■2『学院で最も危険な男』
第6話『スズメバチ』
格技場から出た幸太郎は、校門前でハチェットと出くわした。校門を抜けた辺りで、背後から「今帰り?」と背中を叩く。
「よう」
「さっき、同じクラスの泉さんとやってたでしょ」
隣を歩くハチェットは、ニコニコと笑っていた。そうなるとまた不気味なのは、幸太郎がハチェットの恐ろしさを知っているから。
「向こうが仕掛けて来たんだ。俺は売られた喧嘩を買っただけ」
不貞腐れた様に言う幸太郎。そんな彼の頬に手を添えると、ハチェットは回復魔法で幸太郎のダメージを回復した。
舌で確認すると、どうやら奥歯もきちんと再生しているようだ。
「別に責めちゃいないわよ。勝てたしね。……でも、まだ未熟ねー。『プラスシルバー』に対する判断と理解が甘い。泉さんがミスをしたから勝てたのだと、しっかり反省」
「わーってるよ。あいつの『プラスシルバー』は目立った弱点が無かったから、心の方を攻撃するしかなかったんだ」
やたらと相手を怒らせる様に言葉を使うのは、こうした『対処法が見つからない相手』が現れた時に、思考力を奪い、選択枝を減らし、かつ自分から攻撃をさせる為だ。
怒った相手は、自分が最も得意か、手応えを感じる方法を選択する。
「んじゃ、今日は修行と行きますか!」
「……しゅ、修行だぁ?」
先ほどよりもさらにハチェットの表情がご機嫌になる。幸太郎は無理矢理肩を組まされ、酒に付き合わされる部下と上司みたいな構図を取りながら、家に帰った。
ハチェットが家に入るとまずした事は、リビングで魔法を使い、ドアを出現させる事だった。
彼女がそこを開くと、そこにはトレーニングジムも真っ青の、妙に真新しいトレーニング器具がずらりと並んでいた。
「なっ、なんじゃこりゃ……」
「あたしが作ったトレーニングマシーン達。さっ、まずはこれ。木人」
近くにあった、カンフー映画なんかで主人公が叩いていそうな丸太人形を指差すハチェット。
計四本の突起物が出ていて、どうやら四肢を表しているらしい。
「使い方わかんねえよ、こんなの」
「えー、簡単よ?」まず、突起物の一つを叩いて行く。「これはね、こうして攻撃のいなし方を覚えるんだけど、魔法製だから突起物はランダムで移動するわよ。それを、こうっ!」
ランダムに木人から突き出して来た突起物を、パシンと横に弾いた。すると、その突起物が消えた。
「なるほど。使い方は、まあわかった」
頷く幸太郎。木人の前に立つと、先ほどのハチェットと同じ様に、木人は四肢を出し始める。
魔法で消えたり現れたりするそれを、丁寧にパシン、パシンと叩いて行く。
「ダメダメ! 考えない! 相手が攻撃してきたらガードしてる暇なんて無いのよ! 相手は一撃必殺で倒す事がもっとも好ましいんだからね! それから、『バシンッバシンッ』じゃなくて『パンパンパパン』のリズム!」
「押忍っ!」
幸太郎は、必死で木人を叩いていく。木人で訓練したことはなかったが、今まで実践をこなしただけあり、かなり上手く木人を叩けていた。
「考えるな! 出た攻撃に会わせて、他の事を考えられるくらいの余裕を持ちなさい!」
ハチェットが幸太郎の尻を叩く。その所為でバランスを崩し、前のめりになった幸太郎は、現れた木人の腕に前のめりを拒否され、顔面へのクロスカウンターになってしまった。
「ぐぇ……ッ!!」
「あ、ごめんね」
思わず止め損ねた、と謝るハチェットに、幸太郎は「おめーはもっと優しく修行するってことを覚えろ!」なんて返事をする。
「あははっ。ごめんってば。いいから、続き!」
再び、木人を叩く。そうしていると、集中力が上がって来たのか、どんどん無心になり、「このタイミングなら攻撃を叩き込める」という時期がわかってきた。
「問題っ! 精神感応型魔法に対する防御策を上げよ!」
突然、集中を乱すみたいに、ハチェットが叫ぶ。だが、幸太郎は何年もかけて並大抵の事では崩れない集中力を得ている。
「目を見ない事! 精神感応型は、視覚に訴えるパターンが多く、視覚を司る器官から放たれる場合がほとんどだから!」
攻撃をいなし続ける。勢いは止まらない。むしろ、徐々にキレが増しているようでさえあった。
こうして攻撃しながら問題を出す事で、どんな場合でも即座に対応できるよう、体に覚えさせるのだ。
「もしかかってしまった場合ッ!!」
「心を強く持ち、幻覚だと認識し、弾き飛ばす! それが出来ない場合、強烈な痛みを与える事!」
「はい、オッケー!」
木人の動きが止まる。
ふぅ、と溜め息を吐く幸太郎。よほど集中していたのか、体中から汗が噴き出していた。それを腕で拭う。
