+六日目-彼菜-
再び彼菜は目覚めた。陽が昇ることはないというのに、彼女の目覚めは規則正しい。起き上がり、布団を畳む。それをそのままに、ようやく彼女は立ち上がる。そこでようやく、部屋が外へと続いていることに気づいた。
その場で一瞬だけ固まると、棒を手に取って、食事部屋へと向かい、ふすまを少しだけ開いてのぞきこんだ。寝る前と同様の光景がある。ここ数日間に同じ食器が連続で出たことはない。
ふすまが閉じられた。次に向かったのは駄菓子屋で、再び一口大のお菓子を口に入れては、咀嚼していった。ほどなくして手を止め、彼女は玄関から外へと出た。ぐるりと外周を回り、自室の面する空間へと移動する。
そこには相変わらず、誰もいない。彼菜は叫んだ。
「いるんでしょ、万芽。出てきてよ。怒って、ないから」
限界まで絞り出された声は、闇に吸い込まれていく。彼菜がたたらを踏みながら遠くを眺めていると、歩いてくる人影がふわりと現れた。木面をかぶった少年である。
彼は彼女の手の届かない位置で立ち止まると、わずかに顎を上げた。顔が向き合い、いるんでしょ、と彼菜が彼に尋ねると、少年は返事もせずにくるりと闇につま先を向ける。首をひねって彼菜を見つめた後、歩を進め始めた。彼菜も彼の後をついていく。
彼らが歩き始めてかなりの時間が経過した。平屋も見えなくなる。しかし人間の姿をした二人は光っているように闇にまぎれることはない。
「ねぇ、あなたって、誰なの。もしかして、喋れないの」
棒を闇にぶつけながら、彼菜は前方を歩き続ける彼に投げかけてみた。だが少年は黙々と歩き続けていく。
闇の中を曲がることもなく、ただ真っすぐに。
肩をすくめた彼菜はただ彼につき従う。
果ての見えぬ闇に終止符が打たれた。花があるのだ。火花が爆ぜているように見える花が、地面に咲いているのだ。ぽつぽつと見えていた花が、進むにつれて増えてくる。それらを踏みつけようとも、少年は躊躇うことなく花畑に足を踏み入れていく。彼菜もそれに従って歩を進めていく。
突然現れた花畑が、漆黒の闇を背景に遠くまで見える。この幻想的な景色を眺め続けている彼菜に疲れが見え始めたころ、ようやく少年が振り返った。見渡すばかりの花畑の真ん中で、彼菜は立ちどまることとなった。
娘と少年は向き合う形となった。同時に、少年の隣にいる猛禽の背中を彼女は見つめる形となる。
いらっしゃい、と猛禽が呟いた。
「どうよ、この花畑。頑張ったんだけどさ」
ふふ、と笑う万芽は振り返らない。その隣の少年も微動だにしない。すごいね、と彼菜が答えた。
「こんなところ、あったんだ。何、急に見せたくなったの」
にこりと笑って見せる彼菜は、棒を花畑の根元に突き立て、万芽の見つめる先を覗く。そこにも花畑が広がっている。
「ああ、そんなところさ。気に入ってくれてよかったよ」
力なく笑った万芽は片脚を持ち上げた。潰されていた花の花弁がまとわりつく。
「あんたさ、あたしのこと、怖いかい」
上がった脚が花を踏みつぶした。もう片方の脚が持ち上がると、身体の角度が変化する。
「あれのこと。怖いも何も、二回目じゃないの、万芽」
次の一歩で、猛禽の瞳の片方が彼菜の目に映る。
「あはは、思い出したかい。いつぐらいの頃かも、思い出したかい」
首を横に振る彼菜は、詳しくは覚えてないと肩をすくめる。
「あたしも覚えてないよ。過去のことだってことしか、ね」
へぇ、と彼菜。
「じゃあ、そろそろ聞かせてよ。私がいないといけない用事って、何」
二人が向き合った。お互いの同じ高さの視線がぶつかった。鋭い視線はどこか柔らかい。
「言ったじゃない、ここに来る前に。私がいないとできないことがあるって」
