2-3 入学編Ⅲ
入学早々に行われた適性検査の結果は散々たるものだった(主に適正技能検査という名のサンドバック状態)。
クラスの振り分けの結果は翌日張り出されるらしい。医療室に様子を見に来たフェリスにEクラス入りだと直接聞いたのだから間違いないだろう。
別にクラスに不満などはない。SクラスだろうがEクラスだろうが気にしない。しかし、この待遇の差はなんだ? この世は不条理である。世界の理をたかがクラス編成で思い知ることになるとは思いもしなかった。
*
「それで結局俺が気を失った後、どうなったんだよ」
「ええっとぉ、私もよくわからないうちに気を失ってしまいましたぁ」
「だよな。あんなのどうしようもない。流石は神様だよな」
おどけた口調で太陽は話す。
「フェリス様はノルンチェックで神様だと診断されたのですか?」
「えっ、違うの? だって十傑だろ」
「別に十傑は神様でなくても選ばれるはずですけど……すみませぇん」
「ふぅん、そうなのか。じゃあ、フェリスは神様じゃないとしたら何なんだよ」
「た、例えば勇者とか英雄とか、あと……賢者とか色々あると思いますけど、すみませぇん」
言葉を交わすたびに謝罪してくるな。どんな人生を送ったらこんなにも後ろ向きな性格になるのだろうか。
「ああ、もういいよ、ありがとね」
「は、はいぃ。すみませぇん」
ここまで連続して謝罪の言葉を連続して聞くと反対に馬鹿にされている気がしてくるな。まあ、そんなことを言うとまた「すみませぇん」と謝罪の言葉を懲りずに繰り返すことだろう。ここは敢えて黙っておくことが得策だろうと、口を噤んでいると。
「あ、あのぉ……」
「ん、どうかした?」
「あ、わ、私なにかしましたかぁ?」
「別に何もしてないと思うけど。どうして?」
「い、いえ、急に日向さんがお話しされなくなったので何か私が気分を害してしまったのかと……」
とことんネガティブ思考な子だな。
「ごめんね。気ぃ遣わして」
「うッ、ううぅ……」
急にプルプルと震えだしたかと思うと彼女の足元には一つ二つと滴が落ちていた。
「ええっ!? なんで泣くの?」
「私のほうこそ気を遣わせてしまって、すみませぇん」
瞳から零れ落ちる滴の勢いは増すばかりであった。
はあ、結局最後は泣いちゃうんだよなあの子。あの子が呵責を感じることなく過ごすために何かいい手立てはないだろうか。今日であったばかりの彼女にここまで気を配るのには理由がある。二人で(兄の企みにより)相部屋をするということになり、今後、部屋割りの変更予定はないというものだから早急な信頼関係の構築が求められている。そこで生じた問題が彼女―橘瑠奈のコミュニケーション能力である。すでに人間として必要な要素を何かしら放棄していると思しき彼女は、自分のことを一切語ろうとはしなかった。
「本人が話したくないというものを無理やり聞き出すのもあまり気が進まないしなぁ。この件についてはすべて同居人に一任する」という兄の一声(責任の放棄)により、橘瑠奈の同居人兼人間調査を任されてしまったのである。
瑠奈のことは嫌いではないのだが、共同生活を送るとなると気が滅入りそうというのが正直な感想である。しかし、頼みの綱であったフェリスには「太陽さんもお兄様やお母様のお力に頼らずに御一人で何とかしてみては如何です」と軽くあしらわれてしまい途方に暮れていた。そこに追い打ちをかけるように、用意されていた部屋を追い出される羽目になったのだ。
納得のいかない俺は兄に直談判しに院長室を訪れたのだが、あいにく兄は席を外していたらしく、会えず仕舞い。そうしている間にも部屋の荷物の撤去作業は着々と進められていた。
忙しなく働く作業服に身を包んだ職員たちの手によって荷物が次々と部屋の外へと運び出されてゆく。
「随分と片付きましたね」と投げかけられた声に睨みを利かせて答える。
「ああ、お陰様で綺麗になったよ。荷解きする前でよかったよ」
「本当ですね。早めに着手して正解でした」
「フェリスが指示だしたの?」
「ええ、月光さんに進言して許可をいただいたので」
「そうなんだ……何で? 別に部屋はここでもいいんじゃないの」
