2-9 日常編Ⅵ

 凄まじい衝撃に超高層ビルは大きな揺れに見舞われる。

 地震かな? 突如として襲った揺れはこの超高層ビルにしては大きいものだった。

 魔導学院を取り囲む形で聳え立つ六つの超高層ビルは異世界の技術を用いた超越技術オーバーテクノロジーを駆使して作り上げられた言うなれば完全無欠にも等しい鉄壁の要塞でもある。耐震対策にも抜かりはない。マグニチュード10を観測するような大地震に見舞われたとしてもビクともしない筈だ。

 千里眼を用いて外界の様子を窺う。

 特に変わった様子はないようだ。

 「トト、外の様子は?」

 すぐ脇に控えていた傍観者に尋ねる。

 「外界に被害は出ていないようですね」と制服の内ポケットから取り出した携帯型通信機器の液晶画面に映し出されるニュースを見せてくる。

 液晶画面の中では女性アナウンサーが最近話題だというツチノコ鍋を頬張っていた。「おいしい~」「見た目と違って柔らかいんですねぇ~」としょくれぽを続けている。

 「うん、確かに外にはこれといった影響はないようだな。それにしてもツチノコと言うのは旨いのか? 四半世紀前には観賞用愛玩動物として一世を風靡していたらしいが、十数年前には繁殖拡大による環境破壊が問題になり、一時は駆除対象動物だった生き物が今や食用動物とは、波乱万丈な人生―もとい、ツチノコ生? を送っているな」

 最早、後半の話題はツチノコだった気もするが、ニュース画面には速報の文字すら表示されていない。

 未だに女性アナウンサーはツチノコ鍋のしょくれぽを続けている。「うわぁっ!? これなんですかぁ~」「ツチノコの生血!」スッポンの代用品と化しているツチノコの現状を横目で見ながら、

 「それで、さっきの揺れの原因は?」

 「おそらく、学院の地下からかと」

 「地下?」

 「ええ、地下です。あそこには色々と厄介な連中もいますし、学院に影響を与えることもあるかと」

 どうしようもありませんと首をすくめる傍観者。

 「様子見てきてくれるかい?」

 鳥のお面をしているために表情を窺い知ることはかなわないが、いい顔はしていないだろう。

 「ンフフ。勿論、お断りいたします」

 「そんなに嫌かい?」

 「そんなに嫌です」

 「仕方ないね。後でフェリスにでも様子を見に行かせようか」

 するとそれは愚策と言わんばかりに傍観者が割って入る。

 「弟君に報告をさせればよろしいかと考えますが」

 「ああ、それは無理」即刻却下を言い渡す。

 「何故です?」

 「だってアイツ何にも理解してないみたいだし」

 「どうゆう意味でしょうか?」

 「簡単な話だよ。俺とアイツとは目には見えない何かでのさ。だから

 納得はしていないようだが、それ以上踏み込んだことは聞いてこない辺りが超一流の傍観者たる所以なのだ。

 トトのこういった正確には毎回助けられている。深入りはしない。あくまで傍観者という立場を崩さない一本筋の通った人間―神様なのだ。

 「納得はしていませんが―」

 (あっ、言っちゃうんだ)

 「今回の揺れのおおよその原因はわかっています」

 (あっ、分かっていたのね)

 「それで、その原因とは?」

 「最近タルタロスに入り浸っている天使あまつか様が癇癪でも起こされたのではないでしょうか。ここ数日、ほぼ毎日、僅かではありますが、ごく小さな揺れを観測しております」

 「でも今日は結構な揺れだったと思うぞ」

 「おそらくですが、第一階層でケロべロスと戯れていたら甘噛みされたとかではないかと思いますよ」

 急に推理の内容が適当になる。

 「適当だな」と頭に浮かんだ言葉をそのまま反射的に口にする。

 「でも、天使様ならあり得ることかと思いますが?」

 考えを巡らせる。

 「……あり得るな」

 そうでしょう、というようにゆっくりと頷く傍観者。

 ある意味これも、学院の日常の一コマなのかもしれない。

 

 「ツチノコでも食べに行くか?」

 「早く仕事を片付けていただけますか?」

 柔らかい口調で咎められてしまった。

 これもまた、学院の日常の一コマなのかもしれない。

 

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