1-5 魔法

 廃墟の建ち並ぶ元居住区を抜けると現われる異世界産の動植物生態系を構築する森林地帯へと踏み込んでいた。

 泥濘に足を取られながらもフェリスを見失わないように必死に後を追う。

 森林地帯へと足を踏み入れるまでは隣を歩いていた少女は足元の泥濘を見るや否や魔方陣を展開して飛行魔法を発動し、今更ドレスが汚れてしまうという理由で歩くことを拒否した。

 その結果として太陽は上空に浮かぶフェリスを見上げる形で案内をしてもらっていた。

 しかし鬱蒼と生い茂る背丈の高い草木のせいで幾度となくその姿を見失いかける。

 自分も魔法を使えばいいと提案を受けたが太陽は魔法という概念を知らなかった。

 知っているのは、太陽自身には秘められた力が眠っているということ。

 しかしながら力(能力)に関しては不明という宝の持ち腐れ状態なのだった。

 

 *


 森林地帯に足を踏み入れてすぐにフェリスは魔法を使用することを推奨した。

 しかしながら太陽は魔法を使ったことがないというのでその概念の説明からする羽目になった。

 「魔法を使う条件とかあるのか?」

 「条件ですか?」

 フェリスは言葉に詰まった。

 何せフェリス自身も魔法という異世界の概念について正しい理解を持っていなかったのだ。

 それでもフェリスが魔法を使用できるのは偏に才能のおかげなのである。

 その倒的な魔力量に依存した効率を考えない非効率的な魔法の連続使用を可能とする少女は名実ともに天才魔導師の名を冠するに値する存在であった。

 だからこそ、誰かに教えるということに関しては彼女ほど不適任な存在はいなかった。

 「イメージです」

 「イメージ?」

 「ええ、イメージです。もしくは想像力とでも言えばいいのでしょうか? 個性の確立こそが重要なのです」

 「イメージとか、想像力は何となくわかるけど、個性がよくわからないな」

 「わかりませんか……全部同じようなものなのですけど……簡単ですよ」

 太陽は口を結んだまま「簡単ねぇ……」と嘆息交じりに頭を掻き抱く。

 それから何度か試してはみていたものの太陽が魔法を発動することはなかった。

 諦めたように飛行するフェリスの後を地上から追うことにしたようだった。

 一緒に空中散歩でもできればいい気分転換にもなるのに、と唇を尖らせながら拗ねてみたりと遊んでいると耳のすぐそばで空気が震えるのを感じた。



 太陽は魔法の発動が叶わず、期待に胸をふくらましたりもしていたのだが、現在進行形で見事なまでにその期待は萎み切っていた。

 そして、俺も飛べたらな、と魔法の使えない―コツのつかめない自分自身に軽く失望していた。

 生い茂る人食植物たちの群生する地帯に入った時に内なる苛立ちが表面化した。

 おそらくは長らく食していなかったであろう人肉の登場に踊るように発達した蔦を振り回し、幹をくねらせる。

 はあぁ……。

 深いため息とともに太陽は零した。

 『邪魔だ―失せろ』

 普段よりも数段低い重低音で発せられた声は人食植物の動きを止めた。

 正確には命じたのだ。

 そして人食植物たちがその姿を消した時に太陽は直感した。

 そして―「飛べ」と。

 

 *


 フェリスは空気の振動を感じると同時に震動源を見る。

 そこには微笑むような表情で喋る太陽の姿があった。

 魔法が使えた!? 才能があったとしても習得するにはあまりにも早すぎる。

 魔法はイメージすることから始まる。

 人が空を飛ぶというイメージは決して簡単なことではない。

 人は元来、空を飛ぶ存在ではないからだ。

 つまり、後方にて浮遊するしていることを童心に帰って楽しんでいる彼は、イメージできないことを実現することができているということになる。

 魔法に対する知識もなく、イメージを持つこともできない。そんな彼が飛行することができる理由は一つしかない。

 それが彼の生まれ持った能力だということ、それ以外には考えられなかった。

 やはり私たちと同種だった、と歓喜に打ち震えるフェリスを余所眼に飛び回る太陽。

 性質の異なる喜びを感じている少女と少年は互いに微笑み合う。

 「行きましょうか」

 「ああ、行こう」

 二人は加速すると一瞬で森林地帯を抜けた。

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