2-15 日常編Ⅻ

 担任の月島は実に気怠そうに頭を掻きながら、ふらついた足取りで近づいてくる。

 「二人とも昨日は何をしていたのかな?」

 意地悪な人だ。

 「寝坊しちゃって」とおどけるように言い訳をする。

 「そうかい、そうかい二人揃って?」

 追及の手を緩めようとはしない。担任としては正しいのかもしれないが正直、面倒でしかない。

 「そんな日もありますよぉ~」ルームメイトに目配せ。

 「あっ、えとぉ……はいぃ」言葉では肯定しているものの視線は泳ぎ、指遊びも目立つ。隠しきれてないぞ。ルームメイトは紡ぐ言葉を必死に探している。

 期待しない方がよさそうだ。手をかざし口を噤むように指示する。

 ルームメイトは両手を口の前に持って行き、「これ以上は口を開きません」と意思表示をする。

 少し露骨なアピールに心の中で嘆息する。

 どうしたものか……これ以上の言い訳は厳しい。

 ―んッ!? 

 「先生。電話みたいですよ?」

 「ん? そうか?」白衣をポケットを探る。

 ヴーヴ―と規則的な振動を繰り返す通信機器を手に取り、

 「よくわかったな日向」

 笑顔で「そんな気がしたんですよ」と冗談であるかのように笑い飛ばした。

 「気がしたねぇ……」月島は腕を組み深く息を吐く。

 「でなくていいんですか?」

 「ああ、そうだったね」

 誰からかかってきた電話なのかを確認して苦笑して「これからはサボるなよ」と建前上の注意をすると踵を返して北道を戻る。

 電話をしながら振り返り片手をあげて手を振っている。

 声は聞こえないがその表情はにこやかである。

 「せ、先生、優しい人で助かりましたね」

 「優しいねぇ」

 「ど、どうかしましたか?」

 「いや別に何でもないよ。多分ね」

 

 日向太陽は人として生まれながら人の身には余る力を有していた。ただ五感が鋭いだけなのだが、その一つに研ぎ澄まされた聴覚がある。心が読めるわけではないし、これと言って役に立つこともなかった。そんな能力を持って盗み聞き、もとい聞こえてきた話はこうだ。

 

 「―だ。―の件よろしく頼むよ。君だけが―だ」

 「かしこまりました大臣」

 「助かるよ。私も―な身だからね」

 「近日中には」


 それから先の会話は聞くことができなかった。

 月島がこちらを振り返り手を振ってから月島の周囲の音だけが聞き取れなくなった。

 怪しいことこの上ない。

 しかし、考えるのも面倒である。よって、追求しないことにした。そのことが正しいのかどうかは解らないが、厄介ごとに巻き込まれることだけは避けたい。入学前に生死をかけた戦いに、昨日も地味ながらも命を落としかけている。

 これから、この命が幾つあったとしても足りない日常をこれから一生続けていくのかと思うと新国連と対立するテロリストの気持ちもわかる。

 そう言えば、委員長から無断欠席の罰として課題提出を命じられていたんだった。執行部代表、フェリス・スタンフィードのお墨付き(おそらくイジメ)の課題(命令)である。

 課題やらないと委員長、怒るだろうなぁ。

 やるせない気持ちの中、思考を切り替える。

 気分は沈み込む一方であった。

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