第7話『狩り』
そして、結局蜂須賀は男女どっちだ、という話に決着はつかないまま、昼休みになってしまった。
幸太郎はというと、ハチェットとしていた修行の所為で眠気が抑えられず、朝、机
に座った瞬間から記憶がなかった。
「俺、魔法使いになれるのか……?」
目が覚めた時、そう思わざるを得なかった。
「……なる気がないとしか、思えない」
隣の席に座っていた告葉の冷たい言葉。昨日殴った跡は、すでに綺麗さっぱり消えていた。
「隣で寝てられると、イライラして集中できないんだけど」
「カタい事言うない……ふぁ、あーぁ……」
あくびをする幸太郎と、それを見ながら溜め息を吐く告葉。
「泉ちゃんは、『もうっ! 幸太郎ったら。私と一緒に立派な魔法使いになるって約束はどうしたのよ! ぷんぷんっ』て思ってるんだよ」
幸太郎と一緒に昼食を摂ろうと思い、やってきた陽介は、手土産とばかりにへらへらと笑っている。だが、告葉の『プラスシルバー』が彼の前に現れ、喉元に尖らせた針の様な物を突きつけた。
「じょっ、ジョーダン。ねっ、泉ちゃん。これ引っ込めて?」
引きつった笑顔で頼み込む陽介。告葉は溜め息をまた溜め息を一つ吐いて、机に頬杖を乗せる。
「……別に、いま宝塚くんが言った様な意図は全然ないけど、でも今のままじゃ魔法使いなんて夢のまた夢よ」
「俺だってなりたくねえわけじゃねえよ。でも昨日は、ハチェットと夜中まで修行してたし、眠くてしゃーねー。昼飯食ったらまた寝ちまいそうだ」
幸太郎は、机の横にかけてある鞄から、ハチェットの作った弁当を取り出し、包みを開く。
そこには、豪勢な幕の内弁当が並んでいた。
「うわ……。幸太郎、料理上手いんだ。すごいなぁ」
購買で買って来たパンの袋を開けながら、陽介は幸太郎の弁当を覗き込む。何故か告葉まで覗き込んでいたが、二人がそれに気付くと、彼女は少しだけ顔を赤くして、そそくさと顔を元の位置に戻した。
「ちげえよ。コレ作ったのはハチェット」
「「はぁ!?」」
陽介はもちろんだが、告葉まで驚いていた。
「だ、だってそれ、和食だし、っていうか、ハチェット先生料理作れなさそうだし……」
「あいつは料理上手いんだよ。それは俺もこないだ知ったんだが……。まあ、和食作ってんのは納得だけどな。あいつ、親地家だし」
親地家は、親日家と同じような意味の言葉であり、人間界にやってきてその文化に触れ、気に入ってしまった者をそう呼ぶ。
ハチェットは特に日本びいきであり、かつて幸太郎が遊びに行っていた家では、刀や鎧兜まで置いてあったほどだ。
「……私の事は覚えてなかったクセに、ハチェット先生の事は覚えてるわけね」
「みょ、妙につっかかってくるなお前は……」
あまりのしつこさ、そして気迫に、幸太郎は思わず腰が引けた。
「でも、実際覚えてなかったんだからしょうがないんじゃない? フツー忘れないでしょ、そんな大事っぽい約束」
「いいんだよ。忘れててもこうして会えてんだから、結果オーライだろうが」
「やっぱり忘れてたんじゃん」
告葉が黙って立ち上がった。
「だーっ! 嘘、嘘だって! 忘れてない覚えてる覚えてる!」
一度勝っているとはいえ、『プラスシルバー』はできれば二度とやりたくない相手だ。今度はもっと冷静に、クレバーに来られるだろうし、そうなったらもっと苦戦していた。
だから幸太郎は、あまり告葉を怒らせたくないので、必死に言い訳を言っていたのだが、どうやら告葉が見ているのは、教室の入り口らしい。
「……なに、あの人?」
教室の入り口で三人を見ていたのは、黒髪にパーマで、細すぎる体つきをした、死んだ魚の様な目をした男。
