10話


「結局収穫なしか・・・・・・」


 夏美の行方を捜していた悠だったが何も良い案が思いつかず、とりあえず街の中を歩き回っていた。

 しかし多くの人が集まる街中では特定の人物を捜しあてるのは不可能に近く、俺もまた途方に暮れていた。

 街の通りという通りを捜しても見つからず、結局初めに夏美を見失った通りに戻ってきた。

 

「早いとこ高校行って、顔ぐらい見せておく方がいいかもな」


 半ば諦めた眼差しで、暗い通りを見やる。

 そこは相も変わらず人気が無く、もはやわざと人が避けて通っているのではないかと思わせるほどだ。

 するとその時、何かがきらりと輝いた。よく目を凝らすとそれは朝電車の中で見た少女だった。

 美しい銀髪は薄暗い路地に差し込んだ僅かな光を反射し、自分の身を浮きだたせている。

 少女は何かを探すように通りをスタスタと歩いていた。かなり集中しているのか自分を見ている俺の視線に気づくことも無い。そしてそのまま通りを数回往復した後に〝消えた〟。

 

(————え? さっきまであそこに居たよな? 幻覚でも見てた訳じゃあるまいし・・・・・・)


 目を擦ってみても、少女が現れる訳も無く。幻覚を見たなんて可能性は普通に考えてあり得ない。

 目の錯覚とかそういうものじゃないとするならば、少女が消えたのが事実だという事になる。


(いや・・・・・・まさかな。そんな世界の法則を無視したことなんて起きるはずない)


 そこで俺はさっき少女が消える前に通りの中ほどを何回も歩いて、何かを探していたのを思い出した。

 記憶を頼りにその場所へ歩を進めてみるものの特に何も見つからない。

 通りのビルのの中に入ったのではないかという推測も立てたが、すぐにそれは無いと首を振る。

 少女はビルに入る素振りなどまったくしていなかった、文字通りその場所から消えたのだ。


「駄目だ。全然訳分からん」


 考察をすればするほど思考は絡まり、答えはどんどん遠ざかっていくような気がする。

 『こういう時は一度頭を空っぽにした方が良い』という先人の知恵を思い出し、静かに目を閉じる。

 まさかな、と思いつつ心で五秒数えると開いた。


「————え?」


 心の声が口から飛び出し、そのままの状態で数秒呆然と立ち尽くす。

 いやこれは驚かない方がおかしいだろう。

 なんと、〝目の前には一つの路地が現れていた〟。

 

「さっきまでこんな道あったか?」


 思わず声に出して自分に問いかける。


「いや、無い無い。流石にこれを見逃すのは有り得ない」

 

 自問自答から少し落ち着いて道を観察すると、横幅はざっと5,6メートルはあり、これを見逃したで済ませてしまうのは流石に無理がある。

 それだけじゃ無い。突然現れた道に驚き気がつかなかったが、何か違和感がある。

 いきなり視界の端に左手からサラリーマンと思しき中高年の男が現れる。

 咄嗟とっさの事で、反応できずにただ立ち止まる。その間にも男は走り続け、遂に衝突————しなかった。

 男は自分の体をすり抜けそのまま右手へと消えていく。

 その人生初体験の不思議な感覚にまたまた開いた口が塞がらなくなる。

 慌てて口を元に戻すと突然現れた道に目を向けた。


(この先に何らかの秘密がある?)


 道は周りをビルに囲われているのに、何故か自然な明かりに包まれた道は、どこか薄気味悪く目に映った。

 始めの一歩を中々踏み出せず、進むのを躊躇ためらっている内に通りの向こう側から人影が歩いて来ているのが見えてきた。

 人がいる事に安心し、この道の事を聞こうと思いゆっくりと歩みを進める。

 近くまで来ると人影は、成人程の青年だという事が分かった。体は筋肉質で大きい。身長は190センチメートルもありそうで、更に体に纏った鋼の筋肉のおかげで普通の人の二倍ぐらいの大きさに見える。

 

