3話
それからいつもの分かれ道で杏子と分かれて家の前へ着くまで、あの言葉がエコーしてなかなか離れてくれなかった。
すっきりしない思考回路で家の鍵をポケットから取り出し鍵穴へ差し込む。
ぼんやりと鍵を回して扉を開けようとするが、ドンッっと鈍い音が響いただけで扉は開かなかった。
どうやら鍵を逆に回してしまっていたらしい。いつもはする事のない失敗をおかしてしまう自分のメンタルがおかしく、苦笑いを浮かべる。
もう一度鍵を差し込み、今度は落ち着いて鍵を回し扉を開いた。
それと同時に台所で料理をしている母の声が出迎えてくれた。
「お帰り。夜ご飯はまだだから待っててね」
ただいま、とだけ言い自分の部屋へ向かう。
部屋に入るとすぐにパソコンを立ち上げる。
本当は即刻ゲームでもしたいところだが、今日自己紹介で潰れた分の総合でやるはずだった授業内容の、レポートを書かなければならない。
担任には、来た時に出せばいいと言われているので今日書かなくてもいいのだが、こういうものは忘れないうちにやってしまうのが自分のスタイルなので、今回もそれに従うことにしただけだ。
レポートの内容は『自分の親の仕事について』だ。
どうやらこれは小学校の時からやっている将来の仕事に関する教育の延長線上にあるものらしい。
近頃は共働きの世帯が増えてきているようだが、我が家は父親が国際的な組織で科学者をやっており、収入がそこそこ多いため、母親は仕事をしていない。
検索エンジンを立ち上げ早速父の仕事場である、国際生物学研究所のホームページを開く。
そのまま活動内容の欄に入ろうとしたところで、ホーム画面にある近況報告内の一つの記事が目に留まった。
『研究所で教育を受けていたインファーナルが脱走』
インファーナル————それは生まれながら超常的能力を授かった能力者の事である。
初めて存在が発覚したのはアメリカで起きた飛行機事故だった。二十年ほど前、日本からアメリカへ飛んだ旅客機インフィニティスカイ1224号が旅の終わりほどで突如吹き付けた暴風によって制御を失い地面へ頭から衝突。機体は木っ端微塵に吹き飛んだ。事故跡地の無残な状況を見た人々は誰もが生存者は0だろうと思ったらしい。しかし、機体の落下跡の中心で一人の少年が見つかった。その少年は危篤状態ではあるものの生きていたのだ。世界の人々はその少年が生き延びたことに喜んだが、その後調査団が事故の状況を調べた結果を聞き戦慄する。調査によると、高速での急降下によって機体に700Gというとてつもない力が加わり、中にいるのがどんな人間だったとしても押し潰されてしまうという事だった。事実この事故で死体はすべて押し潰されてしまい一つも見つかっていない。つまりただ一人残っていた少年は生きていられるはずが無い————いや、生きていてはいけなかったのだ。人々の歓喜の対象だった少年は一変して人外の化け物として見られ、いつしかこう呼ばれるようになった。
≪Infernal kid≫ と、
人々の間でこの呼び名は世界に広まり、最終的には前の部分だけをとってインファーナルという名で定着した。
一方世界のトップではこの少年をどのようにするか議論を交わしていた。多くの国では『即刻殺さなければ世界に危険が及ぶ』、など差別や偏見から根拠のない事を言い少年を殺そうとした。しかしこれを不憫に思った日本の科学者は『根拠もなくどのような物か分からずに無かった事にしてしまう方がよっぽど危険だ』と発言し、生き残った少年を日本の研究機関で調査?―??もとい保護することになった。
長い間研究をした結果分かったことは以下の通りである。
1.インファーナルは生まれてくる際にDNAに何らかの異常が起こり誕生した人間の亜種である。
2.インファーナルは遺伝はしない。
3.インファーナルは世界中で誕生しているが危機的状況に陥らなければ能力が出てこないため確認することは難しい。
4.2ゆえに能力はそれぞれである。殺傷力がある力もあれば、脳が常人よりも優れていたり、体の耐性が異様に高くなる(少年はこのタイプだった)だけで他人には全く影響がない場合もある。
5.能力が現れるのは子供のうちに限る。
6.以上より能力者をただ除去するという行為よりも保護と教育を行い、能力を正しいことに使うことでさらなる人間社会の向上を図ることができるはずだ。
この研究で分かったことを踏まえ国際生物学研究所に作られたのが、異能力者教育施設、別名インファーナルズ・スクール(infernal's school)だ。
今回の脱走事故はこの施設で教育中だった日本人の弱い能力者が逃げたらしい。
普通だったらすぐに捕まって、施設に戻されるのだが今回は逃げた能力者の手際が良く、さらに能力が七変化(自分の見た目を変えることができる)だったために1ヵ月近く見つからないらしい。
(そういえばここ最近父親の帰りが遅かったがこういう事だったのか・・・・・・)
もともと俺はニュースなど年に十回見るか見ないかぐらいの者なのでまったく気づかなかった。
俺はしばらくこの記事を読んでいたが、今はレポートを書いていた事を思い出し、慌てて活動内容にページを変える————が、
「なんじゃこりゃ!? 絶対普通の人に読ませる気ないだろ!!」
そこに書いてあったのは専門用語専門知識のオンパレードだった。
あまりにもマニアック過ぎてその道の者でなければ一ページを理解するのに2、3時間は必須だろう。
それでもめげずに最初の方の文章を読んでみたが、目が痛くなってきたので諦める。
(こりゃ駄目だ・・・・・・もっと分かりやすいサイトを探そう・・・・・・)
俺は常人でも理解できる心優しいサイトを探すが、期待したものは一向に出てこない。
どうやら向こう側で規制をかけているようで、許可がないとこの機関の研究内容などについて勝手にインターネット上にアップすることはできないらしい。
となると、後は父親に直接聞くしかないのだろうが、帰ってくるのはまだまだ先だろう。それに疲れたところ聞くのも申し訳ないので、今度休みでゆっくりできるときに聞くことにしよう。
頭をフル回転してそこそこの時間集中したおかげで疲れてしまった。
椅子の背もたれに体をあずけて大きく伸びをする。
「んーーーー、はぁ————ん?」
伸びをしながら、ふとパソコンの画面を見るといつの間にかメールの通知が来ているのに気づく。
メールボックスを開くと杏子から『明日も学校来い!!』という題名のメールが送られてきていた。
何となく嫌な予感がしたがスルーする訳にもいかないので恐る恐るメールを開く。
そこには
———————————————————————————————————
送り主・南杏子
題名・明日も学校来い!!
内容・悠はもっとクラスのみんなと楽しむことが重要だと思うの。だから明日も学校に来てもらいます!! 約束だから当然だよね?(^^)それでは明日七時半にそっちに向かうので準備しておいてね。
追伸 夏美ちゃんも家が近いそうなので一緒に行きます。女の子二人と登校できるなんて幸せ者め!
—————————————————————————————————―—
・・・・・・マジかよ。
アイツはやると言ったら絶対にやる。こっちがどれだけ長い間引き籠って、日をまたいだとしてもアイツは一緒に登校しようとするだろう。
二日連続で登校なんて何年ぶりだ? もしかして俺の心に穴が空いたあの時以来かもしれない。
正直なところ行きたくないというのが本心だが、杏子が学校に行かないってのはもっと困る・・・・・・それに帰り道の約束の件だってある。
中学生の時に比べれば感情が出てきて人並なコミュニケーションが取れるようになり、傍から見れば傷は治ったかのように見えるのだろうが、あの時俺にぽっかり空いた空洞はいつまでも居座り続けている。
杏子が俺に早く元に戻って欲しいのは分かるが、これはちょっとやそっとでどうにかなるような問題ではない。
どうしようか・・・・・・
こうして今日何度目になるか分からない悩み事に入っていくが、階下から聞こえてくる母親の声に中断される。
「ご飯できたわよー早く降りてきなさい!!」
ベッドの上に置かれた小さい頃から使っているシンプルな目覚まし時計を見ると、既にとっくに七時を過ぎている。
(また深く考えすぎたな・・・・・・ここは一旦考えるのをやめて飯でも食うか)
思い気持ちを切り替えてパソコンを閉じる。
そして夕食をとりに部屋を出ようとドアノブに手をかけたとき、向こう側からドアが開けられた。
ドアが額にクリーンヒットし仰向けに倒れる。
「————ったぁ・・・・・・」
「起きなさい————ってあれ?返事がないから寝てるのかと思ったら起きてるんじゃないの。ちゃんと返事ぐらいしなさいね」
どうやら寝てると勘違いした母親が入ってきたらしい。
しかし半分は自分が悪いがこの状況を見てごめんなさいぐらいは言ってほしいものだ。
「寝転んでないで早く降りてきなさい。ご飯が冷めちゃうわよ・・・・・・あれ?おでこ赤いけど大丈夫?」
最後だけ少し声のトーンを下げて心底心配そうに言ってくるのを聞いて、あることに気づいた。
(・・・・・・ん?これはまさか自分がやったと理解してないパータンですか?)
謝罪が無いのも、謝る気が無いのではなく、本当に気づいてなかったかららしい。
本気で心配してくれているようで、今更文句を言うにも言いずらい・・・・・・
怒る気も失せ、後に残った痛みだけがズキズキと虚しく響く。
「だ、大丈夫だから・・・・・・今行くよ・・・・・・」
「ほんとに? それじゃあご飯食べよ」
これは謝る気が無い場合よりもずっとたちが悪いな・・・・・・
「ハァ・・・・・・」
今日何度目になるか分からないため息と共に立ち上がる。
と、部屋を出ようとしていた母が急に振り返った。
「そういえば忘れてたけど、杏子ちゃんのママと相談して、明日ママ友でパーティーやる事にしたから。家の中に居られると困るしたまには二日連続で学校に行きなさい」
それだけ言うとそのまま部屋を出ていく。
俺はその場に立ち尽くした。
(あ・い・つ————)
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