1-4 似て非なるもの
目の前に舞い降りた少女を男たちは魔女と呼んだ。
空中に静止している時点でただの通りすがりという線はないが……。
国の管理下にない帰還者である集団と対峙する形をとる少女は国の管理下にある帰還者ということなのだろうか。
その可能性は極めて高いが、確定的ではない以上様子を見るべきと判断し、太陽は口をはさむことはしなかった。
その間にも集団と少女は会話を続ける。
「お前本物か?」
「それはどのような意味でしょうか?」
「そのままの意味だよ。お前は本物のフェリス・スタンフィードなのかって意味だ!」
フェリスと名乗った少女は薄く笑みを見せると、
「そう声を荒げないでください。驚いてしまいます……この子が」
と言い腕の中の黒い塊を二度三度と撫でた。
撫でるたびに少女の指が、そして手が黒い塊の形を変容させ、少女の手は埋もれていた。
すると少女は傍観者に徹していた太陽に、体ごと向き直り視線を合わせる。
「ごきげんよう。太陽さん」
―!?
太陽は自分の名前を口にした少女を警戒し半身の姿勢をとる。
「なんで俺の名前を知っている?」
「あら、そのように警戒なさらずとも貴方の問いにはお答えいたしますわ。私は防衛相管理局に所属しております、フェリス・スタンフィードと申します」
「管理局……」
「ええ、《異世界への門》の出現に伴い防衛相に新設されましたの」
太陽は、記憶の片隅に追いやっている不必要と判断した数多の情報の中にそのような情報がある気もしたが捜索する気にはなれなかった。
「ああ、なんかそんな話を聞いた気がするな。去年、一昨年だったかな?」
苦い笑みを見せたフェリスは小さな声で「新設されたのは十五年前ですわ」と教えてくれる。
しばらくの沈黙を経て、太陽は問う。
「結局、俺は助かるのかな?」
フェリスは満面の笑みで「もちろんです」と答える。
すると痺れを切らした一人の男が怒気を含んだ声で会話に割って入る。
「いい加減にしろやお前ら! 状況わかってんのか? お前ら二人で俺たち全員を相手に逃げ切ることはできねぇ。詰んでるんだよお前らは」
それでも表情を崩さないフェリスはわざとらしくため息をつく。
そして呆れたように覇気のない声で事務的に告げる。
「私とあなた方とでは存在としての次元からして違います。退散することをお勧めいたしますわ」
瞬間―空気が張り詰めた。
―来る。
太陽が身構えた瞬間フェリスは静かで、明瞭な声で敗北の瞬間を告げた。
《弱体化の
すると二人に向けられて敵意が次第に弱まり、刈り取られていく。
中には意識そのものを手放した者もいた。
頬を紅潮させながらフェリスは楽しげにつぶやく。
「だから言いましたのに、次元が違うと―」
帰還者の集団を無力化した後フェリスに案内される形で目的地である中央魔導学院へと歩を進める。
中央魔導学院―国が最初に建設した異世界からの帰還者を保護する名目で設立された帰還者に対する教育・研究機関である。
魔導学院は中央魔導学院を中心に東西南北に加え天と地と六つの分校からなる国家機関である。しかし、それぞれの学院が特区として制定されており、独自の自治体制を敷いており日本国内に存在するもう一つの日本国とも称されている。
異世界からの帰還者はその特異性に応じて振り分けられる。
異世界から持ち帰った技術・概念によって所属する機関が決定する。
太陽は中央魔導学院へと入学する手筈となっていた。
同様の機関は各国にも存在しているものの複数、それも七つもの機関があるのは日本だけであった。
各国の異世界研究は平行線を辿り、不明瞭なことのほうが多く、研究者は情報入手に躍起になっていた。
対して日本は帰還者の数が世界一多いということもあり、研究成果はともかく帰還者に対する対応・教育等の管理という面では他国の一歩先を行っており、国外からも帰還者が日本の機関の門を叩くということが相次ぎ、各国との軋轢を生んでいた。
帰還者の独占が生み出すものは大きく分けて二つある。
一つ目は、オーバーテクノロジーによる都市開発や技術発展。
二つ目は、魔法・魔術といった概念を活用した軍事力の獲得である。
