11話


「マジか」


 瞬間移動の後、実体化した俺の目の前には評定高校があった。

 校門の丁度真ん前に飛ばされたようで位置的にはぴったりだった。正し、ぴったりだったのはx軸とz軸だけだったのだが。

 ドスッ!

 俺は周りに鈍い音を立てて高さ〝5メートル〟から落下した。

 

「イッタァ! おいおい流石にこれは無いだろ! 折角傷も治ってたってのにまたどっか折れたんじゃ無いのか!?」


 思い切り打ち付けた背中を擦り、やっとのことで立ち上がる。

 いきなり人が宙から落ちてきたら、通行人もさぞ呆気にとられたに違いないと思い周りを見渡してみるが、不思議なことにどの人もまるで何事が無かったかのように普通に歩いている。

 それどころか俺の存在にまったく気づいていないようだ。

 どういう事かは分からないがこれは自分にとっては都合がいい。

 そそくさと校門を潜ると早いところその場を離れた。




         ◇




「生徒の皆さんは速やかに自分の席まで移動してください!」


 アリーナのスピーカーから大音量で生徒会長の声が響き渡る。

 移動時間ぎりぎりで駆け込んだ杏子と光流は、息を整えてアリーナの中心の大モニターを見ていた。

 生徒の人数が桁外れに多いこの高校では、体育館の代わりに巨大なアリーナが立てられている。集会などの全校行事がある場合、普通の高校の様にはできないので張り巡らされたスピーカーと中心にある大モニターに映像を映し成り立っている。

 今は大モニターにはどのクラスがどの位置に座るのかを示す座席表が映されていた。

 何度も予行練習を重ねて来た杏子達にとってはそんなもの無くても大丈夫なのだが、念には念を入れておく。

 西席中心辺りにある2-19のスペースへ行くと既に大半のクラスメイトは着席した後で、皆それぞれ歓談をしていた。


「おい石川! お前学級委員の自覚あるのか? 早く出席取りなさい!」

「はい! 遅れてすいませんでした」


 早々担任に叱られた光流は、慌てて人数を数えるために駆けて行った。

 杏子は静かに自分の席に着くとぼんやりとモニターを眺めた。

 モニターは座席表の表示を止め、アリーナ内の様子をライブで映し始めていた。

 自分の姿が映ると、皆元気そうに手を振っている。文化祭では実際に様々な場所のライブ映像をこのモニターに表示するので、そのリハーサルも兼ねているのだろう。


「はー、終わった。私なんで学級委員なんてやったんだろう・・・・・・」


 出席確認が終わったらしい光流が隣の席に着いた。

 

「自分で立候補したんでしょ? 文句言わないの」

「違うわよ。皆が私の事適任だって言うから立候補したの。でもこんな仕事全然私に向いてないじゃない。騙されたわ・・・・・・」

「騙されるひかるんが悪いんでしょ」


 溜息交じりに語る光流を適当に相手しながらその目はずっとモニターへと向けられる。

 そんな杏子の視線を追ったのか光流は、


「そういえば今回のリハーサルっていつもよりも大人が多い気がしない?」

「そういえば確かに・・・・・・」


 あまり意識してはいなかったが、よく見てみるとそこかしこにスーツを身にまとった大人がいる。それだけなら特に気にならないのだが、中には白衣を着た明らかに場違いな者もいた。


「教師たちも何となくピリピリしてて何かありそう予感がするのよね・・・・・・」


 指を顎に当ててポーズをとりながら考え始める。

 そんな光流の様子を横目に杏子はまたモニターを眺める作業に戻った。


「生徒には秘密で行い、かつ全校生徒が集まらないとできない何かか————うーん情報が足りなさ過ぎて推理のしようがないわね・・・・・・。龍人あたりなら何か思いつくかもだけど」


 ガタッ!


 勢いよく立ち上がった杏子に、光流はビクッと体を仰け反らせる。


「どうしたの杏子? 心臓に悪いじゃない」

「居た・・・・・・」

「へ? 誰が居たの?」


 杏子のピンと伸ばした指先にはモニターがあった。画面には丁度校門からアリーナの方向を向けたカメラの映像が流れている。指先はその中を走っている一つの影を指していた。


「あれは————悠じゃない!? 今更遅れて来るなんて思わなかった」

「私行ってくる!」

「え、ちょっと待ってせめて先生に言ってから・・・・・・行っちゃった」

 



