3-3 奴隷女Ⅱ

 「フェリ? どうしたの大丈夫?」

 「ええ、大丈夫よ」と答える彼女は額に大粒の汗を浮かべて何かに耐えるように手を握り締める。

 彼女は私たちの中でも特にご主人様の寵愛ちょうあいを受けていた。

 それはつまり私たち奴隷の中で最も重労働を課せられているということである。

 私たちは貴族共からしてみればただの消耗品に過ぎない。

 消耗品は壊れたら取り替える。私でもそうする。それはあくまでモノに限定されるが、貴族共は奴隷を人間とはみなしていない。それが《ドエグモレク》という世界に生まれた者の定めである。

 

 《ドエグモレク》はかつて人間と魔族を二分する戦いがあり、その戦いにより大陸は二つにへだたれたと伝えられている。長引く戦いに女神族が介入し、半ば強引に戦いを収めたという伝承がある。

 そして現在、魔族は人間の領土には一切姿を見せることはなく、その存在は神話、物語の中の想像上の存在となりつつある。

 人間至上主義。それが世界の理であるこの世界は私たちにとって最悪の環境と言うほかない。

 奴隷は家畜以下の扱いを受け、捨てられる。それが早いか遅いかという違いしか奴隷にはない。

 そして私たちの仕える―買った貴族の名はファラン・ドフト・ニール・バスティア、人間領土において最大の都市国家スタンフィードの侯爵である。 

 自分の娘に対して欲情するという胸糞悪い趣向を持つ男で、その欲情を奴隷相手に発散している。

 そんな趣向の持ち主は幼い女に対してしか勃たないらしい。気持ち悪いことこの上ない。

 そんな男の下には十代の女奴隷しかいない。男奴隷の殆どは買われて一、二年のうちに死んでゆく。

 それに比べれば女は二十を迎えるまでは確実に生かされる。スタンフィードでは十六で成人とみなされるのだが男は二十までは子供という認識らしい。二十を迎える前日に犯され、翌日には使用人の慰めものとなり最後には新しい武器の的にされ死を迎えるのがこの屋敷の女奴隷の末路である。

 

 横たわる彼女に何もしてあげることができない。

 薄汚れた衣服で汗を拭い、背中をさすってあげる。

 自分の存在がちっぽけななものであることを痛感させられてしまう。

 「ごめんね。何もしてあげられなくて」

 目を伏せたまま声を掛ける。

 「気にしなくていいよ。もともと体は強くなかったから。あのジジイから変な病気でももらったのかね?」はぁはぁ、と呼吸が荒く、肌の血色も悪い。

 「大丈夫だよフェリ。私たちみんなが付いてる」

 「うん、ありがとう」そう言って瞼をゆっくりと下ろすと寝息を立てて眠りについた。

 

 翌日―。

 フェリの体は冷たくなっていた。

 

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