3-5 奴隷女Ⅳ

 彼女たちに名前はない。

 奴隷という身分以外には何も与えられることはなく、その一生を終えるまでの間奴隷であり続ける。そんな彼女たちにも呼び名はある。

 『フェリ』それが彼女たちの呼び名である。

 誰が言い始めたのか解らない。それでも下層階級の人々の間ではその名を知らない者はいないという。

 脈々と受け継がれている名である。

 一説によると下層階級の人々が生み出した女神―新興宗派(とでも呼べばいいのだろうか)だという。

 つまりこの屋敷にいる奴隷(女性)は皆フェリということになる。

 同じ奴隷という身分ではあるが男と女とでは仕事の内容が違う。

 男は主に肉体労働。若い男は人馬として働き身体を壊して死ぬ。運よく生き残ってもろくな装備もなく狩りへと駆り出され猟犬の代わりをさせられる。ここで多くの者は獣に食い殺される。さらに事あるごとに骨董品こっとうひんの剣で試し切りにされて男の奴隷は死ぬ。今こうして生きている奇跡に感謝した瞬間にも殺されてしまうかもしれない死と隣り合わせの生活を続けてもう何年になるだろうか。一年、二年になるだろうか。必死に今日まで生きてきた。それもすべては元居た世界へと帰るためである。

 流れ行く季節の中で初めて奴隷としてともに仕事をした仲間はもう一人として残っていない。

 最早、泪など枯れ果ててしまった。もし僕が再び泪を流すとしたらと共に僕らの日常に戻ることができた日だろう。その時にはきちんと伝えよう。このいまでも育まれている想いを自分の言葉で。


 そして今日も僕はの仲間を手押し車へと積み込む。

 手押し車から零れ落ちた手を拾い上げる。

 人としての温もりを失ったその手に一滴の雫が落ちた。

 少年は空を見上げた。雲一つない晴天の青空が歪んでいた。

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