「あの、すいませんここは何なんでしょう?」


 俺の質問に気づかないのか、相手は歩みを止めることなく近づいて来ている。


「あの~聞こえてます?」


 再度聞いてみるもさっきとまったく同じ反応————いやむしろ歩く速さを上げてきている。口元に微笑をたたえ、走るようなスピードで向かって来る青年はどことなく楽しそうに見えた。


 こいつはヤバい。

 

 第六感がそう告げる。

 青年に背を向け走ろうとするが、時既に遅し、背後から聞こえる足音からスピードに乗った相手との差はすぐに縮まっていくのが分かった。

 恐々後ろを振り返ると・・・・・・すぐそこに大きな掌があった。

 刹那、首を乱暴に捕まれ壁に思い切り投げつけられた。

 背後から伝わる衝撃に一瞬呼吸が止まる。

 間も無く振り下ろされた拳を辛うじて避けるが、さっき負ったダメージのせいで、追撃の蹴りを避けられず吹っ飛ばされる。

 まさに鋼鉄で殴られような蹴りは、骨を何本か折っているかもしれない。


(何だこいつ・・・・・・体デカいくせに動きが速い。身のこなしが常人じゃねぇ)


 青年はアスファルトの上にうずくまる悠の姿を、さっきとは打って変わってつまらなそうな表情で見下げる。


「なんだお前。せっかく暴れられると思ったのにこの程度かよ。あ~、白けたわ」

「それいきなり殴りかかって来た奴が言えるセリフかよ」

「あぁん? 何か言ったか雑魚が。にしてもお前、どうやってここに入って来た。入り口にはディムが張った結界があるから普通は入れないはずなんだが?」


 最初からこんな所に来るんじゃなかったと心の中で毒づく。

 考えてみれば何もかもがおかしい。突如消えた少女に、突如現れた道。そして極めつけは突如殴りかかってくる脳筋バカ野郎だ。

 日常からかけ離れた超常現象の数々(こいつもある意味だな)を目の当たりにした時好奇心に負けず逃げるべきだったのだ。

 

「まぁ、方法なんぞどうでもいい。ここまで来たからには、ただでは済まないことぐらいお前も分かってるんだろうな?」

「知らねぇよ。お前さっきから何なんだよ。警察に訴えるぞ」

「はっ! もっとまともな嘘はつけないのか? ここに足踏み入れてる時点で関係者なのは分かってるんだよ」

「お前少しは脳味噌使え。その内痛い目見るぞ」

「ふん。余計なお世話だ雑魚が。殺すなって言われてるから今は何もしないが、それ以上言ったら抑えられんかもしれんぞ?」


 勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべるその顔は、見ているとイライラしてくる。

 しかしここで変な事を言うとまた殴り飛ばされかねないので、気持ちを抑えできるだけ優しげに言う。

 

「あの・・・・・・とりあえず骨が折れてるっぽいんで病院に連れて行ってくれませんか?」


 笑顔が少し引きっていたかもしれないが、合格点だ。


「何寝ぼけたこと言ってんだテメェ」


 そうですよね。薄々分かってましたよ。

 さてどうしたものか・・・・・・何とかしてこの状況から抜け出さないと・・・・・・

 俺が無口になったのを見て青年は苛立たしそうに眉をひそめる。

 