言ったね、確かに。猛禽は穏やかな彼菜の言葉に、目を閉じて答える。
「ここに来たけれど、何もない。私がいる必要なんて、ないじゃない」
そうだね、と。
「もう終わったっていうなら、帰らせてよ。お願いだから」
そうだね。変わらぬ様子で猛禽は答える。
「いつもと同じ部屋があって、気持ち悪いの。誰も、父上も母上もいなくて、いるのは万芽だけで、なんでよ」
彼菜の頬が濡れた。
「おかしいじゃない。何もないのに、あるんだよ。部屋も、道具も、おもちゃも全部全部」
語気が荒くなっていく。次第に彼女の言葉は形を崩していき、万芽の返事もなくなった。花畑を踏みつけて、突撃した彼女は柔らかな羽毛へと手を伸ばした。
「万芽までいなくなったら、私は帰れない」
それをわしづかみにして、崩れ落ちる彼菜に声をかけずに、万芽は脚を折りたたむと、再び視線は等しくなる。それから彼女は囁く。
「悪かったね、独りにしてさ。そうだね、そろそろ教えてあげるよ、彼菜。ああ、嘘はつかない。安心しなよ」
そのままの姿勢で、万芽は囁き続ける。彼菜は彼女を放すことなく、じっとしていた。
風の吹かない花畑には香りがない。一面に赤く広がるそれは不気味に二人を包み込んでいる。
---
万芽は待っていた。山道のからだいぶ外れた木々の真ん中で、巨大な猛禽の姿をして、ぼんやりと中空を見つめていた。
背の高い木々に遮られる日差しはあまり彼女には当たらない。冷たい土の上で待ち続けていた。彼女の踏みつける土には水がしみ出している。
彼女はただ待った。目を閉じて、眠っているかのように、死んでいるかのように停止しながら。
開かれたのは、陽が見えなくなりかける頃のことだった。瞬きを一度して、来たね、と呟いたのだ。視線の先には皺の深い腰の曲がった老人と、その孫だろうと思われる男児がおり、二人は深々と頭を下げた。顔を上げなよ、と万芽はずいと子供に顔を近づけた。
「やあ、彼菜、元気かい」
目前に迫ってきた怪鳥の姿に毅然とした態度で子供は、はい、と答える。
「いい返事だねぇ。これからあんたたちの一族のために、尽くす気はあるかい、彼菜」
くく、と喉を鳴らした怪鳥はそのまま、続けて尋ねる。彼菜と呼ばれる子供ははい、と変わらず答える。いい返事だ、万芽は笑い、次に老人の方を見て、
「じゃあ、預かるよ。何事もなければいいねぇ、善処はするけどさ」
老人が再び深く頭を下げた。だがそれも途中に、行くよ、と万芽は彼菜を連れてく。顔を上げない老人を置いたまま、二人は木々の間に消えていった。途中、彼菜は振り返り、叫んだ。
「行ってきます。頑張ってきます」
静かに木霊した彼の声は、高い木々を駆け抜けて消えていく。元気だねぇ、と楽し気に万芽は彼を導いていく。彼菜は彼女に声をかけることはなく、ただ従った。
やがて彼女たちは、より山奥へと進んでしまっていた。ここまで来た彼菜はようやく声を絞り出した。どこまで行かれるのですか。
「どこまで、かい。決まってるじゃないか。あたしの住処さ」
怪異は優しく彼を案内した。ある木の根元まで歩かせると、もたれて目を閉じるようにうながす。はい、とためらいなく従う少年は、続けて出される指示に従い、深く呼吸をする。衣服の背中がじわりと湿ってくるものの、彼は従い続ける。
「絶対に目を開けちゃだめだよ」
親が子に諭すように語りかける万芽は翼を広げ、覆い隠した。彼菜の眠る木の根元を、親鳥が守るかのように。そのまま数秒もすると彼女の姿は溶けるようにして消えてしまう。彼菜も変わらず目を閉じ続けている。
