12話


プツッ。ザーザー


 突如スピーカーから流れて来た雑音に、俺と杏子は顔を上げる。

 この時は知る由もなかったが、流れていた音は学校中のスピーカーだけではなく、町全体のテレビ、ラジオ、その他いろいろな機器に発信されていた。


「何だろう? 故障か何かかな?」

「いや・・・・・・違う。故障にしちゃ音が少しわざと過ぎる。まるで雑音を使って人の気を引こうとしてるみたいだ」


 一昔前の機械ならいざ知らず、最新鋭の機器がこのような音を立てることは殆ど無い。

 その不自然さはやがてアリーナの中でも伝わったらしく、どよめきが外まで伝わってくる。

 十数秒後。それを切り裂くようにスピーカーから声が聞こえてきた。

 

『どうも皆さん。僕は反逆者レジスタンス代表。インファーナルにして最強の全能者。バルチアスと言います』


 少年のようでありながら、感情の感じられない冷たい声。機械的で人間味が籠っていなく、アンドロイドに喋らせているのではと錯覚してしまうが、微かに感じる息遣いが人間であることを証明していた。


『さて、僕が今回この様な場を設けたのには、ちゃんとした理由があります。それは————人類への宣戦布告です』


 余りにも突飛すぎるその宣告は冗談にしか聞こえない。天下泰平なご時世、そんな事を言われたって信じろという方が無理だろう。


『今の世の中は腐りきっている。詭弁論者は机上だけの存在ではなくなり、力の無いものには空想の権利しか与えられない』


 ここでそんなもの戯言だと笑い飛ばせるのなら良い。

 だが言葉は重く、耳にした各々の心を捉える。

 町中で人々のざわめきが起こり、街を揺るがせて行った。


『だから、僕らは破壊する。世界を根底から覆し、ぶち壊してそこに新しい世界を立て直す』

 

 俺はここで彼らの言い分が変わってきたことに気が付いた。

 少し前までは、力のある者への喚起を言っていたが、今度の発言は民衆をも皆殺しにするテロリストか、危険な宗教に近い。

 それでもどこかでまだ彼らの事を甘く見ていた自分がいた。

 結局のところお前らだって何も出来はしないじゃないかと。

 しかし、次の瞬間その考えは紙を握りつぶすように否定された。


『しかし、そんなことを突然言っても恐らく信じられないと思いますので、ここで一つ余興を行いたいと思います。皆さん評定高校をご覧ください』


 言葉の最後はよく聞き取れなかった。

 なぜなら————いきなり現れた巨大な劫火の渦がアリーナを飲み込んだからだ。

 数十メートルは離れているのに感じるその高熱は、轟音と共にアリーナを赤く染め上げた。それはアリーナを飲み込むだけでは飽き足らず、雲を貫き、天までを穿うがった。

 もはやそこに人がいたという事実は感じ取れない。暴虐と破壊の限りを尽す焔は、後に灰すらも残さまいとしていた。


「うそ————でしょ・・・・・・」


 杏子は目を見開き、手で口を覆い隠している。華奢な脚は今にも崩れんばかりにわなわなと震え、感情の揺らぎを示していた。

 非現実的な現象を目の前に愕然とその様子を眺めるが、間違ってもそれは消えたりしない現実リアルだった。

 

『見事な花火も揚がったところでゲーム開始と行きましょうか。最後に残るのは僕たちか、それともあなたたちか————どちらでしょうね?』


 最後にプツッという音を残して放送は終わった。

 それと共に劫火も消え失せ、後にはドロドロに溶けたもはや識別不能の物体が残った。

 そこにクラスメイトが居たなどという痕跡は残ってはいない。

 

「これがインファーナル・キッドの力・・・・・・これがゲームな訳あるか。ただの一方的な破壊じゃねぇか・・・・・・」


 朝まではいつも通りの一日だった。

 学校へ行かなければならないという事に憂鬱を感じ、それでも変わりつつある自分に期待を持つ。

 しかし、今はこの状況にただただ打ちひしがれるのみ。

 まさに地獄の顕現といえる焼け跡からは絶望しか感じ取れなかった。


 何分経っただろうか。ずっとその場で立ち尽くしていた二人に声をかける者が居た。


「あ~らら。エクスの奴かなり派手にやっちゃったみたいだね」


 この場に場違いなのんびりとした声。誰かが駆けつけてきたのだろうか。

 淡い期待を込めて振り返ると、そこに声の主が

 浮いている事もさながら、その風貌もかなり目を引いている。ピエロのような服装に、目元を隠す豪華な仮面。どう見ても普通の人がする格好ではない。

 奇妙な事に慣れてきた俺に対し、隣の杏子はそうもいかないらしく、腰が引けて座り込んでしまった。


「あ、あなた誰?」


 被っていたシルクハットを取り、わざとらしく英国風のお辞儀をすると、ニタァと気色の悪い笑みを顔いっぱいに広げた。


「これは失礼。わたくし反逆者の参謀を務めております。クラウンと申します」


 礼儀正しい態度のわりに尊敬の念をまったく感じられないその挨拶は、掴みどころが無く何とも言い難い響きを放っている。


「さ~て、時にお二人さん。あなたたち評定高校の生徒であると思うんですが~————あんで生きてるんだよ」


 突如顔に張り付いた笑みを消し去ると、クラウンは俺に飛びつき首根っこを掴んで持ち上げる。

 その動きのあまりの速さは残像を残すほどだった。

 

