エピローグ
ソウルウエイバー エピローグ
じー……じー……
乾いたさわやかな風に混じり、セミの鳴き声が控えめに響いている。夏ももうすぐ終わりだ。
ジオークは丘の上の巨木の枝により掛かり、遙かエルランダの町を見下ろしていた。
アデナウアの屋敷はほぼ全壊し、復旧作業が行われている。とはいえあれからまだ二日しかたっておらず、復旧の見通しはまだ立っていない。
セフィールとハガーは、近くに小屋を建てて一時的にそこに移っている。なぜかリューベックとアーミュアも居候しているらしい。
サミュエルは魔導師課へ戻った。事後報告も彼に任せた。そのくらいの役には立つべきだろう。
ガイアとアイヌラックルは、いつの間にか姿を消していた。血痕が点々と残っていたところから、無事だったとも思えないが。
残ったのは、むなしさだけだった。
風が吹き、青々とした枝葉が自然の音楽を奏でた。おかっぱ髪が頬に当たり、それを払う。空の雲は、まだ夏の形を残している。
ジオークは夏が嫌いだ。耳元に響く蚊の羽音が何よりも腹が立つ。
シンシアは冬が嫌いだ。冷水での洗濯と食器洗いが一番嫌だった。
秋というこの季節は、兄妹にとって一番過ごしやすい時期である。
「結局、あいつは誰だったんだろうな……」
誰にともなく、ジオークは独白した。いや──と
「結局、俺は誰なんだろうな……」
あのとき、あそこにいたのは、紛れもなくジオークだった。シンシアがあこがれ、ジオークが追い続けてきた、本来の自分。そのジオークは、今はもういない。そうなると、ここにいる俺はいったい何なのだろう? どこからともなく、乾いた笑いが漏れてくる。
(お兄ちゃんは、お兄ちゃんだよ)
小さく、シンシアは言う。確信を込めながら。
兄は、ずっと自分を守っていてくれた。心だけになっても、身体だけになっても。だから、どちらも間違いなくシンシアの兄だ。かけがえのない、たった一人の兄。
(私は、お兄ちゃんの妹で良かったよ)
「過去形か、おい?」
くすりとした笑いが、心の中で聞こえる。
そうだ。悩んだって仕方ない。今、俺はここにいる。シンシアとともに。ジオークは気持ちを切り替えることにした。
*
「あーははー。見事に壊れちゃってるねえ」
あっけらかんとした笑いが、横から聞こえる。何がおかしいのかはいつものこと。
そう、いつもの弟がそこにいた。ガイアの弟、アイヌラックルが。
弟は、一度は死んだ。死者をよみがえらせる生命魔法は存在しない。あるとするならば、唯一考えられるのは──時空魔法。
時空魔法。文字通り時間と空間を操る魔法だ。しかしガイアは、空間を制御するのが精一杯である。
あのとき、伝説のソウルウエイバーがいた。彼女自身気づいていなかったかもしれないが、考えられるのはそれしかなかった。
二人がいるのは、アデナウアの屋敷から遙か上空。飛翔魔法で、察せられないほどの上空から戦場跡を見下ろしている。あの一角で、父は死んだ。本来の肉体は遙か前に失った。父の精神も、あの肉体には勝てずに消滅した。
残ったのは、むなしさだけだった。
「父は、救われたのだろうか……」
ふと、そんなつぶやきを口にする。
「僕にはよくわからないなあ」
真顔にしようとしているのだろうが、どうしても薄笑いが出てきてしまうらしい。なかなか滑稽な表情で、アイヌラックルは言った。
「けど、『彼』は『彼女』の膝元で、満足そうだったよね?」
「……そうだな」
「僕は、父さんに感謝してるんだ」
「なぜ?」
弟は、幸せいっぱいの笑みを浮かべた。
「失敗はしたけど、
この弟は、なぜもこうも前向きに考えられるのだろう? 負の感情を無くしたからなのだろうか? それとも、元々こういう思考なのだろうか?