次にその目が開かれたのは、万芽が開けていいよ、と口にした時だった。恐る恐る目を開いた少年は情けない悲鳴を上げる。あたり一面に広がる闇がそこにはある。
「驚いたかい、彼菜。安心しなよ、何もいないからさ」
付いてきなよ、と誘う万芽。彼女につき従う彼菜の顔に、ようやく不安の色が見え始めた。がたがたと震える両手を握り、周囲をしきりに見渡している。
足元さえも分からない闇を踏みしめていく万芽を追いかける彼菜は、彼女のわさわさと動く尾羽の横を通り抜けて、隣を歩いた。目印もなければ、延々と続くと思われる常闇を二人は歩いた。
まだまだ先だよ。もっと先さ。じきに見えてくる。
怪鳥は励ますかのように何度も少年に声をかけた。まだですか。そう少年が声をかけるたびに、絞り出すたびに、そう帰ってきた。弱音をいくら口にしても、ひたすらに猛禽と歩み続けた。
とうとう、少年は膝をついた。万芽はふと振り返り、先行していた数歩分をのしのしと埋める。うつむく彼菜の顔を覗き込むようなこともせず、ただ見下ろしていた。
彼菜の膝が軽く震えており、手を闇について立ち上がろうと、顔を上げようともしながった。万芽はどうしたんだい、と声をかける。
「足が痛い。もう歩けない」
枯れた声が少年の口から聞こえた。細い体に似つかわしい弱弱しい声である。
はは、と万芽が笑う。ここを訪れる前とは打って変わって、げっそりとしている面を上げる。
「そうかい、あんたは親父さんの期待を裏切るってわけだ。一族が滅びるかもしれないってのにねぇ」
あはは、と腹の底からあざ笑う怪異に、力なく口をぽかんと開けて顔をわずかに上げる人の子。その目は輝きを失っていた。
「馬鹿だよねぇ。あんたを差し出せば、あんたたちだけは助けてやるって言ったら、守ろうとも、策を練ろうともせずにさ」
なおもおかしそうに笑う怪異は口を閉じ、さらに距離を詰める。
「あんたは捨てられたんだよ、彼菜」
呆然とした様子で彼菜は、目の前に迫る万芽の視線に釘付けにされる。
「一族にかけられた呪い、そんなものないさ。あるとしたら、あんたたちには疫病神が憑いてるってとこだよ」
鋭く光る眼光を向ける万芽の声は、彼菜をがたがたと震わせるばかりだ。
「ねぇ、ガキ、あたしはこれからあんたをどうすると思う。もし正解したら、時間をあげてもいいよ」
分厚い舌が嘴を舐め、同時に彼菜の顔をかすめる。答えてごらんよ、と促された少年は震える喉から絞り出そうとする。
「あ、あぁ」
言葉は形にならずに消えていく。だがとぎれとぎれに放たれる文字ひとつひとつを万芽は繋ぎ、口にした。
「ないで。ああ、殺さないでってとこかい、あんたの答えは」
そうだねぇ。一瞬だけ楽しそうに考え込む猛禽。わざとらしく首をかしげてみせる。
「じゃあさ、逃げなよ。どこにでもさ。行けばいいよ、どこかに」
鋭い嘴の先端で彼菜の鼻先を小突き、闇へと溶けて消える猛禽。それからしばらくしても、彼菜は腰が抜けたように動かない。闇は停滞したままそこに佇むばかりだ。
また時間が経過すると、動かない彼菜の目の前に彼女は現れた。遠くからわざわざ歩いてきて、わざとらしく声をかける。
「おやまぁ、こんなところに人間が。食っちまっても、かまわないよねぇ」
歩かなくなってからそのままの彼菜は、座り込んだままうつむいて、彼女を見ようともしなかった。肌と羽毛が触れ合うまで距離が縮まる。
「逃げなかったのかい。あるいは、あたしが追い付いたのかもしれないけどさ」
楽しそうな彼女は彼の耳元でしゃべり続ける。彼の隣に、猛禽が座る。
「無駄だと分かったかい、彼菜。とっくに諦めたのかもしれないけどさぁ、つまらないじゃないか」
少年の浅い呼吸は彼女にも届いている。彼女の前には人の子がいる。