「うん。さすがに八年かかさずやってきただけあって、基礎はばっちりね。こっからは、武器の扱い方もやっていくわよ」
「押忍!」
結局、そんな修行が夜中まで続いた。
それでも幸太郎は音を上げない。今までやってきた修行は一人だったから、手応えがあってもそれが本当にいいのかわからなかったから。
■
桜手一平。森厳坂魔法学院で、初めて幸太郎に戦いを挑み、返り討ちにされた三年生である。
あのやられ方では信じられないかもしれないが、実は桜手、学院では『無弓の桜手』と呼ばれるちょっとした存在なのだ。
そんな彼が、震えていた。
理由は、目の前に居る男である。
桜手を床に正座させ、自分は椅子に座って足を組み、何故かエロ本を読んでいた。彼の代わりに、エロ本の拍子に乗っている裸の女が両胸を腕で隠しながら、桜手を見つめている。
「桜手さぁ、魔法使えないやつに負けたってのはマジか?」
やる気や覇気、人を怖がらせる事からは正反対にありそうなほど力の抜けた声で発せられたその一言に、桜手の肩が跳ねる。
周囲には、クラスメイトや同級生、下級生も含め、何人もの生徒がいる。彼らは、入学したての一年や、生意気な生徒をシメる為にいる、言わば『狩り』のグループだ。
そしてそのリーダーが、いま桜手の目の前でエロ本を読んでいる男である。
彼は、死んだ魚の様な目で、ページの中で淫らな行為をしている女を見つめていた。髪は緩くパーマが入った黒髪で、首筋が隠れる程度に伸ばしている。
体格は華奢だ。生まれてから飯を食べていないと言われれば、一瞬なら信じてしまいそうで、学ランの前をきっちりと閉じている。
「その、違うんだ。あそこまでやるとは思わなかったんだよ!」
桜手は、必死に言い訳をした。
許してもらえなければ、なにをされるかわからない。彼は森厳坂で最も危ない男。
「次、もう一回やらせてくれよ! そしたらキチッと倒すからよ!」
すがる彼の目は、まるで餌を欲する犬の様。
「いや、もう一回とかじゃねーだろ。普通に考えてさ、魔法使えないヤツに負けるって、恥さらしもいいとこすぎ。俺らグループが舐められる事なんてあっちゃいけねーだろ。わかる?」
そこで、初めて男は、桜手を見て。鉄格子を思わせるような、冷たい視線。
「一発気合い入れとこうか」
彼はエロ本を近くの机に放ると、立ち上がって、手の中に小刀ほどの針が現れて、それで正座している膝をあっという間に貫いた。
「ぎゃぁああああああッ!!」
もんどりうって、まな板の上の鯉みたいに跳ねる桜手。周りの生徒達は、そんな彼を死体でも目の当たりにしたような悲痛そうな表情で見ていた。
いつか自分もこうなるのでは、と不安になっているのだろう。
「……一年、荒城幸太郎か。面白そーじゃねーの」
男はニヤリと笑い、再びエロ本を手に取って、座った。そして、エロ本から視線を離さないまま、
「あー、そいつに回復魔法はしばらくかけるなよ。三〇分。時計を目の前において、自分で数えさせろ」
学院でもっとも危険な男。
その名は伊達ではない。
■
「くぁ……あーあ……」
幸太郎は、あくびをしながら通学路である繁華街を歩いていた。昨夜、ハチェットの修行が深夜にまで及んだ影響で、睡眠不足なのだ。
しかも、ハチェットが作った朝食(鮭、卵焼き、みそ汁という和食の黄金セット)があまりに美味しく、食べ過ぎた所為もあり、眠気はかなりピークに近かった。
「くそう……。なんであの女は、俺より早く起きてるのに元気なんだ……」
こんなに眠いのはハチェットの所為だ、と悪態を吐く幸太郎。もう一つあくびをして、目を擦る。
そんな時、路地裏から声が響いて来た。どうやら何人かいるらしく、ちょっとした騒動になっている。
好奇心がくすぐられてしまった幸太郎は、それを覗き込む。すると、そこには陽介がいた。他にも、二人森厳坂の生徒がいて、陽介を襲っているようだった。
「ったく! なんなんだよ! 俺は平和を噛み締めながら登校してただけだってのに!」
陽介は叫びながら、手の平に魔力を練り、それを光弾にして放った。二つ同時に放たれたそれは、一人の腹に当たり、一人潰す事はできたが、もう一人はその光弾を防御魔法で防ぎ、陽介に突っ込んで来る。手に持っているのは、魔法の刻印が刻まれたサーベルだ。
それを陽介に振るい降ろすと、まるで燃料を塗りたくっていたかの様に燃える。
頭を割られる前に防御魔法で防いだが、そこから先をどうしていいかわからないらしく、足払いで体勢を崩され、倒れた陽介に、再びサーベルを振り下ろそうとする。
「『フレア・ホワイト』!」
だが、そのサーベルを、陽介は白い炎を纏った腕で掴み、空いた手で至近距離から光弾を相手の顔面へと放った。