「まあ、このままでもいいんですけど……折角ですから狭い一室でくんぐほぐれつな状況を演出してみようかと思いまして」と悪気なく笑う彼女の姿が一瞬、悪魔のように写った。
「余計な気遣いというやつだな」
「そうですか。残念です」と全く反省をしていない様子のフェリスはわざとらしく仰々しい謝罪をするとヒラリと優雅に制服のスカートを翻して部屋を後にする。
気品を感じさせるその姿には以前の銀髪姿の時にはなかった神々しさが増していた。しかしその顔はどこか哀愁を漂わせていた。
優雅に遠ざかってゆくフェリスに声を掛ける。
「そう言えばあの黒猫と白猫はどうしてる?」
何気ない問いのつもりであった。しかしその何気ない問いを耳にしたフェリスの表情は曇ってゆく。必死に取り繕い作り上げた虚像の笑みを浮かべたフェリスはいつもと同じ口調で話す。
「ええ、どちらの子も元気にしていますよ。お気遣いいただきありがとうございます」と言うフェリス表情には微塵も曇りはなく、平常通りを装う。
微笑みながら「失礼いたします」と告げたフェリスは踵を返して立ち去った。
気丈に振る舞うその姿がとても儚げに見えた。
そんなフェリスに掛ける言葉が見当たらず小さくなってゆく背中をただただ見つめることしかできなかった。
「これは……なんと申しましょうか……アレですね」
「アレですかぁ?」
「ええ、アレです」
「アレって、つまり汚いということでしょかぁ?」
「うん、まあそうなんだけど……見事に現実逃避の邪魔をしてくれたね」
「あ、ああぁあぁぁ、すみませぇん」
「あーハイハイ、謝らなくていいから」
適度にあしらいながら引き戻された現実と向き合う。
割り当てられた部屋は途轍もなく汚い。
汚いという言葉がこの部屋に対する最上級の褒め言葉に値する。
実家のプレハブ小屋が天国のようにも感じられる。目の前の現実と改めて向き合った太陽はため息を吐いた。
その隣では頭に三角巾を結び、右手に箒、左手に雑巾を握った瑠奈が瞳を潤ませながらこちらを窺っていた。
未知との遭遇とは恐怖心との葛藤である。
部屋の同居人の瑠奈と共に掃除に勤しんでいたところ、部屋の隅に積み上げられた本や雑誌の山の中からこちらを覗く光が二つ。生き物であることは間違いない。先程から人ではない獣の唸り声が聞こえているのだ。
「りゅな~。動物好き?」
「えっ、ええっとぉ、す、好きですぅ」
よしっ!!
「な、何かぁ……」
「行ってきて」
「えっ……」
あっ、今のは素だな。一瞬思考が停止したみたいな表情は中々に可愛かった。彼女はこれからこの路線でいじめる―もとい、接してゆくことにしよう。
「わ、私が行くんですかぁ!?」
「まあ、ほら動物も男の俺が行くより女の子のほうがいいだろうしさ」などという訳のわからない理由で瑠奈に厄介ごとを押し付ける。
恐る恐る未確認生物(まさしくUMAである)に近づく。
瑠奈越しに未確認生物を覗き込む。
ん?
疑問符しか浮かばない。
「見てください。可愛いですよぉ」と書籍の山の中から瑠奈が抱き上げた生き物を見て太陽は言葉を失った。
なんだコレ? 浮かんだ疑問符が次々に増えてゆく。
わかることから整理した方がよさそうだ。まず初めに断言できることが一つある。未確認生物(UMA)は地球上の生物ではない。子犬程度の大きさのその生物は体躯に対して大きすぎる丸まった尻尾を持ち大きな瞳は犬が持つものにしては比率がおかしい。瑠奈の可愛いという感想は的を得ているのだが、素直に認めてしまうにはおかしな点が多すぎる。
よくよく抱えられている生物を見てみると前足と後ろ足の比率がおかしい。前足が後ろ足に対して短すぎるのだ。円らな瞳の生物と視線を交わすこと数秒、あることに気が付き瑠奈にUMAを下すように促す。
やっぱり間違いない。UMAは床に下ろされるとちょこんとその場に座っている。しかし、口の中から胡桃を取りだし器用に前足で掴んで食事を行っている。その姿はまさしく栗鼠そのものであった。
しかし、
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