1-2 黒猫

 世界の各地に《異世界への門》が出現し、多くの人が失踪した。

 

 そして《門》の出現から数年の後。


 生存者が帰還した。


 人ならざる姿で―。

 

 そのあとに待ち受けていたのは混乱だった。

 世界の各地で帰還者に対しての措置が行われた。

 隔離・監視下に置くなどということは当たり前のことであり、一部の地域においては投獄という措置が行われた。

 しかし異世界の技術の中にはオーバーテクノロジーと呼ばれるものもあり、また、魔法や魔術といった未知の概念、さらには人類以外の知的生命体の存在、そうした不確定要素は世界を恐怖と不安に陥れた。


 そこで国連は異世界からの帰還者を管理下に置くことを採決し施行した。

 その甲斐もあり、世界は帰還者への偏見と引き換えに平安を手に入れた。

 

 その代償として世界は一部の帰還者との軋轢を生み、敵対することとなった。


 その結果として帰還者は2つの選択を強いられた。


 国の管理下に置かれるか、それとも国を捨てるのか。


 そして、いま目の前にたむろしている集団は後者にあたる。


 逃げるべき。そう判断すると太陽は踵を返して、いま来た道へと戻る。

 すると、目の前に黒猫がふらりと姿を現した。

 「おっ! 黒猫とは不吉だねぇ」

 太陽のひと言に怒ったのか黒猫はそっぽを向いて優雅な歩行で太陽の足の間をすり抜けると危ない集団の輪の中へと割って入っていく。


 嫌な予感がする。


 すると集団の輪の中からリーダーと思しき男がこちらに歩み寄ってくる。

 その手には先ほどの黒猫が……噛みついていた。

 

 最早、嫌な予感しかしない。


 太陽の姿を確認するようにその澄んだ瑠璃色の瞳を向ける。

 目が合った。

 その瞬間、男の手から素早く飛び退くと小さな体躯を目一杯使った走りで駆け寄り、太陽の身体に爪を立てての場り始めた。

 集団の怒りのボルテージがみるみる上昇する。

 「お前の猫か?」

 男の声に太陽はすぐさま答えることができなかった。

 太陽の頂上まで上り詰めた黒猫は自らの主はこの男だと言わんばかりにじゃれついていた。

 この状況で否定の言葉を口にしても嘘だと言われかねない。それに、事実であろうとなかろうと、殴る気満々といった様子の集団を前に太陽の決断は早かった。

 

 逃げる!! 瞬間的な決断が生んだ結果はリアル鬼ごっこであった。


 「まてやごらぁぁァァ」

 10メートルほど後方から飛んでくる怒号をすべて聞き流しながら太陽は加速する。

 本来ならば人間の追いつける速度ではない。それでも確実に差を詰めてくるのは彼らが帰還者であることの証拠である。

 「ほんとに厄介……」と思わず零した太陽を後目にこの事態を引き起こした元凶は太陽の肩に乗っていた。

 「お前のせいで厄介ごとに巻き込まれたじゃないか。どうしてくれるんだ!」

 黒猫に何を言おうと目の前の問題は解決しない。

 それでも零さずにはいられなかった。

 すると気を悪くしたのか黒猫はいつの間にか太陽の肩からその姿を消していた。

 流れ去っていく風景のどこかに置いてきてしまったであろう黒猫も自分と行動を共にしているよりは安全だろうと思いを馳せたりはしないが、これで思う存分逃げ回れる。

 太陽はもう一段階スピードを上げて加速した。


 

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