「あ~もういい。メンドクセーから取り敢えず大人しくしてろ。どちらにせよ黙らすから返事はYES以外あり得ないんけどな、ハハッ!」


 そういうと青年は、顔に真剣さを刻み拳を振り上げた。

 まずい。満身創痍の体に鞭を打ち避けようとするが、圧倒的に遅い。


「やめてミルス!!」


 直後頬に衝撃ではなく、風圧が掛かる。

 思わずつむっていた目を開くと、視界いっぱいに振り下ろされ拳が広がった。


「何の真似だ。こいつは敵だぞ」

「違う。その人はまったく心に悪意を感じない。それに私を助けてくれた」

「はぁ? ホントか? お前が言うんだったら間違いはないんだろうが」


 聞き覚えのある声が通りの奥から聞こえてくる。

 拳を払い声の方向を見ると————やはりさっきの銀髪少女の姿が見えた。


「彼が乱暴な事しちゃったみたいでごめん。大丈夫?」


 少女は手を俺に優しく手を差し伸べた。

 体の痛みに耐えつつ手を受けると体が不自然に持ち上がった。

 心なしか痛みも軽くなった気がする。


「君を偶然見かけて、しかもいきなり消えたもんだからびっくりしたよ。ここは何なんだ?」

「ごめんなさい。それを言う事は出来ない」


 少女は申し訳なさそうに目を背ける。

 どうやら少なくとも、さっきの野郎————ミルスと言ったか。そいつよりはまともな見識を持っているようで安心した。


「答えられないんならいいや。とりあえず元の場所に返してくれないか?」

「————それもなかなか難しいですね・・・・・・私たちの記憶を持っているんじゃ危ないですし」

「別に誰かに言ったりはしないけど?」

「いいえ。もし敵の記憶操作系の能力者が関わった場合強制的に記憶を排出させられることが目に見えています」


 能力者。その言葉にハッとした。

 もし今の状況が夢なんかじゃなくて事実だとするならば、この世界ではその言葉が指し示す存在は一つしかない。

 〝インファーナル・キッド〟のみだ。

 そう考えてみるとさっきの戦闘でミルスが見せた超人的な技。それはインファーナルが持つ超身体能力の一つなのかもしれない。いやあの動きはそうとしか言いようがない。

 しかしそうすると別の疑問が生じてくる。

 何故能力者同士なのになどと言っているのかだ。

 そもそもこの町のど真ん中にインファーナルがいるという事自体もおかしい。

 彼らは研究所内で安全に保護されているのでは無いのか?

 疑問は募るばかりだったが今聞いてもたぶんこの二人は答えてはくれないだろう。


「ん・・・・・・ちょっと待てよ。こいつもしかして夏美が言ってた奴じゃないのか?」


 ミルスの口から知り合いの名が飛び出し少し驚く。


「お前夏美と知り合いなのか?」

 

 俺の追及にミルスはしまったとばかりに額を叩く。


「ちょっと耳かせ」


 ミルスは少女の顔の高さに体を屈めると、二人で何やらひそひそと話し始めた。顔を青くしたり赤くしたりする少女の様子を見ると何やら重大そうな話しをしている風に見えた。

 最期に二人は頷きあうと、ミルスだけ背中を向けて足早に去って行った。


「じゃあそういう事で頼んだぞ」

「はい。分かりました」


 少女はこっちへ向き直り話し始める。


「あなたへの対応が決まりました。これから普通通りに学校生活を送ってもらいます。分かりましたか?」


 何か恐ろしいことになるのではと思っていたが、何とも予想外な答えに少し拍子抜けする。


「えっ。それでいいのか?」

「はい。あとは勝手に自分で決めちゃって下さい。それとも何か不満が?」

「何か重大そうな話してたから監禁でもされるのかと思ってた」

「不満が無いようならテレポートの準備をしますね」

「テ、テレポート?」


 思わず聞き返す。

 その間にも少女は、服の袖から何やら飾りのようなものを取り出すと目を閉じる。

 すると周りの空気が一変し、俺の足元に大きな青い魔法円が出現した。

 体が少しづつ透明になっていくのは、これまた不思議な体験だった。

 テレポートなんて初めての体験に不安感と期待感が膨れる。


「これから高校の前に飛ばします。そうそう、切符の件はありがとうございました」

「いやいや。あの脳筋野郎から救ってくれたんだしこっちが逆にお礼言わないといけない。ありがとな」


 それを聞いた少女の目に少し悲しみの表情が浮かんだ気がした。しかしそれも一瞬の事ですぐに元に戻る。


「それではテレポートを実行します」

「ちょ、ちょっと待って! まだ少し心の準備が————」


 俺の要望は少女が上げた右腕によって遮られる。

 空気が段々重くなっていき、視界もそれにつれぐにゃりと曲がってゆく。



「助ける・・・・・・ですか————」


 自分の体が極際の粒子となる直前彼女がそういったように聞こえた。














 それにしてもこの魔法円どこかで見たことあるような?


 


 

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