第二章 神々の(非)日常

2-1 入学編Ⅰ

 今日も世界はいつも通りの平常運行である。ただ退屈な一日が始まる。仕事に着手すれば一日などあっという間に過ぎ去ってしまうのだろうが、生憎仕事を生きがいにしている人種ではないので、仕事などしなくて済むのであればしないに越したことはない。

 しかし今日はそういうわけにもいかない。どれだけ逃げても仕事は減らない。そして今日の仕事は替えが利かないというのだから面倒なことこの上ない。

 「はぁぁ……面倒くせぇ……」

 身体全身を使って気怠いことの意思表示をする。

 しかし、誰も何も声をかけてくれない。

 正確にはこちらを窺っているはずなのだが傍観者を貫く所存らしかった。

 こういう時にトトは融通というか気が利かないよな。

 理不尽な誹謗中傷を浴びせてしまいそうになり慌てて考え方を変えてみる。弟の入学式で挨拶をするのだと考えると気持ちも前向きには……ならなかった。

 


 「今日から皆さんは魔導学院に籍を置く学生であると同時に日本国を守護する立場にもなる。現在、世界の均衡はぎりぎりのところではあるが保たれている。一世紀前には日本本土に向けての攻撃など記録には残ってはいない。しかし、近年では本土の上空をミサイルが飛び、迎撃システムによる応戦で夜でも本土の空は明るいという。皆さんがこの国の防衛線のボーダーラインである。つまり、皆さんには敗北など許されないということです。死ぬ気で学び、国を護ることのできる〝人〟になっていただきたい。異世界からの帰還者をはじめとする特異能力者の存在意義の確立には君たちの働きにかかっている。だからこそ力を貪欲に欲しなさい。そして力を手にするその時までは我々が君たちを護ると誓おう。だから安心して精進に励め! 以上で私の話は終わりだ」

 「続きまして執行部代表フェリス・スタンフィードより諸注意があります」

 進行役の声に誘われるようにフェリスは白銀の髪に漆黒色を覗かせながらゆっくりと雄大な様子で壇上に向かってくる。

 壇上を下りるとこれから壇上に上がろうとするフェリスとすれ違う。

 微笑を浮かべる彼女は美しい―というより艶っぽい。

 昨年もそのまた前の年もそうであったが、新入生の男子たちが色めき立つ。

 しかし入学直後に行われる技能適性検査(模擬戦闘)において検査官を務める魔女に問答無用で一方的に蹂躙されるのだ。その結果として学院で彼女に近づく者はいなくなる。ごく稀に例外は存在するものの、例年の傾向からすれば今年もフェリス信者が生まれるのだろうと壇上に上がったフェリスを男子生徒と共に眺めていた。


  ***


 入学式も終わり自室へと戻る道中見知った顔に出くわす。

 「お久しぶりです。月光殿」

 声をかけてきた声の主は魔導学院のものとは違う制服に袖を通し、腕回りや腰回りの筋肉の発達具合からも強者つわものであることが窺える。

 そして何よりも十傑の序列第一位に対して殺気を隠そうともすることなく面と向かって対話をすることのできる人間は数えるほどしかいない。

 少なくとも日本国内には一人しかいない。

 「ああ、久しぶりだね。みこと

 口調は柔らかくすることを心掛けながらも先程から鋭い殺気を向けてくる小生意気なガキに灸をすえてやるべく殺気を放つ。

 しかし尊は正面から月光の殺気を受け止めてみせる。

 「流石だね尊。しかし君も人の上に立つ立場にあるだろう。自分のところの入学式はどうした?」

 「出席はしてきましたよ。挨拶なんかは行いませんでしたが、そうしたことは他に上手くできる人間に任せておけばよいのです」

 「君は自らに対する評価が低いようだな。正当な評価ができないようではいずれはその身を滅ぼすぞ。十傑の頭目としての助言だ」

 尊は、ありがとうございますと頭を下げるが、

 「しかし、私はあくまで最高師範がお戻りになるまでの間留守を預かっているだけですので」と憎しみを込めた視線を送ってくる。

 「はぁ……神崎も苦労するわけだな」

 「どういう意味ですか?」

 「神崎はすでにお前を玄武館のトップに据えたというのに当の本人にその自覚がないのだからな。そして計画を前倒しして事に及んだ結果が投獄とは彼奴も報われないな」

 今にも人を殺してしまいそうな人相を見せる尊を宥めると月光は再び自室へと向かって歩き始めた。


  ***


 魔導学院のクラス編成はAからEまで存在し、入学初日に行われる技能適性検査により振り分けられる。Aクラスは即戦力として戦場に赴く機会が増える。Aクラス入りする帰還者の大半が異世界において何らかの功績を遺したような英雄たちである。そのようなものは殆どいないので良くてもBクラスからのスタートとなる。Aクラスに近づくほど戦場へと赴く機会が増えるが学院に在籍する学生の多くがAクラス入りを目指して鍛錬に勤しむ。

 帰還者をはじめとする異能力者たちが自らの存在意義を示すためには国家の戦力となるしか道がないのだ。

 それ故に学院内でどのクラスに入ることができるのかは学生たちの人生を左右する。

 入学時のクラス編成はあくまでも暫定的なものなので常に変動する。年に二回行われるランキング戦により改めてクラス編成を行う。そんな中、十傑をはじめとする一部の人間はランキング戦が免除されている。正確にはランキング戦に参戦するとパワーバランスが崩れるというのがランキング戦免除の理由である。十傑をはじめとする国家の最高戦力に数えられる者たちはSクラスという枠組みに入ることとなる。最早Sクラスは学院内における象徴でしかなく日々Aクラスに交じり授業を受けていた。

 中々Sクラス入りするものは現れない。しかし、今年は間違いなく弟がSクラス入りを果たしてくれることだろう。

 久しくSクラス入りする学生を見ない。

 最後にSクラス入り果したのは遊ちゃんだったか、初めは十傑入りに対しても政府からかなりの反発を受けたが、今では政府も見事な掌返しを見せている。

 弟も入学初日にSクラス入りとなるとまた反発を受けるだろうな、と思案していると扉が叩かれる。

 「入れ」

 短く告げると扉が開かれる。

 「失礼いたします」

 学院の職員が入室する。

 「技能適性検査の結果が出ましたのでお届けに上がりました」

 そう言うと職員は書類を手渡す。

 月光は書類を受け取ると簡単に目を通す。

 おや?

 弟の名前が見当たらない。改めて名前を探す。そしてようやく見つけ出した時に月光は思わず声を漏らした。

 「どういうことだ?」と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る