特に軍事力の獲得という点においては世界情勢にも多大な影響を与えた。
日本が軍事国家の仲間入りを果たしたのだ。
このことにより日本の外交姿勢は積極的に、発言力も大きくなっていた。
その結果としてアジアの島国は完全に孤立していた。
太陽は、廃墟の中を見事な白銀の髪をなびかせながら優雅に歩行するフェリスを3歩後ろから眺めていた。
「綺麗だな」
「ありがとうございます」
思わず口をついて出た本音にも動じることなくフェリスは微笑んでいた。
フェリスの余裕のある態度に太陽は同様のことを言われ慣れているのだろうと勝手に納得し、彼女自身について問うことにした。
「スタンフィードさんは……」
「フェリスとお呼びください」
「そう? じゃあフェリスは魔導学院の人だよね?」
「ええ、そうですわ」
「さっきの人たちが言ってた十傑って何?」
三歩前を歩くフェリスは立ち止まると廃墟には不釣り合いな精巧な作りのドレスを気にすることなくその場で軸のブレのない見事なターンを決めて一歩二歩と太陽に近づくと右手を取り、そのまま腕を組むと再び歩き始めた。
隣を歩く少女がトコトコという表現が似合うほど忙しそうに足を動かしている。
太陽は歩幅を狭くすることで歩調を合わせる。
「ありがとうございます」
自らの気遣いに感謝の意を述べられ少し気恥ずかしさを覚えていると、
「十傑についての質問でしたわね」と確認され「あっ、ああ、そうだったな」と問いに答えてもらう。
「十傑というのは日本が誇る十人の英傑のことですわ」
「英傑っていうのは特異能力者のことだよね?」
「ええ、そうですわ」
「他の帰還者のとは違うの?」
「違いますわ。太陽さんはなぜ魔導学院に入学できましたの?」
なぜ―そんなことは決まりきっている。
「なぜって、俺も特異能力を持っているからだよ」
「どのような能力ですの?」
「それがよくわからないんだよな。だからそれを知るっていうのも学院へ行く理由の一つかな」
太陽は違和感を覚える。
質問をしていたのは自分のはずなのにいつの間にか質問をされる側に立場が変わっている。
それ以上に質問に対する自分の回答に違和感を感じてしまう。
嘘は吐いていない。問いの答えとしても間違ったものはない。それでも感じる違和感の正体は何なのか。
拭うことのできないモヤモヤした気持ちは一向に晴れない。
「なぜ貴方は自分の能力を知らないのか、それこそが十傑と帰還者とを分かつ決定的な差なのです」
決定的な差……。
帰還者とは違う。
頭の中をめぐる幾つもの違和感。
答えを導き出す。その瞬間に不意に怒号が飛んでくる。
「待てよオラァァァァ―」
振り返るとその視線の先には帰還者たちのリーダー格と思しき男の姿があった。
戦うか? それとも逃げたほうが賢明かと思考をめぐらせる太陽をよそに男に一歩ずつ歩み寄って行く少女の白銀の髪は毛先から漆黒へと染まり始めていた。
フェリス?
太陽は声をかけようとして思いとどまった。今までの少女とは別人のような気がしたのだ。
「退いてください」
ひどく悲しげな声の少女は先ほどまでいた少女とはやはり別人に見えてしまう。
「退いてくださいだぁ? ふざけんじゃあねぇぞ! 十傑とはいえ同じ帰還者だろうが!! そんなに差があるはずがねぇんだよぉ!」
すると男は足元に魔方陣を展開、発動すると一気に加速して距離を縮める。
言葉にもならない声を上げながら突進してくる。
「貴方では私には勝てません……」
少女はいつの間にか展開していた魔方陣から煌々と輝く光の弓を生み出し、弓を引き絞った。
そして正面から突っ込んでくる男に対して容赦なく矢を放った。
放たれた光の矢は男の額に突き刺さるとその輝きを失い消失した。
男はピクリとも動かない。
死んだのか?
あまりにも一瞬の出来事に目の前の状況を整理することすら覚束ない。
「参りましょうか」
そう言って振り返った少女の髪は毛先以外の部分はすでに漆黒色から白銀へと変化していた。
「参りますわよ!」と笑顔で腕を組み歩く少女の頬には一筋の光が流れていた。
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