2-12 日常編Ⅸ
ゴゴゴゴゴォォと耳に届いた何かが崩れるような音。
「ん~?」
「んッ!?」
「何だ?」
「ンフフフ。落ちてくるぞぉ~」
天井が崩落し、四人の囚人は瓦礫の下敷きにされる。
しかし、囚人たちは無傷だった。
力など使わずとも肉体そのものが人のそれとは違う。
神の定義は未だにはっきりと解明されていないが、他の生物とは明らかに異なる。死ぬことができない。死ぬためには神、もしくはそれに等しい力を行使できる者に殺してもらうほかない。しかし、殺されるのはごめんだ。瞬時に感じ取った。こいつ等はヤバイ、と。
瓦礫に埋もれたまま、隙間から差し込む僅かな光に眼を凝らす。
三人と獣二匹の組み合わせかな?
土埃に浮かび上がるシルエットは人の形をしたものが二つ、そして人よりも一回りも二回りも大きな四足歩行の生き物と、妙に頭の大きな二足歩行の生き物―おそらく人と獣の組み合わさったものの計四つ。
特に頭でっかちのチビが一番ヤバイ。
オレの予感は当たる。
「あの妙に頭がデカい子が危ないな」
「お前もそう思うか」
珍しく意見が合う。
「まあ、毎日見てますからね」
声を潜めたまま話す。
「可愛いじゃないか。ちょっとだけ我儘ではあるが」
「ちょっと、ねぇ」
お前の目は節穴か? と尋ねるような視線を受ける。
「オレはあの子と言うほど絡んでいないからな」
「はあ、あの子の相手は骨が折れるんだよ。誰かさんが手伝ってくれたらもう少し負担も軽減されるのだろうな」
皮肉交じりに罵る。
良心が痛む(笑)。
(まあ、他人の不幸は密の味だから手助けなんてしてやらないけど)
しかし……
「近づいてきてるよな?」
「お前の嫌がらせか?」
冤罪である。
「んな訳あるか。どうやらお前に用事があるらしい」
「ん?」
怪訝な表情を浮かべる。
それにしてもこの男をからかうのは楽しい。
半端者の邪神―半神に翻弄される純血の神。
身体を僅かに浮かせる。
―ゴトッ。
瓦礫の山が僅かに崩れる。
「何してくれてる!?」
「いや~、背中が痒くてな」
握りしめる拳には青筋が浮き上がり、爪は掌の肉へと食い込んでいる。
(おおッ! 怒ってらっしゃるぅ~)
怒りの感情は良い糧となる。
邪神ロキの力の源は負の感情である。
その点監獄は最高のエネルギー補給地となるはずだったのだが、第十階層に関しては負とは無縁の場所である。
(力を取り戻したらさっさとこんなところ出てしまおう)
そのためには―とにかく場を乱す。
(あんまり使いたくないけど……)
《
男が使う魔力じゃないが今は仕方がない。とにかく場を乱したいのだ。
「何をしている?」
「ちょっとこっちに引き寄せてみたり、みなかったり~?」
「いい加減にッ―」
「―あ」
彼が勢い余って立ち上がる。
土埃の中のシルエットが彼を指さす。
(思い描いていた展開とは違うけど―面白そうだからいいか!)
気持ちも新たにちょっかいを出していこう。
*
「死ぬかと思ったぁ~」
「ハハハ、なさけないヤツだな!」
「あー、そうだな」
足が震えていることについて言及しない俺は優しい。
「それでぇ、りゅなちゃんは何やってるのかな?」
「え、えぇっと、大気のクッション? です」
俺以外はそのクッションで助けて―俺は? と口を動かす。
即座に「すみませぇん」と彼女は謝罪するものの一向に改善される気配はない。
怒るのも面倒になってきた。もしかしたらそれが狙いか? いや、そんなわけないな。もし、そうだとしたら人間不信になりかねない。
疑心暗鬼に陥っていると、
―ゴトッ、と瓦礫が崩れる音がした。
少女と、頭にリオンを乗せた幼女とを交互に見る。
聞こえたよな? 言葉にしなくともこちらの目配せから察した少女はカツカツと小走りで数メートル先を行く。
瓦礫の上で足場が悪いため歩幅を稼ぐことができず歩くのと大差はない。
先行した少女が瓦礫に足を取られる。
「―きゃッ!」
盛大に尻餅をつく。
臀部をさすりながらゆっくりと立ち上がる。頭を掻きながら視線を向ける。視線が交わる。しばし時間がゆっくり流れたかと思ったら上気させた肌は桜色に染まり、前髪を垂らすことで視線を隠す。それでも桜色に染まった耳を見れば少女の顔を見ずともその様子は察するに余りある。
「まあ、気にするな」
「……」
まだ恥ずかしいのか?
よくよく見るとか細い腕が進行方向に伸びている。
腕伝いに進行方向を指し示す人差し指。
その人差し指の先へと視線を向けると、
「あッ!」
少女同様人差し指で目的の人物を指す。
薄暗い闇に浮かぶシルエットはこちらを見て(おそらく)額に手をやり天を仰いだ。
まるで苦手としている人物と町でばったり出くわしてしまったというように。
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