13話


 ————鳥達の甲高い声が耳を刺す。


 ああ、そうだ。これが全ての始まり。


 ————ぬかるんだ斜面のその先。崖の高さは大人百人分以上ある。


 楽しい一時は一瞬で地獄へ変わる。


 ————君はその先で・・・・・・


 幾星霜を経てなおその表情は色褪せていない。


 ————仰向けになった体に一つの岩が突き刺さっている。


 彼女の死に僕は疑問を持った。


 ————近付く程にその惨さは増すばかり。


 生のすべてが死に還るのだとしたら、


 ————微かに君の唇が開く。


 生とは何なのだろうか?


 あれからそれをずっと探し続けた。

 だから————

 

「「た、すけ————て・・・・・・」」




         ◇




 声が重なった刹那、何かが砕ける音がした。

 記憶と現実が重なる。

 あまりにも似通ったはじまりと今。

 それは記憶のダムを破壊し、洪水のように前世の記憶を溢れさせた。

 一回目:10歳 幼馴染の死による鬱から自殺

 二回目:132歳 馬車に轢かれ病院に運ばれるも死亡

 三回目:90歳 紛争に巻き込まれ爆死

 四回目:3歳 栄養失調により餓死

 五回目:598歳 魔法の詠唱を失敗しセカイ諸共消失

 六回目:25歳 異形の生物に飲み込まれ酸に浸かり死亡

 七回目:54歳 政治の重鎮を務める最中暗殺

 八回目:0歳 母親の中で巨人に握りつぶされ圧死

 九回目:68歳 釣り船から落下し溺死

 十回目:15歳 盗賊により絞殺

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 二五七回目:23歳 ソードマスターとなり魔王に挑むが相打ちにされる

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 三三四回目:334歳 スポーツ観戦中にてテロに巻き込まれ銃殺

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 九九九回目:13歳 魂の劣化による無気力症状で自殺




       ◇




 ズンッと頭を鉄槌で殴られるような衝撃が襲う。

 大量の記憶が一気に戻されたことによる反動なので、実際には体が本当に動く訳ではない。

 いつもと同じように眩暈と頭痛が広がるのを、奥歯を強く噛みしめ耐える。

 そして目を閉じたままゆっくりとその場に立ち上がった。

 その僅かな気配を察してか、クラウンが目だけをギョロリと動かす。


「あら? 目を覚まされたんですか。丁度良いです。二人一緒に死んでもらいましょうか」


 そういうと再度地面に掌をつける。

 さっきよりもはるかに強い揺れが二人を襲う。

 中でも一際大きな揺れに、スーツの男は空中に弾かれた。手から離れた拳銃がボロボロのアスファルトの上を滑る。

 それに対し悠は張り付いたように、ビクともせず地面に立っている。


「アディオス」


 クラウンの振り上げた手と同じくして、地面がメキメキと音を立てる。

 ————その瞬間悠が足を軽く上げ、アスファルトを

 緩い構えからは想像もつかない衝撃は、現れた鋭利な岩の先端を強引に砕き、周りの地盤を宙に巻き上げる。

 一陣の風が吹き、砂埃を吹き飛ばすとそこには————

 直径十メートル程のクレーターの中心に悠が無傷で立っていた。


「は? ちょっと理解不能なんですけど」


 軽く服を払うとクレーターを、跳んで抜け出す。

 そして呆然と立ち尽くすクラウンに向かって、


「これはそっちから仕掛けてきた戦いだ。お前が死んでも文句はないだろう」


 右手を天に翳し小さく何かを唱えると振り下ろす。

 すると空に、白い光が腹の底に響く低い音を伴い現れた。

 そう、悠は霹靂へきれきという自然現象を一人で生み出したのだ。


「ちょっと待って。私こんなの聞いて無いんですけど?」


 間髪入れずに光が空を駆け降り、開いた口が塞がらない様子のクラウンを直撃した。

 1000GWの電撃は周りのアスファルトを溶かし、砕き散らす。

 目に焼き付くような眩耀は数秒の間離れず視界を真っ白に仕立てた。


「これは少し予想外かもしれない」


 ————しかし視覚が戻ってみると、霹靂の落下地点には何事も無くクラウンが立っていた————いや、その場にはもう一人、一秒前まではいなかったはずの少年が拳を突き上げて立っていた。

