2-10 日常編Ⅶ

 あ~あ、やっぱり泣いちゃったんだ。

 見事に予想が的中して上機嫌の雷神は腕を頭の後ろで組み大きく伸びをする。

 看守長は上の始末に追われていることだろう。

 しかしどこの馬鹿がアポも取らずにこの地下の大監獄へと足を踏み入れたのやら。よほどの馬鹿か、よほどの自信家。もしくは……考えても仕方がないな。どうせ上の様子をこの目で見ることは敵わないのだから。暇を持て余した神々の収監されている第十階層には現在四人が収容されている。

 そのうちの一人が実に楽しげに天井を眺めていた。

 「新入りが来たのか?」

 また別の囚人が訪ねる。

 「いや、あの感じは違うだろ。囚人服も拘束具もつけていない。もし、囚人だとしてもこの階層ではないだろう」

 囚人の問いに答える囚人。

 ここの囚人の仲は中々に良好である。

 しかし、それぞれの立場は多岐にわたる。

 「なぁ、神崎ぃ。お前また何かやったのか? 馬鹿だよなぁ、お前。大人しくしていればいいものを、わざわざこんなところに来やがって」

 人を見下すかのように嫌味な笑みを浮かべる囚人。

 十数メートル先にある独房に居る男は何かと絡んでくる。

 「アナタは随分と暇なのですね」

 「いやいや、お前も暇だろう? ここに居る連中はどいつもこいつも暇を持て余しているだろう。俺たちみたいに」とこれまた人の神経を逆撫でする笑みを浮かべる。

 ちなみに、この囚人はタルタロス第十階層一番の古株である。正確には、この囚人のためにタルタロス―魔導学院第二分校が設立された。

 すなわち、事実上の第二分校所属と言っても過言ではない。

 「ところでさぁ、お前、オレと組まない?」

 突然の提案にも動じることなく答える。

 「断る。ついでに死ね」

 「お前なんでオレのことそんなに嫌ってるの? オレ何かした?」

 「いいえ、俺には何もしてないですね。でもアナタを信頼しろというのは無理な話だ。何せ、アナタは第三次世界大戦の元凶でしょう。だからここに収監されている。そんな人間―神様は信用できない」

 背中を丸めて気怠さを醸し出しつつ世界を恐怖へと突き落とした神は自らの言い分を口にする。

 「別にオレは戦争を引き起こすつもりはなかったんだよ。ただちょっと悪戯心が疼いてな、遊んでもらおうかと悪戯に奔走した結果が、たまたま、戦争にまで発展してしまっただけなんだよ」

 悪びれる様子のない神は不敵な笑みを浮かべる。

 「でも第三次世界大戦は七日セブンデイズで終わっちゃたからなぁ。でも最高に面白い時間だった。今度やるならもっと楽しむつもりだけどな」と笑う。

 北欧神話に登場する神、ロキを名乗る囚人は狂気に満ちていた。

 

 北欧神話が神崎徹の力の起源ルーツである。

 雷神トールは北欧神話において重要な位置づけにあり、その特質を神崎徹は備えている。それは扱うことのできる能力だけでなく性格なども起源の影響を大きく受ける。それが神になることの代償と言えるのかもしれない。

 神崎だけではなくすべての神は同様に起源に何らかの形で影響を受けている。

 そして神崎とロキの仲が険悪なのも致し方ないことである。

 北欧神話において雷神トールは邪神ロキに幾度も騙され最終的にはロキの子であるヨルムンガンドと死闘を繰り広げ相打ちとなり死を迎える。

 それでもロキと最も仲のが良いとされた神は雷神トールであり、アース神族でありながらその体に宿敵ヨトゥン(巨人)の血を引くロキは最後まで神と巨人の間で葛藤があったのかもしれない。しかし、最終的には神々と敵対し、光の神、ヘイムダルと相打ちとなっている。

 そして、自らをロキと名乗る囚人もまた、邪神ロキの特質に影響を受けているのだろう。

 敵対する運命にあるのであれば、慣れ合う必要はない。

 それがお互いのためなのだ、と神崎は決意を強める。

 全ての異能力者の救済。異能力者の中には神崎のような神と呼ばれる者たちも含まれている。神を救うことは容易なことではない。なんせ各々が世界を手中にできるだけの力を有しているのだから。そうした存在を救うなど烏滸がましいことなのかもしれないが、それでも神崎の目標は依然として尊大なものであった。

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