         ◇



「今の時間帯だと生徒は全員アリーナの中で開会式の予行中だったか?」


 昨日申し訳程度に読んだ文化祭予行のパンフレットの内容を思い出し、遠くに聳えるアリーナを見上げる。

 そうは言っても記憶は曖昧で確かな事は思い出せないが、アリーナの方角から騒ぎ声が聞こえるからたぶんあってるだろう。

 アリーナの方へひたすら歩いていると、進行方向からスーツを着た男と白衣を着た男の二人組が近づいて来た。


「あの、あなたはこの学校の生徒ですか?」


 何やら不審そうな目つきで俺の方を見てくるスーツ男は、挨拶なしに開口一番で質問してきた。


「はい。そうですけど————どうかされました?」

「生徒は全員アリーナに集まってるはずなんだけどどうして此処に居るんですか?」

「登校途中に色々ありましてね。遅刻です」


 色々の部分はあえて詳しくは言わなかった。言ったところで理解されるようには思えないし。


「ふむ。生徒手帳見せて」


 二人組が何を疑っているのか分からないが、別に断る理由も無いので大人しく従う。

 差し出した生徒手帳を軽く見たスーツ男は、納得したように視線を柔らかいものに変えた。


「協力ありがとう。いやね、実はこの高校にインファーナルの一人が目撃されたって事なんで調査に当たってたんだよ」


 スーツの男は申し訳なさそうに謝りつつ生徒手帳を返してきた。


「あの事件のですか? それは驚きですね」

「それもあるんですけど・・・・・・朝方に彼らが集団で施設を抜け出してしまったんですよ————」

「もうそれくらいでいいだろう。早く巡回に戻るぞ」


 最後は強制的に切るように白衣の男が言うと、二人はアリーナとは反対方向に歩いて行った。

 インファーナルの集団脱走。

 思い当たる節があり過ぎる。

 推理するまでも無い。それはさっき迷い込んだ不思議な空間で出会った彼らの事を言うのであろう。

 しかしそうだとすると、評定高校でインファーナルを見たという証言は何なのだろうか?

 何だろうか。段々おかしな事になっている気がする。

 朝に出会った能力者たちに始まり、評定高校に張られた警備網。今までの日常とはかけ離れた出来事に不安な気持ちになってゆく。


「ゆうー! 来てくれたんだね!」


 そんな気持ちを吹き飛ばすように快活な声が響く。

 アリーナの入り口から杏子が猛スピードで駆け抜けて来ていた。

 手を振りながら走っているせいでバランスが悪く、今にも転びそうでひやひやする。


「足元気をつけろよ。今にも転びそうで見てらんない」


 しかし、そんな注意を聞く耳を杏子が持っているはずも無く————


「わっ!?」


 あと2メートルという所で躓き盛大にこけた。

 勢いのついた体は止まらず、等速直線運動でもするかのように空中を舞う。

 そのまま悠に思い切り体当たりを食らわしても、勢いは止まらずそのまま数メートル吹き飛んだ。


「今日は殴られ、蹴られ、しまいには体当たりを食らわせられたんだけど、どういう事だろうか」


 痛む体を宥めて立ち上がり、ショックで目を回している杏子に手を貸す。


「おーい。大丈夫か?」


 巻き込まれたのは自分の方なのに、何故こんなことをしなくてはならないのかは疑問だが、今は気にしないことにしておく。

 擦りむいた肘をさすりながら何とか体を起こした杏子だったが、ハッと我に返ると俺の肩を掴みグラグラ揺さぶってくる。


「悠!! ごめんね。ずっと心配してたんだよ? それにしても来るんだったら連絡の一つぐらいよこしなさいよ! 人に心配かけさせやがって馬鹿野郎!」

「おちおち落ち着け。酔うからまずその手を止めろ!!」

「あっ。ごめん」


 一気に早口で捲し立てて、勝手に一人でしょんぼりとする杏子。喜ぶのか怒るのか悲しむのかどれかにして欲しいものだ。

 しかし、こんなに心配させてしまった自分にも非があるので、何とも言えない気持ちになってしまう。


「何ていうか————ごめんな。実はこっちにも色々あってさ・・・・・・なんて説明すればいいのかな・・・・・・」


 遅れた理由を説明しようと思ったがどこから話せばいいやらでどもってしまう。

 俺が戸惑っていると、静かに首を振った。


「別に理由なんてどうでもいいよ。早く席に着こう?」

「ああ・・・・・・そうだな。そうしよう」


 長い時を過ごしてきた仲だ。これくらいの事口にする事が出来なくても、心でお互いの気持ちは理解できた。

 自然と笑みが零れる。こういう風に笑ったのは結構久しぶりかもしれない。これからはもう少し柔らかく笑えるような気がした。











 しかしそんな予感などただの幻想に過ぎなかった。

 幸福などまやかしに過ぎず、不幸が現実となり覆いつくす。

 そんな世界で俺は何を目指して生きればよいのだろうか?

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