第3話『魔法が使えない場合の魔法授業』

 そして、翌日。


 ハチェットに叩き起こされ、新しい朝が始まった。


 登校するのが早速億劫になっていたが、教師であるハチェットがサボりなんて許すはずもないし、そもそも授業初日から休む気はさすがの幸太郎にもない。


 寝間着を脱ぎ捨て、制服に着替えると、ハチェットが学ランを魔法で直してくれたので、それを着る。


 そんな少し忙しい朝を終え、幸太郎はハチェットより先に家を出た。彼女は魔法で転移できるので、焦る必要がないのだ。いつか絞め殺してやろうと、幸太郎は思った。


 森厳坂は、近代的な建物をしている。まるでどこかのオフィスビルみたいにガラス張りの校舎だし、どこもかしこも磨き上げたみたいにピカピカだ。


 幸太郎は、校門をくぐる前から、正確には道を歩く学生達が目立ち始めた頃から、視線を感じていた。


 昨日あれだけの事をすれば、そりゃ目立つだろう、と半ば諦めていたが、こうも遠巻きにされてしまうと学校生活が不安になる。


 幸太郎のクラス、一年C組に入ると、明らかに談笑したり自己紹介していただろう空気が、一瞬で固まった。


「うわっ……」あまりの気まずさに、幸太郎自身がそう呟いてしまったほどだ。

 静かになった教室のど真ん中を歩き、幸太郎は教室のど真ん中にある自分の席へ陣取った。


 そして、鞄から幼い頃、ハチェットから貰ったテキストを取り出す。暇さえあれば、これを読むのが日課になっているのだ。


「なあなあ」


 読み始めた所で、横から声をかけられた。幸太郎の隣に立ったのは、華奢な少年だった。


「俺、昨日の、先輩達との戦い、見てたんだけどさ。お前すげえな!」


 そう言って、少年は眠たげな目を精一杯輝かせながら、幸太郎の肩を叩いた。

 見れば、たれ目である事以外は、それなりに整った顔立ちをしている。


「あ、自己紹介な。俺、宝塚陽介ほうづかようすけ!」

「あ、そ……」


 朝からうるさいのに絡まれると、テンションが下がる。幸太郎は不満そうに、陽介を見つめた。


「で、お前は俺とやりてーのか」


 幸太郎は、こうして自分に近づいてくるからには、当然自分を倒してハチェットと契約したいと思っているのだろう、と思いそう訊いてみたのだが、陽介はきょとん首を傾げて、「いや?」と言った。


「お前とやる気はないって。つか、今は一年みんなそうだと思うぜ」

「……そうなのか?」

「そりゃそうだろー。だって、三年がああなったんだ。今、お前に勝負挑もうって一年はいないと思うぜ。いるとしても、魔法を有る程度覚えてからだろ」

「なるほど、確かにそうだな……」


 意外と、静かな学校生活になるかもしれない。幸太郎はそう思うと、少しだけ安堵した。


「まあ、俺はどっちにしたってお前とやる気ないぜ。俺はお前と友達になりに来たんだ」

「友達ぃ? 俺とか」

「ああ。面白そうなヤツと友達になるのは、人生楽しむ基本だろ?」


 幸太郎は、鼻で笑った。


「なるほどね。一理ある。——んじゃ、ヨロシク頼むわ、ヅカ」

「ヅカ? ……あ、なるほどね。宝塚の『塚』か。俺も、幸太郎って呼ばしてもらう」


 二人は握手を交わした。

 ちょうど、そこでおしゃべりは終わりだと言うようなタイミングで、予鈴のチャイムが鳴る。


 どちらからでもなく手を離し、陽介が「ほんじゃ、また後で話聞かせてくれよ!」と席に戻って行った。


「あぁ、わかった」


 短い返事をし、幸太郎は鞄から教科書を取り出す。

 魔法学校、最初の授業が始まる。



 ■



 一時間目は、『魔法基礎概論』だ。


 これを受けない事には、何も出来ない。それくらい大事な事を教える時間だ。

 教壇に立った中年の男性教師が、教室内の生徒達を見渡しながら喋る。


「悪魔と契約すれば魔力を分けてもらえ、魔法が使える様になるわけですが、例えば三人の人間が、同じ悪魔と契約したとしましょう。そうすれば、全員同じ性能を持った魔法使いになりますか?」


 教師は、適当な生徒を指差した。当てられた幸太郎の隣に座る女生徒は、長い黒髪を振ってから答える。


「いいえ。才能や、得意とする魔法によって異なります」


 これくらいの事はすんなり答えてもらわなくては困る、と言わんばかりに教師は満足げに頷いて、黒板に文字を書く。


 通常魔法と特質魔法。


 赤いチョークで書かれたそれを、大事だぞと強調するみたいに、人差し指でコツコツ叩く。


「通常魔法というのは、例えば物を動かしたり、おおよそ魔法といえば誰もがイメージするような物ですね。


 これは、魔力を持ってさえいれば、誰でも習得する事ができます。

 ですが、特質魔法というのはそうもいきません。


 これは完全に、個々人の資質に依ってしまいます。ですので、自分の特質魔法に不安がある方は、通常魔法の習得に力を注ぐ等の補い方があります。


 こうしたスタイルの違いが、ナチュラルとテクニカル、そしてフルスケールです。


 特質魔法が強力なタイプはナチュラル。

 通常魔法が上手い方がテクニカル。

 両方できて、フルスケール。


 ちなみに、悪魔の魔法でも同じように、通常と特質の二つに分類されます。悪魔は他の悪魔とは契約ができないので、自分の魔力しか使えませんが、それでも普通の人間より大分多いです」


 そんな風に、授業は淡々と進んでいく。まだ授業初日だからか、寝ている様な生徒は幸太郎含め誰もいない。



  ■



 二時間目、『戦闘魔法学』


「はぁーい! というわけで、二時間目は、あたしことハチェット・カットナルが勤めるわよぉー!」


 二時間目は、外で行われる普通高校で言うなら体育の様な授業だ。

 生徒達は学校指定の黒いジャージを着て校庭に集められていた。ハチェットはいつもの通りの服装をしている。


「今日は魔力測定から入って行くからねー。まずは砲丸を遠投からー。もちろん、魔法でやること。終わったら記録を渡したカードに書いて、あたしに返す。そしたら教室戻っていいからねー」


 そう言って、ハチェットは校庭にいくつかある、白線が書かれた場所を指し示す。


「あ、おいハチェット」


 そこで手を挙げたのは、幸太郎だった。


「授業中は先生とお呼び。で、なに?」

「いや、なにって……。俺、誰とも契約してないから魔力なんて持ってないんだけど」

「アンタは体力測定。全部手でやりなさい」

「なんでだよ! 俺だけ普通の高校みたいになってねえ!?」

「手で出来る事は手でするっ」

「テメエは母親か!?」


 獰猛な野良犬みたいにハチェットを睨みつける幸太郎。しかしハチェットにとって、幸太郎は恐るるに足らず。ひらひらと手を振りながら、「頑張ってねっ」と言われて投げキッスをする。


 そんな事をされてもまったく嬉しくない幸太郎は、今すぐハチェットに殴り掛かってやろうと思ったが、諦める。


 なので結局、他の生徒達が魔法で砲丸を飛ばしたり、細い道をどれだけ速く正確にボールを魔力で動かせるかというタイムアタックしたりしている中、幸太郎だけは手で砲丸を投げたし、ボールを運ぶタイムアタックはサッカーのドリブルでやった。

 クラスメイトどころか、校舎からも視線を感じて、泣きたくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る