした。
「テメェ殺してやる!!」
馬場は魔法の刻印が刻まれたサーベルを抜いた。そして、幸太郎から離れた位置に居るにも関わらず、剣を振るうと、まるで炎が鞭みたいに、幸太郎の足下を掠めた。
「ビビったか? 俺の魔法剣はな、俺の特質魔法と組み合わせ、剣に鞭の性質を加える事ができるんだ!」
その、炎の鞭を振るう馬場。だが、鞭は思い切り振りかざさなくては使えない。
鞭の特性は、スピードに乗り始めて活かす事ができる。だから、鞭使いは、振りかぶった所で止める。
幸太郎は、馬場が話している途中にこっそり脱いでおいた靴を、馬場の顔面に向かって蹴っ飛ばした。
見事馬場の顔面にヒット。
怯んだ隙に、幸太郎は接近し、右ストレートで馬場を沈めた。
「アホか。見た目重視すぎんだろ」
幸太郎は、一応馬場の腹を蹴っ飛ばして、さらにダメージを与えておく。気絶しているが、起き上がってこられるとメンドくさいからだ。
「テメェ! いい気になってんじゃねえぞ!!」
残りの二人も、一人は掌に魔力を集めて、氷結魔法を放とうとしていた。そしてもう一人は、魔法銃を構えていた。
幸太郎は馬場が落とした魔法剣を手に取った。だが、当然彼に魔力は無いので、ただ魔法の刻印が刻まれただけのサーベルに過ぎない。
そのサーベルを、幸太郎は氷結魔法を唱えていた方の腕に投げた。見事刺さり、氷結魔法の詠唱は止まる。
「ぎゃああああああッ!?」
悲鳴を上げ、自分の腕の惨状が信じられないと言わんばかりに、腕から生えたサーベルを見つめる。魔法銃を構えていた方も、その光景に釘付けだった。
当然、幸太郎がその隙を見逃すワケも無い。
すぐに駆け寄り、氷結魔法を放とうとしていた男をボディーブローで沈め、銃を構えていた男と向き合う。彼らはすぐ隣に立っていたため、お互いに腕が届きそうな範囲だ。
「うっ、動くなよ……。本当に、殺してやるぞ……!」
「はぁ……」
幸太郎は、思わず溜め息を吐いてしまう。こいつ、入学初日の俺を見ていなかったのか、と。
「俺に魔法銃は効かねーよ。——ホレっ」
幸太郎は、その魔法銃を取り、男の手首を曲げ、銃口を相手に向けながら、一瞬で魔法銃を奪い取った。
「はっ!?」
手品の様な早業。一瞬で自分が不利に陥った事を自覚して、男の顔から血の気が引く。
だが、幸太郎は奪ったその銃を、一瞬で解体した。
「こういう、魔法具のバラし方も基本的に全部知ってんだよ。使われても大丈夫な様にな」
魔法使いは、自分で道具を使えても、その道具の組み立て方は知らない。だから、こうして解体してしまえば、もう二度と使えないのだ。
だが、男はチャンスだ、と思い腕を幸太郎に向けた。
「銃を捨てるなんて、バカなヤローだ!」
攻撃魔法、光弾を放つつもりか、彼の手に魔力が集まる。
「アホか」
だが、それよりも先に、幸太郎の右ストレートが男の鼻を潰していた。
「魔法より、ボクサーの拳のが速いんだよ」
全員倒した事を確認。そして、倉庫の扉を開けて、中へ入る。
そこには、ガラの悪そうな連中が、三〇人ほど立っていた。
「よう、クソ共。お掃除に来たぜ」
前髪を掻き上げながら、幸太郎は目の前の連中全員を見下す様に笑った。
「お前、俺ら全員に勝てると思ってんのかよ!」
誰かが言う。しかし、それはこの場に居る全員の総意だ。だから、同調する声が大きくなって行く。
「お前らじゃ何人倒したって自慢にゃならねーんだよ。いいから、とっとと来い。全員ぶっ殺してやる」
幸太郎は構えた。まだ、背中の武器は使わない。
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