3-7 ツンデレ少女Ⅱ

 借り物の傘をくるくると回しながら、濡れたアスファルトの上を駆ける。

 人とすれ違うたびに傘や肩がぶつかる。

 「失礼♪」

 普段のトーンとは異なる声でお詫びの言葉を口にする。

 人混みなど全く意に反すことなく不慣れなスキップを踏む。

 (久世くぜくんと話せた♪)

 足取り軽く人波を縫うように進む。

 少女は恋をしていた。

 本人にその自覚はない。

 クラスの人間はおろか家族にも気取られてはいない。

 少女は自他ともに認めるツンデレ気質である。

 素直に感情をさらけ出すことのできない少女は、意中の男子に冷たくあしらってしまう(本人的には勇気を振り絞ったコミュニケーション)。

 明日も会う約束しちゃった! 

 興奮を抑えきれない少女は雨が止んでも傘を差し続けたまま自宅までスキップを続けた。

 自宅までの道のり、少女が道行く人の目を引いたのは言うまでもない。

 

 少女は部屋へと駆け込み震える手をもう片方の手で押さえながら鍵を閉める。

 扉の前にへたり込む。

 なんなんだよお前はッ! 殺すぞ! やめてッ! ガシャンッ、バリンッ―。

 扉一枚を隔てて少女の日常がそこにはあった。

 怒号と泣き叫ぶ声が鳴り止まない。家具が倒れ食器が割れる。少女はさしてきた傘を握り締めていた。

 自分の部屋が水浸しになることなど気にも留めず濡れた傘を部屋へと持ち込んでいた。

 濡れた傘を抱くようにして時が過ぎるのを待つ。

 思いのほか濡れた傘は冷たい。それでも私の家族よりは暖かいとため息交じりの笑みを浮かべる。

 少女の瞳には諦めの色が見て取れる。

 膝を抱えて縮こまる。その姿は外出時の少女からは想像もできないほどか弱く、はかなげなものだった。

 

 どれだけの時が経っただろうか。ガクガクと震える膝に手を当てて何とか立ち上がる。窓際まで歩き、使い古されて日焼けで色の変わってしまった。元々ネイビーブルーのカーテンをすべらせて外へと眼を向ける。

 「明日は晴れかな」満天の星空を見上げて願う。

 (明日を無事に迎え、過ごすことができますように)

 夢も希望もない少女の願いは誰にも届くことはなかった。


 昨日とは打って変わって青々と澄んだ空に太陽の陽射しを身体に浴びる。気分は光合成をしているかのようだ。天候一つで人間の気分は左右される。人間って簡単な生物なのかもしれない。そして、傾斜角度の中々に厳しい坂道をゆっくりと歩いて登ってくる少年を見つけて心音が大きくなる。バクバクと耳元に心臓があるのではないかと錯覚するくらいに五月蠅うるさい。やはり私も簡単な人間なのかもしれないと少女は苦笑する。

 手を挙げて振ろうとしたところで間一髪踏みとどまり、軽く手を挙げただけに留める。

 人前では決して素(デレたりしない)を出すことはない。

 (でも、何か久世くぜくんは温かい)

 甘ったるいスイーツのような病み付きになる感覚を覚えて思考を切り替える。

 (私と一緒に居たら久世くぜくんに迷惑かけてしまう……)

 そして少女は少年に「ほら、ちゃんと返したぞ」と傘を投げつけた。

 

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