4話

「悠は冬休み何をする予定なんだ?」

「特に決まってない。取り敢えず宿題終わらせたら考える」


 小学校最後の冬休み前の登校日、僕は親友の良太と一緒に話しながら下校をしていた。

 良太はこれから始まる長期休暇ふゆやすみが楽しみで仕方ないっていう表情だ。それに対し僕はいつも通りの不愛想さで、地面を見ながら歩いている。


「お前はいつも通りクールだな・・・・・・休みぐらい楽しめばいいのによ————ってこれ夏休みにも言ったセリフだな、ハハッ」


 良太はこんな僕にはもう慣れっこの様で特に気にもせず喋り続けた。


「今年の冬は雪が相当降るそうだぞ、杏子達と雪合戦するのが楽しみだぜ!」


 これから降る雪にテンションの高い良太だが、僕はには雪は冬をより一層冷たくするだけの厄介者でしかない。

 どこのニュースでも今年は記録的な積雪になるだろうと報道していて、この先が思いやられる。

 現に昨日大量の雪が降って登校時には大量に積もっていた。それだけならまだいいのだが、その後日が差したおかげで道がぐちゃぐちゃの滑りやすい雪でおおわれている。

 小さなブーツの先からそれが染み出し、心地悪いやら冷たいやらで益々気分が重くなってゆく。


「僕は雪なんて好きじゃないし、できれば降ってほしくないよ・・・・・・」


 それを聞いた良太は、わざとらしいほど大きく飛びのいて真剣な眼差し(ここまで真剣な目を見るのは初めてかもしれない)で言う。


「何だと、悠!! それは聞き捨てならないな・・・・・・よしこの冬でお前を雪好きにしてやる!! 絶対だぞ!!」


 顔を真っ赤にして言ってくる良太を、何も言わず(生)暖かい目で見つめる。

 しばらく二人でそのまま見つめ合う。10秒ほどの膠着こうちゃく状態を続けた俺は————


「————ふっ・・・・・・」


 それだけ言うと差し始めた西日に向かって歩き始めた。

 普段見せない真剣さを軽くあしらわれた良太はその場に立ち尽くしている。

 今日も夕日が綺麗だな~などと考えていると、


「お、お前~鼻で笑いやがったな!!絶対許さん!!」


 2メートルほど距離が開いてからようやく、放心から立ち直った良太は、右手を高く掲げて襲い掛かってきた。

 僕のランドセルを掴もうとしてくる手をかわし、全速力で逃げる。

 ————が学年で1番足が速い良太はすぐさま、ロケットスタートを切り距離を縮めてきた。

 しかし雪で足元が不安定になっているためか、思うように進めていない。今だけ地面を覆う雪に感謝をする。

 僕も足は速い方なので、これであまり速さに差がなくなった。

 夕暮れの商店街を二人で颯爽さっそうと駆け抜ける。

 アーケードを抜けた辺りで後ろの良太が雪に足を取られつまずくのが見えた。

 それを見た僕はチャンスとばかりにさらに加速し、距離を離そうとす・・・・・・


 ズルッ!!


 いきなり世界が反転し道路に背中から叩きつけられた。

 雪で冷やされた地面は瞬時に体から体温を奪っていく。厚く着込んだ服の下から冷たい霙が入り込み、コートの下は一瞬にして南極状態だ。


「悠!! 大丈夫!?」


 良太が慌てて駆けつけて俺を起こす。


「ったぁ・・・・・・」


 僕は座ったまま、打ち付けてズキズキする腰を擦っていたが目の前に広がる情景に、目を見開いた。


「お前今シライみたいになってたぞ・・・・・・取り敢えず雪払え、風邪ひくぞ————ってどうした?急に黙って」


 僕の視線に気づいた良太も釣られて視線を追う。

 そこには————


 地面を覆う霙に夕日が反射し、幻想的な赤に染め上げられた道路の上を、〝一台のトラックが高速で走ってきていた〟。


 逆光のせいか地面に倒れている二人が見えないらしくスピードを緩める気配がない。


「早く避けるぞ!!」


 危険に気づいた良太は瞬時に道路脇へよける。

 僕も続いて立ち上がろうとする・・・・・・が————


「くっ!?」


 足に体重を乗せた途端激痛が貫き、痛みに耐えきれずに崩れ落ちる。

 どうやら転んだ時に足首を強くくじいたらしい。余りの痛さに、立ち上がれる気配がない。


 ザザーッ!!


 ようやく道路に人が倒れているのを見つけたトラックが急ブレーキをかけるも、霙で覆われた地面は勢いを弱めさせない。

 もう駄目だ・・・・・・どんどん近づくトラックを呆然と見つめながら、どこか冷静にそう思った。

 これから訪れる衝撃を予想し目を閉じる。


「悠!!」


 ————浮遊感。衝撃の代わりに体が浮く感覚を感じた。

 予想外の感覚に目を開くと、そこには僕を投げ飛ばした格好のまま、僕の目を見つめる良太の姿があった。



 それはきっと数秒にも満たない時間だったのだろう。


————が俺には今でも鮮明に思い出せる。


 でもその数秒が何倍にも引き伸ばされていくのを感じた。


————視界右手から現れた悪魔トラックを。


 良太が消える瞬間、目が爛々と輝いた。


————そいつは良太の左半身に食らいつく。


 その瞳は何を見ているのだろうか。


————そして倒れた良太を、バキボキと咀嚼した。


 これが僕の見た良太の最期だった。


————トラックが通り過ぎた後には真っ赤に染まった雪が残った。その色は夕日なんかとは比べ物にならないほど現実的な赤だった。



 引き伸ばされた時間がいきなり元に戻り僕は地面に叩きつけられる。

 僕には何が起きたのか理解できず、先ほどまで良太がいた血染めの地面を見つめていた。

 その時僕を支配していた感情は、恐怖や悲しみではなく、虚無感だった。

 大事な友が自分の代わりに死んだというのに、何の感情も浮かんでこない。

 ————ふと自分の胸を見るとそこには大きな穴が開いていた。

 覗き込むと自分の体の中身が見える訳ではなく、そこには何処までも闇が存在しているだけだ。


(何だ?・・・・・・これは・・・・・・)


 突如今まで緩やかに流動していた闇が、胸から溢れ出してきた。

 這い出してきた闇は凄まじい速さで、周りの空間をどんどん黒く染め上げていく。

 慌てて穴を手で押さえてもまったく効果が無い。

 看板が、家が、道が、そして山までもが闇に蹂躙じゅうりんされ黒く、平坦になっていく。

 やがて周りに黒くないものがほとんど見えなくなった時に、僕はこれが何を意味しているのか悟った。


 〝僕は世界を見る事が、感じる事が出来なくなったのだ〟


 ————と


 やがて世界を黒くしただけでは物足りなくなったのであろう。

 闇は次に僕を食らい始めた。

 体が徐々に周りと同化していき自分が何処に存在しているのか分からなくなる。

 そしてすべての物が漆黒に染まった時、ふと僕は気づいた。

 それは誰かに教えられた訳でも無く、自分で考えた訳でも無い。

 ただその時に気づいたのだ。


 ————この胸の穴は見えなかっただけで、最初から開いていたのだという事を・・・・・・




 ◇





「ハッ!?」


 体を大きく前に倒したせいで椅子から転げ落ちそうになり、慌てて体勢を立て直しぎりぎりで踏ん張る。

 あまりにリアルな夢を見たせいで、脳内が混乱し今の状態が掴めない。


「すー・・・・・・はぁ・・・・・・」


 取り敢えず一つ大きく深呼吸をして今の自分の状況を確かめる。

 落ち着いて周りを見渡してみると、自分の部屋でパソコンに向かっているているのが分かった。

 目の前にあるパソコンの画面を見るとそこには、国際生物学研究所の活動内容ページが開かれている。

 ————少しづつ状況が見えてきた。確か明日登校しなくちゃいけなくなったがために、レポートを書かないといけなかったんだ。

 それでパソコンで情報を調べていたけども、余りの難しさに疲れた俺は、知らずに夢の世界へ入り込んだってとこだろう。


 パソコンと共に机に置かれているレポート用紙を見ると、二枚のうち一枚は埋まっている。

 時計を見るとまだ三時程なので、全然間に合いそうだ。

 寝てしまったことも、残りの文章を書くための長めの休憩だと思えば悪いことではない。

 だが、それにしても————


(嫌な夢だな・・・・・・)


 あの時の情景を思い出すたびに胸の奥から闇が這い出してきそうな気がする。

 形ない虚無感に思わず拳を振り落とす。

 結果机を殴ってただ痛いだけだったが、気持ちが少しは紛れた。

 俺は気を取り直して目の前の課題レポートに集中する。


 ————結局まとめに思った以上に手がかかり、レポート作成が終わったのは朝日が昇るころだった・・・・・・









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る