2-17 密談Ⅱ

 男の足取りは重々しく、見えない誰かお背負っているのかと思うほど域は荒く脂汗が浮かんでいる。お付きの黒服に待つように言いつけこちらに近づいてくる。四、五十メートルほどしか距離はないのに一向にその姿は大きくならない。

 遅い! 気が短い私は急かすように営業スマイルを顔に貼り付け手招きをする。

 (はよ、こんかい! おっさんッ!)

 「操。やめなさい」

 「すみません」

 (怒られたやないか。どないしてくれんねん!!)

 「みーさーおー。やめなさい」

 彼も笑顔ではあるもののその瞳には怒りの感情が見て取れた。

 怒られてしまった。それもかなり本気マジのヤツだ。

 ようやく双方の距離が適度なものとなったところで彼が話を切り出す。

 「それで一ノ瀬大臣、今日はどのようなご用件で?」

 「ああ、実はな魔導学院の内情を探ってもらいたいのだ」

 「それなら以前にも調査を行い報告書を作成した記憶があるのですが?」

 またですか? という表情を見せる彼などお構いなしに大臣は話を進める。

 「今年度新たに入学した異能力者の情報が我々の手元の資料と異なるのだ。Aクラスの学生も我々に何の通達もなく移動させている。Aクラスの学生は日本国にとっても貴重な戦力だ。それらを政府に相談もなく勝手に動かされては困るのだ。しかし、それらの件について何度も問い合わせてはいるのだが、何時まで経っても返答がないのだ。内密に学院が何を隠蔽しているのか突き止めてはくれないか?」

 「すみません」私は手を挙げ二人の話に割って入る。

 「それはつまり、政府は私たち陰陽局に危険な事案を丸投げするということでしょうか?」

 「そのようなつもりはない」威風堂々といった態度で断言する。

 しかし私は政治家の言葉を鵜呑みにはしない。

 「朝廷の時代からお偉方は皆同じことを口にします。最大限の手助けはする。いつでも力になる。実際はいざとなれば切り捨て―るぅッ!?」

 襟を掴まれ後方へと引き寄せられる。

 「操。口を噤んでいなさい」咎める口調で彼は言う。

 仕方なく引き下がりはしたものの眼光鋭くおっさんこと大臣を牽制する。

 「相変わらず怖いなぁ操ちゃんは」

 余裕の笑みで対応するあたり流石は大臣と言うべきだろう。

 「しかし、一ノ瀬大臣。つい先日も天使遊に貢物を献上したばかりではありませんか。その度に我々陰陽局に依頼なされている。私は兎も角、操のように不満を持つ者も多いのも事実。我々は政府の駒ではありませんよ」

 優しい口調の中に強い意志を感じる。

 「わかっているとも。。ところで……」

 「今回の依頼の件でしたらお受けいたしますよ。すでに一人、魔導学院に潜入させておりますので、その者に調べさせましょう」

 また引き受けてしまった。彼はとことん甘い。そんな彼だからこそ殺伐としていた一族を纏め上げることができたのかもしれない。彼を護るため私たち一族は団結したのだ。

 陰陽局局長、安倍明彦あべのあきひこ安倍清明あべのせいめいの再来と言われ、今世最強の陰陽師であり、安倍家あべのけの当主でもある。

 彼はいそいそと電話を掛ける。

 「一ノ瀬大臣。ご自分で頼むのが筋だと思いますが、いかがいたしますか?」

 「うむ……そうだな」

 あまり乗り気ではないが電話を受け取り耳へと当てる。

 「一ノ瀬だ」

 政治家らしい態度で第一声を発する。

 

 一分に満たないやり取りを交わして電話を切る。

 「いやぁ~これで私も面目を保てる」

 政治家としての本音なのだろう。政界のサラブレット(年齢は四、五十代)である一ノ瀬は上にも下にも敵が多いと聞く。

 「それは良かった」微笑を浮かべて彼は電話を受け取る。

 今回の件は私たちが直接動かなくてもいいので一安心といったところである。学院に潜入中のツッキーには申し訳ないが頑張ってもらうしかない。

 「それでは明彦様。私たちも本家の方に戻りましょう」

 「そうだな」

 局長と部下として二人でその場を立ち去ろうとする。

 「あッ、ちょっと待ってくれ」呼び止める声が事の深刻さを伝えてくる。

 駆け寄る中年は息を切らしながら、

 「天使遊のほしいものリストに追加要求があるらしい。調達を頼めるか?」

 大きなため息とともに頭を抱えた彼越しに私はおじさんを睨みつけた。

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