 腕を伸ばしたその様子は、まるで〝手で霹靂を受け止めた〟様に見える。

 何事も無かったかのように少年は手を後ろに組むと、


「クラウン。僕は君にアリーナ周辺の見回りをするようにとだけ言ったはずだ。それなのにこの様子は何なんだ?」

「す、すいません、リーダー。それにしてもアイツ、ただ者じゃないですよ」

「そんなことは見れば分かる。今は作戦通りに動け。いいな」


 遠くからでも、不思議な響きを持った少年の声は良く聞こえる。思えばさっきの宣戦布告の放送で話していた声と同じだ。付け加えると昨日屋上から見たのも、彼で間違いない。

 十中八九この少年はインファーナル・キッドの反逆組織————レジスタンスのリーダー、バルチアスで間違いないだろう。

 それにしても今の会話から察するにクラウンという男は、この少年に仕えているらしい。

 身長差が大きい二人にこの主従関係はかなり不釣り合いに見える。


「取り込み中悪いんだが少年。そこどいてくれないか? 今の俺は少し気が立ってるからそれ以上邪魔するなら手加減はしないぞ?」


 しかしその言葉を聞いてもバルチアスは一歩も引く様子は見せない。

 悠とバルチアスの無警戒な立ち姿は、自らの力の自信を示している。

 二人の差は瞳ぐらいだ。

 バルチアスの瞳は何処まで覗いても真っ黒な光で満たされている一方、悠の瞳には何も浮かんでいない。

 両者は暫く睨みあっていたが、不意にバルチアスが笑い声を上げた。


「フフフ————ハハハッ!」

「何がおかしい?」


 悠は無表情の顔に少しだけ疑問の表情を浮かべる。

 溢れる笑いを封じてバルチアスは答える。


「いやぁ、こんなに真剣に戦いをした事なんて無いからね。こんな緊張を味わうのは初めてだよ」


 霹靂を平然と受け止め右手。

 そのパワーは、まったく予想することができない未知のものだ。

 遊び道具を見つけた子供のようなバルチアスの笑顔に、悠は冷たい汗が流れるのを感じた。


「だけどそれも今回はお預けだね」

「逃げるのか?」

「こっちにも色々と事情があるんだ。遊びはまた今度にしないか? 君も本調子じゃない様子だし」


 静かに聞いていたクラウンはその言葉に驚かされる。


(あの小僧、本物の自然現象を起こしておいて、まだ本調子じゃないってのか? そしてたった一回の攻撃でそれを読み取るリーダーも普通じゃない・・・・・・)


 二人のさに対してクラウンは一人首を引っ込める・・・・・・事は無かった。

 底知れない恐怖を目の前に自然と笑みが顔中に広がっていく。遂には口元からクククと声が漏れ出す。

 この男もまた二人とは違う次元で狂っているのだった。

 突如風が吹き荒れ、掘り出された石の山の一番上をグラグラと揺らす。

 抵抗虚しく遂に石はバランスを崩しガラガラと地面に落ちた。

 その音を合図に二人が同時に動く。

 悠は地を蹴り神風の如く一瞬でバルチアスの目の前へ移動し、拳を叩きこむ。

 それに対しバルチアスはポケットから黒い球体を取り出し、赤色のボタンを押した。

 ————次の瞬間、ズンッという衝撃と共に、悠の拳の先から〝空間にヒビが入った〟。


「携帯バリアと言ってね。強度はさほど無いけどちょっとした時間稼ぎには使える代物だよ」


 ひらひらと球体を見せびらかすその手からは、余裕の様子が見て取れる。

 いつの間にか地面には青い魔法陣が浮かび上がり、陣内のクラウンとバルチアスは段々と体が薄くなっていく。

 悠は小さく舌打ちをすると、再度拳で見えない壁を強打する。

 十数回の連打の末ガラスが割れるような音と共にバリアは破られたが、既に二人の姿は完全に消えていた。

 右腕に広がる鈍い痛みを堪え腕を下げる。


(何世代も使わなきゃ、ブランクがあって当然か・・・・・・)


 濁った瞳は一時間前とはまったく別人のものだ。

 悠はすっと立ち上がると、一人傷だらけの校舎を背に立ち去る。

 遠くでは消防車のサイレンが、湿った風を通し鈍く響いていた。

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