どちらにせよ、見習わなければなるまい。ガイアはひとつ息を吐いた。
「行こうか」
「どこへ?」
「わからん」
「……ガイアが何も考えてないなんて珍しいな~」
からかうような弟に、ガイアも苦笑を漏らす。
──いつかまた、逢えると良い。
最後に『彼女』の姿を思い浮かべ、兄弟はいずこかへ旅立っていった。
*
「ジオーク! そこにいるんでしょ?」
足下から響く少女の声。真下に目を向けると、セフィールがいた。彼女はジオークを確認すると、幹に手をかけ、器用に登ってきた。ジオークが今いる枝は、結構太い。セフィールは隣に腰掛けてきた。
木漏れ日が、彼女の顔や身体に微妙な陰影をつける。にこりと微笑むセフィールは、大樹の精霊にも見えた。
「はい、これ」
「なんだそりゃ?」
彼女は、くるんだ手ぬぐいを手渡してきた。
広げると、黒い糸のような物が数本、いや数十本か。髪の毛のようだ。
「ジオーク本体の髪の毛よ。先文明にはクローン技術もあったことは知ってるでしょ?」
「あの爺さんは、それを発掘しているのか?」
申し訳なさそうに、セフィールは首を横に振った。
「20世紀にもクローン技術はあったんだけどね。ごく限られた生物の、ごく限られた細胞からしか再現できなかったわ。けど、その後の時代には、髪の毛からでも再生できる技術があったはずよ」
彼女の言いたいことが、自ずと読めてきた。それは口にせず、反論を続ける。
「発掘していないんじゃ、どうしようもないな」
「だから、発掘に行きましょうよ」
「どこへ?」
彼女は照れくさそうに首をすくめた。
「わからないわ。だから探すの」
「なあ。なんでそんなに俺の身体を復活させたいんだ?」
ぼっ。と彼女は顔から火を噴いた。見ていて飽きない。ジオークは皮肉げににやけてみせた。
「はっはっは。俺様の本体は格好良かったからなあ。惚れちまうのも無理はない」
「そそ、そんなんじゃないわよ! けど、まだ可能性はあるんだから、諦めないでって言いたいのよ!」
「どうする、シンシア?」
(えーと、私に聞かれても困るんだけど)
旅の目的が無くなってしまったところではある。このお嬢様を連れてぶらぶらするのも悪くはないかな、とか考えてみるが──
麓の方から、いくつかの人影が見えて、考えを中断した。
「ええい、なんだって君たちまでついてくるんだ!」
「美しき乙女の一人旅など、心配でならぬからだ」
「それなら僕がいるからノープロブレムだ」
「うむ。余計に心配であるぞ」
「ジオーク様は格好良かったのよ。絶対に元の身体を取り戻してもらうのよ!」
「シンシア~。今行くよ~!」
なんやかんやと言い合いながら、この巨木を目指して登ってくる輩が三人。サミュエル・リューベック・アーミュアに間違いなかった。
(おいおい、いくら何でもあんな大所帯はごめんだぞ)
(私だって困るわ)
(そうか? なら……)
(うん、そうだね)
「ちょっと、なにを話し合ってるのよ?」
一人でうんうんうなずくジオークに、セフィールが取り残されたように聞いてくる。
ジオークは、枝の上で立ち上がった。にやりとした笑みをセフィールへ向ける。
「わりいな。やっぱり連れは一人で十分だ」
素早く、呪文を唱える。おじゃま虫たちはすぐそこだ。
「さて、行こうか、シンシア。たった一人の二人旅だ」
(うん!)
「ちょ、ちょっと、ジオーク!」
止めようとするセフィールにかまわず、魔法を発動する!
「
枝を揺らし、木の葉をいくつか散らせ、『彼女』は飛び立っていった。足下で、連中がなにやら叫んでいる。
セフィールはひとつため息をついて
「かなわないなあ、あの
二人はいつだって一緒にいる。これ以上近づけないくらい、すぐそばに。だから、寂しくはない。
これからもつらいこと、悲しいことはあるだろう。それでも、きっと何とかなる。お互いに助け合えるのだから。
『彼女』は遙か世界へ旅立つ。
──一番大切なものは、お前の内にある
『彼』の残した言葉を胸に秘め──
ソウルウエイバー 舞沢栄 @sakaemysawa
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