2-11 日常編Ⅷ

 「何だコレ?」

 眼の前の惨状に青年は呆気にとられていた。

 周囲は瓦礫の山、山、山である。

 天井が落盤していたら今頃は死んでいたのだろう、と客観的に自分の置かれた状況を確認する。

 それにしても、

 「りゅ~なちゃ~ん?」

 できるだけ優しく同伴者を呼びつける。

 「なんで自分一人だけ安全を確保してるのかなぁ?」

 幾つもの魔方陣を展開させ障壁を作り上げその中に頭が三つある犬と無駄にデカい栗鼠と共に安全を確保している少女へと問いかける。

 「太陽さんなら大丈夫かと……すみませぇん」

 この子はもしかしたら謝っておけばそれで済むと思っているのではないか? そのような考えが頭を占拠する。

 「今度同じことがあったら……ねッ?」

 浮かべる笑みとは対照的な瞳は少女を俯かせる。

 そんなに怖いかな? と自分の人相を確かめるように顔のラインを手でなぞる。

 結構な美男子だと思うのだが、と自分の顔に対して過大評価を下す。

 それよりも、大きな問題は―眼の前で泣き崩れている幼女である。

 迷子だろうか? 

 もし、迷子であったとしてもただの迷子ということはないだろう。何せここは魔導学院第二分校なのだから。


 幼女の名前は天使あまつかゆうというらしい。

 ようやく聞き出した名前に同伴者の少女は慄く。

 「天使……遊? 本物なんですか? ど、どどどどうしましょう」

 少女の視線は右へ左へと目まぐるしく動き、一向に焦点が定まらない。この子はこのまま情緒不安定のまま死んでしまうのではないかと思わせるほどに落ち着きをなくしていた。

 「どうした?」と青年は尋ねる。

 少女は僅かに視線を落として幼女を視界から消し去る。

 「十傑の第七席ですぅ」

 か細い声で絞り出すように告げる。

 十傑の子供。

 以前、フェリスが言っていた子か。

 驚きよりも納得の方が大きく、眼の前の幼女が国家戦力と言われたところで戸惑いなどは微塵もなかった。

 癇癪を起しただけで結界を破ることのできる幼女など、そう何人もいてほしくないものだ。

 「遊ちゃん? お兄さんたちこの人に会いに来たんだけど、知ってるかな?」

 そう言うと、一枚の写真を見せる。

 すると幼女は涙を袖で拭いながらも写真を見る。

 そして、「うん、知ってるゾ。さっきまでいっしょにあそんでた」と答える。

 「遊んでたんだ」知らず知らずのうちにため息が零れていた。

 (あの人は何をしてるんだか。多分だけどこれっぽっちも反省してないだろうな)

 しかし、十傑にも名を連ねる幼女が泣いた理由がポチことケロべロスと戯れようと第一階層に訪れたところ先立って遊ばれていたため、色々な感情が込み上げたらしく、その結果、整理が追い付かなかったらしい。そして癇癪を起して……(辺りを見回す)この有様である。

 学院は幾らお金があっても足りないだろう。

 それでも幼女が責任を負うことはない。何十億を払おうとも国は幼女の御機嫌を優先するはずである。その証拠に幼女が首から下げている手のひらサイズのリスト表には「ほしいものリスト」としるしてある。幼女が書いたと思しき不格好な手書きの文字と達筆な文字で一ノ瀬とサインしてある。

 一ノ瀬? 委員長となんか関係あるのか? 無い頭で必死に考え(ていない)る。

 どうせ、考えてもわからないのだから聞けばいいか。

 考察することを放棄することで一時の解放感を得る。

 「ねぇ、遊ちゃん。一ノ瀬さんって誰?」

 「イチノセ?」

 「ほらこのサインを書いた人」と達筆なサインを指さす。

 すると、「ああ、イチノセか!」と思い出した様子の幼女は「なんでも、かってくれる、おじさん」と何者なのかという部分が不透明なままの回答をする。

 幼女にすべてを丸投げにした自分が悪いと反省。

 「りゅなちゃ~ん。一ノ瀬のおじさんって誰かわかる?」

 さして期待はしていなかったのだが、

 「多分、委員長のお父さんじゃないかと……防衛大臣を務めていたかと思うのですけどぉ……すみませぇん」とかなり有益な情報を得ることができた。

 案の定、国は幼女に「ほしいものリスト」なるものを渡し御機嫌取りをしていた。

 相手が幼女でなければ完全な黒―賄賂となっていたことだろう。

 ふと浮かんだ疑問も解決したところで本題へと移る。

 「遊ちゃん。この人のところまで連れて行ってくれるとお兄さんたちとても助かるんだけど。どうかな?」

 写真を指で弾きながら目的の人物を再確認。改めてお願いしてみる。

 「う~ん……」

 今はもう泣いてはいないものの、子供は一度落ち込むと底なしに気持ちが沈んでしまうことがある。まさしく今のように。

 どうしたものか、と思案する。キュッと小さな鳴き声。

 栗鼠―もとい、栗鼠ライオンことリオンが三つ首犬(ポチ)の脇で鳴いていた。

 あっ、そうだ。

 「ねぇ、遊ちゃん。ちょっとこっちに来てごらん」

 手招きをする。

 とぼとぼと近づいてきた幼女を抱え上げ、ポチの背中に乗せる。

 「ポチに乗っていこうか?」

 すると幼女の瞳には見る見るうちに輝きが戻る。

 「うんッ!」と急に元気を取り戻した幼女はポチの背中ではしゃいでいた。

 (やっぱり子供だな)

 「そのこも、だっこしたい!」

 幼女はリオンを指さす。

 「いいよ」

 (体重はライオンのままみたいだから馬鹿みたいに重いけど)

 しかし、幼女は片手でリオンの首元を掴み持ち上げる。

 その様子はまるで悪さをしてつまみ出されるどら猫のようである。

 「大丈夫?」

 「だいじょうぶ。かんだりしない、とってもいいこ」

 (心配しているところが違うんだけど……まあ、いいか)

 「しゅっぱつ~」

 元気を取り戻した幼女を先頭に先を急ぐ。

 

 ピキピキ、何の音だ? 天井からはパラパラと土埃が降る。

 嫌な予感がするな。

 次の瞬間―見事に予感は的中した。

 足元が陥没。

 あッ!?……オワタ?

 まっさかさまに暗闇の中へと落ちて行った。

 信仰していないどこぞの神様に祈っていた。

 「助けてくださいいいいいいいぃいいいぃぃぃぃぃぃぃ」

 「きゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―嫌あああぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 「ダハハハハハハハハハハハハ―おもしろいな!!」

 「「面白くないッ!!」」

 見事なユニゾンであった。


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