「ねぇ、彼菜、あたしは腹が減ったんだよ。もし嫌だって言っても、無駄なんだけど、ねぇ」
ふふ、と笑う。ここに来たときとは比べ物にならないほどやせ細ったその肩を、ぺろりと舐めた。
「人間にとっちゃ、ここにいるだけでも相当辛いもの。感じることがそのままその体に現れるのさ。腹が減ってるんだろ、彼菜」
答えない彼菜は、万芽の舌が唇に近づこうともされるがままである。
「それはあたしも同じことさ。怪異がここにいたって平気だけどね、腹、減るんだよ」
強く語る万芽は彼菜の体を軽く押した。胸のあたりで。すると力なく彼菜は倒れた。わずかに胸が上下しているだけだ。
猛禽は獲物に狙いを定め、襲い掛かる。
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あはは、と弱く笑った万芽は目の前にいる彼菜を見つめて口を閉ざした。告白された彼菜も、彼女の言葉を遮ることはせず、ただ聞いていた。
花畑に囲まれている彼菜は少し眉を曇らせている。先に口を開いたのは、彼菜だった。
「じゃあさ、食べ物なんて用意せずに、衰弱していくのを見ていればよかったんじゃないの、万芽。なんで」
そうだね、と変わらぬ調子で答えた猛禽は無表情ながらも、軽くうつむいている。
「どうして、家なんかも作ってたの。なんでよ」
彼菜は黙った。直接、その口から語られるのを待つ。そして面を上げた万芽は、言葉を口にする。
「あたしが食ってきたのは、一人だけじゃないんだよ。そりゃ、好奇心も出るよ。ちょっとした、好奇心、だよ。うん」
揺れている言葉を、彼菜は逃さない。
「これから食べるモノなんかに、興味を持つはずがないじゃない」
彼菜が叫んだ。花畑が静かに揺れると同時に、花びらがわずかに舞う。
「馬鹿なの、あんた。つくならましなの考えなさいよ。馬鹿」
もう一度叫んだ。同時に、猛禽の巨体がびくりと跳ね上がる。本当のことを言いなさいよ。彼菜は小さな声でそう言ったきり、押しだまる。
また静寂が流れ、次は万芽が嘴を開く。
「なんだい、あたしなんかに説教でもする気かい。はは、落ちたもんだよ」
再びうつむいた万芽が顔を上げたとき、その目はいつものような殺気が宿っていた。狙いを定め、集中しようしている眼光だ。
「じゃあ言ってあげるよ、彼菜」
一息だけの空白。
「あんたを食っちまいたい」
一瞬の静寂
「あんたの魂がね、うまそうなんだよ。きれいで、じっくりと味わいたいほどにね」
人間の娘は棒を握ったまま立ち尽くし、微動だにしない。
「けどね」
彼菜に負けないくらいの、勢いのいい叫びが途切れた。
「なんなんだい。その魂が成長しきるのを待っていたさ。穢れてほしくないから、世話することにしたのさ、あたしは」
次第に気迫が震えに支配されていく。万芽はそれでも、引きこもろうとする言葉を開放する。
「なんであんたは、そんなにきれいなのさ。あんたを食べたくて近づいたのに、感謝されて、相棒だなんて言われて、迷惑なことこの上なかったんだよ」
出しゃばらなきゃよかったよ、と竜頭蛇尾のように失速していく。言葉は震え、荒い呼吸となる。それは彼女の胸の羽毛が小刻みに震えていることからもよくわかる。
輝いていた眼光は言葉と共に曇っていった。しかし彼菜を真っすぐ見据え、逸らすまいとしていた。
「結局、いつもあんたのこと考えてんだよ、あたしは。この花畑を作ってた時も、ね」
なおも語ろうとする彼女を、ようやく彼菜は止めた。もういい、と。
「あそこにあんたを誘い込んだ時、あたしは欲望に負けていたのさ。あんたが欲しいって。食べたい、じゃなくて、欲しいって思ったんだよ」
