1-3 魔女
少女は廃屋の非常階段の手すりに腰を預ける。
両手を軽く手すりに添わせると赤い錆が指先に付着する。
指先に付着した錆を息を吹きかけて落とすと、身を纏う純白のドレス美ついた錆を払い落とす。
「まったく、なんですのこの手すりは―」
イラつく少女目下では一人の少年が数多の帰還者から追い詰められつつあった。
非常階段を一歩一歩ゆっくりと下りていると階段を駆け上がってくる足音が近づいてくる。
「ミャ~」と可愛らしい甘えた声をだしながらすり寄ってくる黒猫を少女は抱きかかえると一緒に黒猫の来た階段を下りる。
遠くでは爆発音が鳴り響いている。
「彼は無事かしら?」
少女の問いに抱きかかえられた黒猫は胸骨に顔を埋めたままコロコロと喉を鳴らす。
まるであんな男のことなんてどうでもいいと言わんばかりの反応を示す。
「あら、今日は機嫌がよくないようね。それとも彼と何かあったのかしら?」
少女の浮かべる笑みは悪戯っ子のそれであり、黒猫をおもちゃにするつもりである。
敏感に少女の悪戯っ子の気配を感じ、黒猫は爪を立てないように体を離そうとする。しかし、少女は腕に力を込めて動きを封じる。
黒猫は少女を傷つけないようにするために暴れたりすることはしない。
それをいいことに少女は黒猫で遊び始める。
「そんなに逃げなくてもいいじゃない。そんなに動いたらお胸に脂肪がないから貴女が痛いだけよ」
「ミャー!!」
「あらあら、怒ったの? 気にする必要なんてないわ! 控えめなお胸が好みという殿方もおりますわよ」
「ミャーミャー」
「あら! 控えめなお胸も愛らしいと思うのですけど……残念ですわ」
そう言うと少女は控えめな自身の胸に手を当て嘆息する。
「小さい……」
少女の呟きの後、黒猫の怒りと哀しみを帯びた鳴き声が廃墟に響き渡った。
少女から距離を取って歩く黒猫の数歩後ろを間隔を保つように歩幅を一歩一歩調整しながら黒い背中についてゆく。
「謝っているではないですか。そろそろ機嫌を直していただけると嬉しいのですけれど……まあ、今すぐにとは言いませんわ。ですが、ケンカをしている場合ではないようですわ」
少女は駆け出し、黒猫を抱きかかえるとそのまま跳躍する。
「顕現なさい、アルテミス」
少女の声に呼応するように額に三日月のような印が浮かび上がる。
すると少女を淡い光が包む。
「あら、彼との相性いいみたい」と頬を赤く染める。
動体視力では完全に捉えきるのできない速度で飛行する。
流れ行く景色を横目に両の手の中に丸くなっておさまっている黒猫が何かを見つけた。
「ミャー」
黒猫の視線の先には窮地に立たされた彼がいた。
「参りましょうか」
ひとり呟くように零した言葉に黒猫が応える。
直後、さらに加速して一人と一匹は少年と群衆の中に舞い降りた。
群衆の中から聞こえてくる問いに多くの視線を集めた少女は答える。
「私? 私の名はフェリスよ、フェリス・スタンフィード。よろしくね」
フェリスと名乗る少女は群衆に対してウインクを飛ばす。
戸惑いが支配する中、群衆の一人が呟くように口を開いた。
「まさか……十傑の魔女か―」
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