7話
————ポツリ
雨音と共に手に冷たい滴が落ちてきた。空を見上げると分厚い雲が太陽を覆おうとしている。今日は一日晴れの予報だったはずだが、たまには天気予報が外れる日もあるのだろう。灰色のインクをぶちかますとこんな風な空になるのではないだろうか?
マンションでは本降りになる前に洗濯物をたたもうと、ベランダで住人たちが忙しなく動いている。
そんな落ち着きのない人々の様子を
いよいよ雨が強まり体中に冷たい滴が叩きつけられる。
俺はほとんど空っぽのリュックを折り畳み、前に持ち替え小説が濡れないようにした。自分の体に対する防水対策は特にしない。
幸い家はすぐそこだったので、2分足らずで家に到着した。
家の中は電気がついてなく人の気配はない。母親たちは家から場所を移したのだろう。
バケツをひっくり返したかのような雨を浴び、びしょ濡れになった服を脱衣所で脱ぎ捨てシャワーを浴びる。
熱いお湯はすっかり疲れた心と、冷え切った体を解きほぐしてくれるようだ。
「ふぅ・・・・・・」と一息つくと、心落ち着くひと時もそこそこにし、早めにシャワーを終わりにして風呂場を出た。
そして脱衣所で服を着替えている時。
————ガチャン
ドアの開閉音が聞こえた。
ただいまの声はない。もしも母親ならば誰か居なかったとしても言うはずなので今家に入ったのは別人なのだろう。
足音に耳を澄ますと、玄関を出た何者かはそのままリビングに向かったようだ。
もしも空き巣だった時のことを考え少し身構えてそちらへ向かう。
リビングのドアを慎重に開けると、半透明のガラス越しに誰かがこちらに背を向け椅子に座っているのが見えた。
おそらくスーツであろう白い上着に、シンプルな黒色のズボンを履いた姿は————
「父さん? 今日は早いね」
扉を開けはっきりとその姿を確認するとやはり父だ。
振り返った父は普段リビングでは見ない俺の姿に少し驚いたような表情を浮かべていた。
「悠、いたのか・・・・・・ただいま」
久しぶりに見た父の姿は前に見た時よりもずっと
目の下に浮かぶ俺よりも濃い隈からは、数日ほとんど眠っていないことが分かる。よく見ると髪もぼさぼさだし、スーツの襟だってよれよれだ。
ここ最近日付が変わるまでまで毎日働いていたのだから当然と言えば当然だろう。
しかし瞳にだけは溢れんばかりの輝きが満ちていてそこだけが浮いて見える。
「悠、ここ最近研究室に籠りきりだったろう? 実はとてもすごい発見をしたんだ!!——————いやこれは企業秘密で口外してはいけないんだった。悪いけど来月にも今回の研究の会見を開くからそれを見てくれないか? いや、ぜひ見てくれ!」
父は目を更に輝かせて喋る。最後は椅子を蹴るように立って俺の肩を掴もうとしたが、足がふらついてへなへなと崩れ落ちてしまった。
俺は急いで父の肩を持って立ち上がらせる。
「とりあえず今日は早めに休んだ方がいいよ。目に見えて疲れてそうだし」
「ああ……そうだな。今日はもう寝るとするよ」
父はどこか上の空に返事を返す。
相当疲れているのであろう。こうして会話をしている間にも眠ってしまいそうだ。
科学者という職業柄、父は昔から帰りが遅くなることが多かった。
数日家に帰ってこなかったこともあるぐらいで、これぐらいならまだましな方だ。
今回の場合は研究の
父がリビングを出て危なっかし気な足取りで部屋に戻ったのを確認すると、俺も自分の部屋に戻りベットに寝転んだ。
(寝るのも惜しんで打ち込むほどの研究とは一体何なのだろうか?)
普段父は落ち着いていて、口数も余り多くない。叱る時も大声は出さず静かにかつ怒りを伴って自分の感情を表に出さないように叱るのだ。
そんな彼があんなに興奮した様子を見せるのはよく知る人からすればかなり驚くことだった。
ふとそこであることに気づいた。
自分は父の仕事についてあまりよく知らないという事だ。
振り返ってみると科学者として生物学の事について研究をしているのは知っていたが、その研究内容などについては詳しく話されたこともない。
今までは特に気にとめず自分から仕事について聞くことが無かったが改めて考えてみると少し気になる。
そう考えてみると昨日レポートを書いたときに見たホームページの事も気になってきた。
あの文章は明らかに閲覧者に内容を理解させようとしている文章ではない。言い換えれば閲覧者に内容を知られたくないという事でもあるだろう。
そこまで思考を巡らせるとある一つの考察に辿り着いた。
(研究所の関係者全体で、何かを隠している?)
と思ったがそんな訳ないと首を振る。
自分の父がそんなアニメのような悪の機関で働くはずがない。そもそも研究者が何かの研究について隠しておくのはそんなに珍しい事じゃない。大きな発見だったとすればその結果が第三者によって横取りされることが無くもないからだ。
色々と考えてはみたが、結局納得のいく解答に辿り着くことは無かったのでしばらくして考えるのをやめた。父に対して聞きたいことは膨らんでいったが、今はそっとしておく方が良いだろう。どちらにせよすぐに耳に入ることになるのだろうから。
それよりも今は明日の文化祭最終リハーサルの事を考えるのが先だ。生徒の人数が多いだけあって移動の工程などが細かく決められているため他の生徒たちは何度も予行練習をしてきた。しかし元々文化祭に行く予定の無かった俺はそんなもの一回も参加していない。でも今年はどうせ行くことになるのが目に見えているため少なくとも明日だけは参加するつもりだった。
リハーサルの進行予定のプリントの束をリュックから取り出し、寝っ転がったまま必要な部分だけ読み漁る。
正直他の人が何週間もかけて覚える内容を数時間で覚えるのは無理ゲーだと思う。
20ページに差し掛かった辺りで読む気が失せたので、束を投げ捨てる。
疲れた目を閉じると窓を割らんばかりに激しく叩く雨音が響いて聞こえてきた。
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