まあ聞いておくれよ、と言わんばかりに、威勢のいい言葉はあふれる。
「あたしになすすべなく従うしかないあんたを見てるとさ、嬉しかったよ。あんたを欲しいままにすることができて、楽しかった」
うきうきとした言葉が流れていたが、再び転落する。
「どうしようもなかったのさ。今でも後悔してるし、もう取り繕うことなんてできない。かといって、あたしが逃げればあんたは死ぬ」
あふれだす言葉はまだ続いた。
「だったら、あたしがあんたを世話し続ければいい。そんなことも考えたよ。けど無理なんだよ、彼菜。あたしも怪異には変わりないのさ」
自らを嘲るような笑い声を、彼菜は耳にした。
「無理なんだよ。一回ね、同じようなことをしたことがあるのさ。食わないってことを」
少しの沈黙。
「飢えたのさ。らしくないけど、ね。餓鬼でもなんでも口にしたって足りない。亡霊なんて食えたもんじゃない。だから結局、食っちまったよ、そのときの魂の持ち主をね」
冷静に見える言葉は真っすぐである。
「どうすればいいのさ、あたしは」
言葉が深く沈んだ。彼菜も口を小さく開閉させるも、言葉として形となっていない。再び沈黙が二人の間に流れた。
歩み寄らず、引かず、ただ二人、いや少年を含めた三人は赤い花畑の中でただ見つめあっている。
やがて彼菜が一歩踏み出した。視線を交わしながら、棒を花畑に突き立てず水平に持ち、少し距離を開けて立ち止まる。そして彼菜は大きく振りかぶり、丁字部分を万芽の頭めがけて払った。すると棒の先が頭部に命中する前に、翼の真ん中に命中する。
「痛いじゃないか、彼菜。何様のつもりだい」
なおも力の込められている棒を受け止めながら、きっと睨み付ける万芽。彼菜はなおも力を込めながら答えない。
「やめておくれよ、彼菜。抵抗のつもりかい、馬鹿なのかい」
彼菜は彼女を見つめていた。その目は真っすぐだ。
「これまでもねぇ、抵抗したやつは五万といたさ。でもたかが人間。その事実は、変わらないんだよ、彼菜」
無駄なんだよ、と続けた万芽は棒に力をこめることをやめない彼女を翼で振り払う。棒をのけられた彼菜は均衡を崩して花畑に倒れこんだ。棒は飛び、手から離れた。
「今更なんだい。あたしを殺したって、どうにもならないよ。ここからは出られないし、消えるだけなのさ」
鋭い鉤爪の備わる脚が軽く曲がったかと思うと、その巨体はふわりと宙に浮き、弧を描く。彼菜が彼女の巨体を見つめているうちに、その足元に着地した。花がその衝撃により舞い上がり、闇に映える赤が幻想的な光景を作り出す。
万芽が嘴を、倒れる娘にぐっと近づけた。先ほどとはうってかわって、彼菜は押しのけようともせず、猛禽の瞳を見つめる。
「どうすればいいのか、教えておくれよ、彼菜。あたしを相棒だって、思ってくれてるんなら」
懇願に近い怪異の言葉に、薄く笑う娘は手を伸ばして、人間でいう頬のあたりに触れた。先ほど棒で打とうとした反対側だ。
彼菜が囁くと、万芽が目を閉じる。
「好きだよ、彼菜。これまでの中で、一番。だから、あえて言うよ」
花びらが次々に着地していき、赤の花畑が本来の姿を取り戻す。万芽の言葉に、ありがとう、と彼菜は返し微笑んだきり、彼女は目を閉じ呼吸を整え、花畑を背に、眠りについてしまった。
残された万芽は闇を仰ぎ、ため息をつく。彼女もまた呼吸を整える。光源がないにも関わらず、つやつやと輝く羽毛は柔らかく彼菜を包み込んだ。骨っぽい脚は畳まれ、花畑には巨大な猛禽がいるだけに見える。その足元には娘がいるだけで、他には誰もいない。
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