彼はゆっくり教室に入って来ると、周囲の女子生徒達が、きゃーきゃーと騒ぎ出した。どうやら有名人らしい。
「よう。お前が荒城幸太郎だな?」
「あぁ?」
幸太郎は、弁当を食べたまま、その男を見た。
「誰だお前」
「俺ぁ、二年の蜂須賀結衣だ」
その瞬間、幸太郎は白米を吹き出した。
「うわぁッ!? キッタネェな! 俺の制服につくとこだったろ!」
正面に座っていた陽介の顔面に、吹き出されたご飯粒がつきそうになったが、彼は防御魔法でご飯粒を防いでいた。
幸太郎は、当然そんなの見てもいないし聞いてもいない。蜂須賀を見て、大笑いしていた。
「ダーッハッハッハッハッハ!! めっ、飯食ってる途中に笑かすなよ! お前が結衣ってツラかぁ? どう考えても、『たけし』とか『ゴロー』のが似合ってるぜ!」
幸太郎は目に涙を溜め、腹を押さえ、地面を踏みつけながら笑っていた。
「おかしい? おかしいか。そうかー」
微笑む蜂須賀。その表情は酷く穏やかで、『学園一危険な男』という肩書きが嘘の様だった。
しかし、次の瞬間。
蜂須賀は幸太郎の頭を押さえつけ、思い切り机に叩き付けた。机が半分に割れて、幸太郎が地面に倒れ込んだ。
「こっ、幸太郎!?」
「ちょっ、大丈夫かよ!」
告葉と陽介の二人が、幸太郎のそばでしゃがみ込んだ。
「いってぇ……」
ゆっくり立ち上がり、蜂須賀の前に立つ幸太郎。
頭のどこかが切れたのか、頭からは血が出ていた。
そしてそれを、楽しそうに見る蜂須賀。まるで、喧嘩を始める前に不良がする、ガンのつけ合いだ。
「俺の机、どうしてくれんだオイ。職員室行って、有り金全部置いて来いよ。それとも、ママでも呼んで払ってもらうか?」
「いや、幸太郎……頭より、血、血……」
告葉が小さな声で言う。しかし、小さすぎたのか、それとも無視したのか、幸太郎は反応しない。
「単刀直入に言う。お前、俺と一緒に狩りやんない?」
「……頭大丈夫か、オメー。狩りってなんだよ。ゲームやんじゃねえんだぞ。気軽に誘うんじゃねえ。つーか、狩りとかかっこつけてるが、それは要するに通り魔だろうが」
「くはっ……ははっ」
笑いながら、さらに顔を近づけ、幸太郎の首元の匂いを嗅ぐ蜂須賀。
「匂うんだよ。お前から、俺と似た匂いが」
幸太郎は蜂須賀の脇腹に、
明らかに魔法使いの身のこなしではない。
「俺はテメーみたいに腐敗臭漂ってねーんだよ」
幸太郎は拳を構えた。ヒットマンスタイルから、ステップを踏む。だが、何故か蜂須賀は幸太郎に背中を見せて、教室から出て行こうとする。
「テメェ、どこ行く気だよ」
「今日は引くさ。日が変われば気も変わる。でも、入んなきゃ殺すぞ」
「ケッ。しちメンドくせえこと言いやがって。要は、『次会ったら殺すぞ』って事だろうが」
幸太郎は拳を引っ込め、去って行く彼の背中を見送った。なんとも頼りない足付きで、眠気のある幸太郎より、今にも倒れてしまいそう。
だが、さっきの一瞬。幸太郎の肝臓打ちを躱した動きは、キレがあった。
「……蜂須賀。通称『スズメバチ』ね」
なるほど、確かに。スズメバチみたいに危険な男、かもしれない。幸太郎は内心、そう印象を改めていた。
だが、一つ気になる事が。
「……あいつ、尻のポケットにエロ本入れてやがる」
クラスの全員が蜂須賀が持っていたエロ本に気づき、なんとも気まずい沈黙が流れてしまった。先ほどの競り合いもあり、笑える様な空気ではなく、どう反応していいか困ってしまった。
い。
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