2-5 日常編Ⅱ

 また、月島先生に怒られてしまいますぅ。

 私は今日も同居人の気紛れで授業をサボっています。

 「何とかしといてやる」と力強く誓ってくれた御影君を信じるほかありません。大丈夫ですよね? 本当に大丈夫でしょうか? だんだん不安になってきました。

 小心者の私には無断欠席は心臓に悪く、担任の月島先生の視線が怖いのです。どのように思われているのか想像しただけで引き籠りたくなります。

 ああ、なんで私はこんなにも不良少女まっしぐらな学生生活を送っているのでしょうか。

 「おーい、早くしろよ。りゅなぁー」

 「は、はいぃー。今行きますからぁ~」

 半べそをかきながら私は同居人の後を追う。


 *


 「委員長。今日の欠席者は?」

 「今日の欠席者は―日向さん、橘さんの二名に、いつものごとく御影さんは今日もサボりのようですわね」

 月島はまたか、と頭を抱えた。こうして三人はめでたく問題児として月島に認識されるようになった。


 *


 太陽が高く昇り照りつけている。全面ガラス張りの部屋は日差しを遮ることなく部屋を陽光で満たす。

 温かいを通り越し、暑いという域に達している室内で内密の話をしているはずなのだが、もはや内密ではなくなっていた。

 「なぜここにおられるのかお聞きしても?」

 「呼ばれたからだ」

 「オレは内密の話があると言われたから授業をサボってまで来たというのに、トト神様が来られるのであればオレは必要なかったのでは?」

 「そんなことはないぞ保。お前にも聞いておいてもらいたかった話だ」

 「方舟が招集される」

 「お前たちも方舟に籍を置くものとして後々招集されるだろう。トトにはもうすでに招集命令が来ていると思うが」

 「流石はトト神様っすね! 選ばれた方って感じがしますねぇ」

 素顔を晒しているはずなのだが、一向に表情を読み取ることができない。

 「保。からかうのも大概にしておけよ。トトもう少しでキレるぞ」

 「マジっすか!? よくわかりますね。こんな仏頂面から何を読み取ってるんすか?」

 少し小馬鹿にしたのが気に障ったのか少しだけ口の端が歪んだように見えた。

 それからしばらくして、オレの記憶は突如として途切れた。


 トト様、無茶苦茶怒ってたな。怖かったわぁ~。

 正確には怖かったのだろうというのが正しい。記憶が途切れるまでトト様からは特に何も感じることはなく、あの人がオレに「トトが珍しくキレてたな。お前の才能は本当に凄い」と褒めているのか貶しているのかよくわからない言葉を掛けてくれたおかげで、トト様に何かされたのだと知るに至ったのだ。

 トト様は一体何に怒ったのかはわからない。しかし、以前「トトは意外と中身は子供だからな」とあの人が言っていた。

 「トト様も寂しかったのかな?」と零すと背筋に悪寒が走った。

 オレ殺されちゃうのかな。悪寒の正体に気付いたもののどのように対処すればよいのか分からず、取り敢えず人の温もりを求めて教室へと小走りで向かった。

 