ボウリング玉を投げられたような威力の攻撃を顔面に喰らうと、さすがに相手も倒れてしまった。
「あ、あぶねえ……。なんだってんだよちくしょう」
胸を撫で下ろす陽介。その背後から、幸太郎は「よっ」と肩を叩く。
「うわぁ!」
そんな幸太郎に、陽介は思い切り裏券を放って来た。
不意打ち気味だったので驚いたが、ハチェットの一撃はもっと早い。昨日スパーリングめいた事をしていた幸太郎の目なら、それくらい捉えられる。
「なにしやがんだ!?」
「あ、なんだ幸太郎か……。びっくりさせんなよな」
「ぐ、や、ろぉ……」
最初に沈んだ方の一人が、ゆっくりと起き上がる。
「てめぇ……。先輩に逆らうとは、中学でどんな教育受けて来てんだ……!」
「少なくとも、朝の挨拶は魔法じゃなく、「おはよう」だって教わったさ」
返事をしたのは、幸太郎だった。
今まで幸太郎に気付いていなかったのか、その男は幸太郎を見つけた瞬間、顔を青ざめた。
「たっく、なさけねー。後輩相手に二人がかりかよ。……お前らそれでも男か? 去勢でもしたのかよ。金玉と一緒に、男のプライドも捨てて来ちまったみてーだな」
「お、おまっ、その、赤茶けた髪の色……。『無法者』の荒城幸太郎か!?」
「はぁ?」
名前はあっていたが、『無法者』という呼び名にはまったく聞き覚えがなかったので、首を傾げる幸太郎。
「その、ムホーがどうだかは知らんが、荒城幸太郎は確かに俺だ。んで、どうすんだ。やんのかオカマヤロー。今度は俺が相手すんぞ」
男は、悔しそうに幸太郎と陽介を交互に見た。そして、幸太郎を指差し
「お前、蜂須賀くんに狙われてんだよ! いい気になんな!」
叫んで、男は気絶した仲間を置いて逃げて行った。なんとも情けない背中を見つめながら、幸太郎は呟く。
「……おいヅカ。『無法者』ってなんだ」
「あれ、幸太郎知らないのか? お前の事だよ」
「なんだそりゃ。あんな呼ばれ方したら、恥ずかしくて学校行けねーじゃねえか」
「魔法使いは、こういうの好きなんだって」
陽介の言う通り、魔法使いにとって二つ名というのは憧れの一つである。それは魔法使いとして、絶対的な個性が確立されている証拠であり、存在証明に近い。
なので、学校内でも目立つ存在には二つ名がつけられたりする事があるのだ。
二人は路地から出て、学校に向かいながら話し込む。
「なんで『無法者』なんだよ」
「昨日、泉ちゃんをぶん殴ったでしょ」
頷く幸太郎。
陽介は、人差し指を立て、それを教鞭に見立てて振るった。
「あの行いもあるんだけど、あとは魔法使いのセオリーに無い戦い方とか、魔法が使えないとか、そういった法則とか魔法とか無視するから、『無法者』なんだよ」
「聞くんじゃなかった」
幸太郎の美的センスからは外れた世界観を披露されて、朝から疲れがたまってしまう。さっさと忘れるべく、気になっていた話題を振った。
「それより、お前さっき、白い炎出してたよな。『フレア・ホワイト』つったっけ?」
「あ、それはもちろん俺の特質魔法ね」
照れくさそうに頬を掻く陽介。
「つっても、大した魔法じゃないんだ。ただ、硬質化させた白い炎を出せるってだけで。あとは炎が熱くないってのもあるなぁ。一応炎だし」
「ふぅん。……使い方によっちゃ、大金星取れそうな気もすんな」
「え、ホントか?」
「つったって、印象の話だよ。使い方はテメーで考えろ」
「つめったいなぁ」
人懐っこい笑顔を浮かべる陽介。どうやら、自分の魔法を褒められたのがよほど嬉しかったらしい。
「そういや、さっきのオカマヤローが言ってた『蜂須賀くん』って誰だろうな」
「マジで幸太郎。それも知らねえの?」
まるで空の色が何色か訊かれた時の様な表情で、陽介は幸太郎を見つめる。
「知らねえ」
「
「あぁ、あいつか」
ダーツの矢を作る魔法を使って来た桜手を思い出す幸太郎だが、ダーツの矢を作るとこまでは覚えていても、顔がさっぱり出てこない。
「蜂須賀ってやつは、その狩りを仕切ってるリーダーなんだよ。通称『スズメバチ』で、森厳坂一危険な男、らしい」
「そいつが俺を狙ってるってのか。……一つ、気になるんだがよ」
「なに?」
「……その蜂須賀ってのは、男か、女か?」
顔を見合わせる二人。その表情は水掛け論を長い事やって、話がまとまらず疲れてしまった、という状況を思わせる。
「あのオカマヤローは『蜂須賀くん』って呼んでたよな」
「でも、結衣って女の子の名前でしょ」
二人は黙った。
結衣という名前の男か、スズメバチと呼ばれている女。どちらにしても、碌な物ではなさそうだから。
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