「く、がっ! お前何するんだよ!?」

「あなたは死んでいないといけないのに何故生きてるんです!? 死んでいるはずなのに生きていていいはずがあるでしょうか!? あるわけ無いですよね早く死にやがれ!!」


 唾を撒き散らし叫ぶクラウンは、長い足を器用に振り回し俺を蹴り落とす。

 更に追撃を加えようとする男の前に、杏子が立ち塞がった。


「やめて!!」

「邪魔だよ糞が、ドケドケドケドケドケドケ‼‼」


 クラウンは一殴りで杏子を十メートル近く吹っ飛ばす。

 俺はこのままじゃ杏子が危ないと感じ、すぐさま立ち上がると体重を乗せた一発を背中に叩きこむ————が、不自然な反動を受け後ろに同じく十数メートル吹っ飛ばされた。


「言っとくけどそんなへなちょこパンチ無駄だからね。諦めた方がいいよ」


 こちらを振り返るまでも無く悠々と述べられ、冷たい汗が背中を流れ落ちた。


「さ、て、と。どっちを先に殺っちゃおうかなぁ」


 鼻歌交じりにえげつないことを口にする。

 これまた長い腕をピンと伸ばすとそのまま独楽こまの様に高速でグルグル回り始める。

 拳大の石を投げてみるが、ことも無く跳ね返されてしまう。

 何もなかったかのように回り続けるクラウンは、段々速度を緩めていく。


「グルグルグルグル、ドーン!! どうやらセニョリータが最初のようだね」


 そして勢いが完全に止まった時、指の先には————ぺたんと地面に倒れこんだ杏子が居た。

 楽しそうにウインクをすると、体を屈め掌を地面につけるクラウン。

 すると次の瞬間、地震の如く地面が揺れ地割れが起き始めた。

 何を始めるのか分からないが嫌な予感しかしない。


「や、やめろ・・・・・・」

「残念だったね。君は彼女を守れなかった」


 悲しそうにそう呟くとクラウンは手を思いきり振り上げた。

 今までとは比べ物にならない揺れが辺りを襲い、そして————杏子の下の地面が盛り上がり小さな体を押し上げた。否、尖った先で〝串刺しにした〟。

 虚ろな目で虚空を見上げる杏子の体は、始めこそヒクヒクと痙攣していたもののすぐにぐったりとして動かなくなった。

 自身の血液にまみれ、五臓六腑の一部を露出させたその姿はもはや原型を留めておらず、辛うじて首から上だけが綺麗なまま残っている。

 

「さ~て次は君の番だ。最後に何か言いたいことは無いかい?」

「・・・・・・・・・・・・」

「ん? どうしたどうした? お人形さんみたいになっちゃって。下手に動かれるよりはいいけどこれじゃ面白くないなぁ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ちょっと~! お~い! もう少し悲鳴を上げるとか無いの? 僕つまらないんですけど~」

 

 意識がどんどん沈んでいく。

 深海よりも深く。宇宙の闇よりも深く。

 底なしに沈んでいったその意識はやがて、かつて自分を支配した漆黒と同化し溶けていった。


「ちぇっ。つまんないけどしょうがないか。死ね」


 クラウンはしばらく耳元で話していたが、効果が無いことを知ると腰に刺さっていたナイフを乱暴に引き抜く。

 

「さようなら。お人形さん」


 次の瞬間ナイフが吹き飛ばされた。


「手を上げろ狂人。いや、手はさっき私が吹き飛ばしたがな」

「ジョークなど言っている場合ですか・・・・・・」


 建物の陰からスーツと白衣の二人組がピストルを構えて現れ、威圧するように睨みつける。

 しかし、新手の登場も意に介さない様子でクラウンはニタリと笑う。


「油断していました・・・・・・DE~SU~GA~少々詰めが甘ーーい」


 ハハハハハと壊れた玩具のように一人哄笑する。

 その数秒間にダバダバと流れていたはずの傷口がすぐに塞がったかと思うと、あろうことか新しい手が生えてきた。


「な、化け物め・・・・・・」

「これはまずい・・・・・・」


 さっきまでの余裕はどこへやら二人は怯えたように銃を乱射する。

 弾丸は胸に首、目玉を打ち抜くがどの場所も同じように数秒の間に再生する。


「だ~めだ~め~。そろそろこっちからも攻撃しちゃうよ?」


 言い終わる前に足を踏み出すと次の瞬間、音速に近いスピードで白衣の男に突っ込んだ。

 さっきまでとは格が違うパンチは白衣の男を何十メートルも吹き飛ばし、校舎にぶち込む。


「体中の骨が砕けてるから助かる見込みは無いね。残念」


 骨が粉砕し液体のようにぐにゃりと倒れた白衣の男に向かって、憐れむように言った。

 

「もう終わりにしようか」


 クラウンはくるりと振り返ると、スーツの男を真っすぐに見据えた。


  

 

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