 *


 ドアを三回ノックする。部屋の中から「どうぞ」と一言返答があり、私はドアを開け、部屋へと入る。

 「失礼いたします」

 部屋に入ると45度の角度でお辞儀をする。

 部屋の主と私は年齢は同じではあるが立場が違う。対峙する存在は国家の最高戦力であり、対する私は一学生に過ぎないのだ。

 何度も対峙しても緊張してしまう。私の緊張が伝わってしまったのか部屋の主が「もっと肩の力を抜きなさい」と声を掛けてくる。どうやら気を遣わせてしまったらしい。

 「それは難しいですわ。私はあくまで学院の一学生に過ぎないのですから緊張はしてしまいますわ」

 「私は気にいたしませんのに」

 少し残念そうに俯く。

 申し訳なくなり私はこれからは極力フレンドリーに接するように努めようと心に誓った。

 「ところで代表。今日はどのようなご用件で私を呼ばれたのですか?」

 「ええ、それが日向さんと橘さんのことなのですが……」

 私は今日の授業を無断欠席したクラスメイトを頭に浮かべる。

 「あのお二人がどうかなさったのですか?」

 「遥さん」

 「はい」

 「今日、お二人は授業を受けていましたか?」

 「いえ、今日はお二人とも無断欠席していましたが」

 「そうですか。先手を打たれましたかね」

 「方舟ですか?」

 「ええ、ついに動き出すようです」

 方舟―聖書中にの創世記に記されている四十日四十夜にわたって続いた大洪水からノアとその家族、獣たちを護るために神が造るように命じた木造の船である。

 聖書は神話や創造による作り話ではなく、歴史を綴った書物である。

 方舟のメンバーは聖書の中にある一節をよく引用する。


 『彼らの故に地は暴虐に満ちている。今、私は彼らを地と共に滅びに至らせる』


 「彼ら」というのが人間―地球上に存在する七十億人を指し、「私」というのが方舟のメンバーを指すのだという。

 方舟のメンバーの素性は一切公表されてはいない。しかし、絶大な力を持つ彼らは国連とは別に新国連なるものを組織し、世界情勢にまでその影響力を伸ばしていた。世界最大にして最強の異能力者集団。それが創世機関NOAH―通称方舟である。

 かつてこの地に住んでいた民は、ノアの忠告に耳を傾けることはなかった。

 そして、ノアとその家族以外の民は大洪水によって滅ぼされた。

 実質、世界の支配者として君臨する新国連、そして創世機関NOAH―方舟は世界各国に異能力者のための教育機関を設立することを命じた。

 魔導学院も新国連の圧力により日本政府が設立した教育機関である。

 方舟のメンバーの素性は不明。しかし、その主要メンバーに関しては名前と所在を明らかにしている。日本国内にも方舟のメンバーがいる。魔導学院、院長―月神月光その人である。

 弟である日向太陽とは実の兄弟ではないというところまでは掴んでいるものの、それ以上のことは何も掴ませてはくれない。

 結局のところ、

 「私はこのまま日向太陽の監視を続けているだけでよろしいのですか?」

 「そうですね。今はまだ太陽さんが方舟のメンバーである可能性も視野に入れて行動した方がいいでしょう。月光さんの方は私の方で何とかします。遥さんは引き続き太陽さんの監視をお願いいたします」

 「お任せください」

 短く返答すると勢い良く頭を下げた。危うくお辞儀の角度が45度を超えてしまいそうになる。間一髪のところで腹筋に力を入れ何とか耐える。ゆっくりと大きく深呼吸を一回、二回として、身体を起こす。

 「失礼いたしました」と再びお辞儀をして部屋を後にする。


 *


 「失礼いたします」と声をっけてから扉に手を掛け、返事を待たずに開け放つ。

 「どうかしたのか?」

 その口調には一切の焦りはなく、動揺も見られない。

 それはそうだろう。巧妙に気配は消しているものの私の魔力探知網に私と目の前の彼以外の存在を後方―扉の脇に身動き一つすることなく私たちの会話を聞いているようです。

 傍観者であると同時に世界の在り方を記録する書記官である不可視の存在は、私たちの会話を一言一句聞き漏らすことなく記録することだろう。そして都合が悪くなれば私に気付かれないように些細な違和感に収めて記録を改竄する。ここでの交渉は圧倒的に不利。だから今回は気が付いたことに目を瞑れと無言のプレッシャーを私に与え続けている。

 二人の神を相手に魔女―人外の領域止まりの私では太刀打ちできない。それに今の私はフェリス・スタンフィードでしかない。である私にはこの状況を打破することはできない。

 「いえ、そろそろランキング戦も始まる時期ですから月光さんの展望でもお聞きしておこうかと思いまして」

 「おお、そうか! もうそんな時期か。今年のクラス編成には驚かされたが、Eクラスから四人は上に上がってくるんじゃないか? いや、五人かな?」

 いまいち自信が持てない様子で首を傾げる。

 この人にも読むことのできない未来というものもあるのだなと新たな発見に満足して、私は退室した。

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