2話
「き、今日このクラスに転校してきました、
教壇の前に立って廊下で杏子とぶつかった少女が自己紹介をする。
なぜ廊下で迷っていたのか分からなかったが、転校生だとしたら当り前だろう。
周りの奴らが興味津々で転校生を見ている中、俺は一人納得した。
一息ついたからか、緊張で固まっていた夏美の表情が少し緩んでいる。
夏美は自己紹介を終えると、いつの間にか増設された俺の隣の席に座った。
————余談だがこの高校では不登校の生徒は皆席が一番後ろになる。単純に席が後ろの方で授業に集中しない生徒を減らすためだ。俺も例外ではなく一番後ろに座らせられている。しかも横8人の構成で生徒数が49人のため俺一人だけが7列目にいる状態になっている。
つまり何が言いたいのかというと、転校生が来た場合は必然的に俺の隣になるということだ。
俺は一人でボーっとできるこの席の場所が好きだったので出来れば転校生など来てほしかったのだが、しょうがないだろう・・・・・・
少し陰鬱な気分でノペーと机の上に上半身を預ける。
というのも転校生が来てほしくないのは他にも理由があるからだ。
担任の小野塚が、夏美が席に座ったことを確認すると口を開く。
「よし————ちょうど一時間目は道徳だから自己紹介をするぞ。皆、内容を考えておくように」
そう、自己紹介だ。
クラス替えや転校生が来たときに行われる儀式である自己紹介だが俺にとっては面倒くさいことこの上ない。
まず、俺には自己紹介の時に紹介できることが名前とその他生まれ持った物ぐらいしか無い。
好きな食べ物は無いし、嫌いな食べ物もない。将来の夢はないし、これまでやってきた功績もない。
唯一ネットが好きだという点はあるがそれは自己紹介で言うことではない気がする。
そんな俺に何を説明しろと?
さらに俺は人づきあいが悪い。
人のために会話を合わせるってこともしないし、嫌いな相手にわざと優しく接するってこともない。
そのせいでほとんどの人からは話しても面白くない相手として認識されている(例外はいるが)。
ごたごた書いたことを一行でまとめると、
〝俺には自己紹介なんて無意味なものでしかない〟
ということだ。
(どうしようか・・・・・・適当なこと言って誤魔化すか? でもそれで何か誤解されると困るしな・・・・・・)
俺が自己紹介の題材に葛藤する中、クラスの十数人が夏美の机へと集まりだした。
やはり転校初日とだけあって皆話してみたいらしい。
「私は学級委員の
「俺はすべての生徒に名が知れ渡っている言わば評定高校のシンボルともいえる
「あんたはただ問題児なだけでしょ・・・・・・何も自慢できることじゃないわ・・・・・・」
皆自分の名前その他諸々を覚えてほしい様だが、当の本人は真っ赤な顔で目を回しており声が届いていない。
他の人と話すのが苦手らしく一度に多くの人に話しかけられたせいで、オーバーヒートしたらしい。
これじゃ完全に逆効果じゃないかと、呆れて聞いているとよく知った声が聞こえてきた。
「私は南杏子っていうの。さっきは頭ぶつけちゃってごめんね・・・・・・今日から2-19のメンバーどうしよろしく!!」
腕の隙間から横目で見てみると杏子が夏美に顔を寄せて話しかけているのが分かった。
いきなりたくさんの人に話しかけられてあたふたしていた夏美だったが、見知った顔である杏子に話しかけられたことで安心したらしく、少し落ち着きを取り戻す。
「もう痛くないしさっきの事はもう気にしてないから・・・・・・今日からよろしくね」
その答えを聞いて杏子はのほほんとした笑みを浮かべる。
「よかったー。さっきから喋ってなかったから心配したよ・・・・・・何か困った事があったら私でも光流ちゃんでも、そこで寝てるふりしてチラ見してる悠でも誰にでも言って良いんだからね。そうでしょ、悠?」
杏子の話を聞いた奴らが俺の方を見てくる。
(げっ————アイツ変な所で俺に振ってきやがった・・・・・・)
無視しようかと思ったが、この状況での無視は盗み聞きしていたようにしか聞こえないだろう。
ハァと心の中で一つため息をついて、腕を伸ばしたまま顔だけを横に向ける。
「ああ、九九から人生の意味まで何でもバッチコイだ————移動教室の場所は教えるのメンドイから他の人に頼むがな」
俺がそういうと夏美は今までの緊張はどこへやったのやら、心からの笑顔を浮かべた。
「ありがとう皆・・・・・・これから頑張るね!!」
どうやらクラスの気持ちは届いたらしい。
集まった人もその事を察したらしく、夏美の周りに暖かい空気が流れた。
すっかり安心した声で夏美が問いかける。
「じゃあ・・・・・・・誰か移動教室の場所を教えて?」
刹那、その言葉に暖かかったはずの周りの空気が一気に氷点下まで下がる。
温もりを運んでいた風も心なしか冷たく感じる。
数秒の沈黙の後、時はやがて動き出す。
「そろそろ授業始まるから席に戻らないとなー(棒)」
「さぁて準備準備っと(棒)」
俺も顔を下に向け直して無視を決め込む。
一瞬にしていなくなった人の跡には笑顔のまま固まった夏美だけが残された。
「・・・・・・・・・・・・。」
◇
「今日は忙しい一日だったな・・・・・・」
帰り道、西の空が段々と赤色に染まっていくのを眺めながら誰に向かってでもなく口にする。麟雲の上部だけが光を受け、仄かにオレンジ色をしていた。段々とその光も消えゆき、最期に一筋の光を残すのみ。
久しぶりの登校がこんな事になったせいでかなり疲れてしまった。
あの後自己紹介(あれだけ悩んだのに結局授業時間内に俺の番は回ってこなかった)やら歓迎パーティー(騒ぐだけで夏美を歓迎しているようには思えなかった)やら、俺が嫌っているものばかり行われたせいで体の疲れよりも精神的なダメージの方が大きい。
「そう? 夏美ちゃんも喜んでたし今日はとっても楽しい一日だったよ?」
横で同じく疲れ気味の杏子が答える。
かなり小さい声で呟いただけだったのだがどうやら聞こえていたらしい。
他人と接するのが嫌いな自分はともかく、騒ぐのが好きな杏子はかなり楽しめていたようだ。
なんせ転校生が来て、来週の評定祭に向けて士気が高まっており雰囲気はいいのだが、俺はそれについていけていない。
そうだとしても、毎日登校する訳ではない俺に大した影響はないのだが。
「まぁ・・・・・・明日は登校しないわけだしたまにはこんな日があってもいいかな」
俺の言葉を聞いた杏子は何故か頬をぷくっと膨らませて怒ったように言う。
「悠はもっと素直な心を持った方が方がいいと思うよ」
そうは言われてもな・・・・・・俺は物事を心から楽しむ素直な気持ちなど、とある日を境に捨て去ってしまった。
正直今の空虚な自分の幸せよりも、心から物事を楽しめる杏子の幸せの方が優先順位的には上にある。
いや、そもそも〝生きるという気持ち〟すら一度捨て去ってしまった俺に素直な幸せなんて望めるのだろうか?
哲学的思考に入りかけ返事をしない俺を見て杏子が茶化すように、
「もう、ちっちゃい時から悠は素直じゃないんだから」
「お前は近所のおばさんか」
「ナイスツッコミ♪少しは素直に反応する心持ってるじゃん」
————不覚・・・・・・テンプレレートネタを前に本能的ににツッコんでしまった。
思わず頭を抱えた俺の姿がおかしかったのか杏子は肩を震わせながら笑う。
気まずくて杏子の方を見るのが辛くなりもう一度空を見上げた。
少し前とは比べ物にならないほど真っ赤な夕暮れに向かって俺は
「お前が楽しそうで何よりだよ」
半分は心から、半分は単純な頭だなという皮肉を込めて言った。
普通の人なら怒るか受け流すかするだろうがこいつの場合は素直に喜ぶかもな・・・・・・
そう予想して返事を待つが一向に返ってこない。
気になって杏子の方を向くと————悲しげな表情をしていた。
杏子の足が止まり、それにつられて俺も歩くのをやめる。
そして杏子はこっちを向いてゆっくりと口を開く。
「私はもっと悠に楽しんでほしいな」
その言葉にはいつもの軽さは無く、重い響きがあった。
「っ・・・・・・」
「努力はするよ」
それでもこれが精一杯だった。
しかし、これだけでも言いたいことは伝わったらしい。
いつもの表情に戻って杏子は言った。
「約束だからね」
「————ああ・・・・・・」
それだけ言うと何事もなかったかのように再び杏子は歩き出した。
杏子は昔からそうだ。思えば、ここぞという時にこのギャップを見せられハッとさせられたことが何回もある。度々思うのだが、杏子の本当の姿はどちらなのだろうか?
フッと我に返ると既に二人の距離が空いている。
(参ったな・・・・・・これじゃ朝とまったく逆じゃないか)
置いてけぼりを食らった俺は、慌てて杏子の後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます