第4話

IV






「各自、距離百十で自由戦闘に移る。生本番の始まりだ!」



《おぅっ!》《了解》




 この任務での、最後の指示である。

 01はそう決めていた。艇長時代以来久しぶりの感動だった。見込みに間違いは無かった…この最高にイカしたヤツラならば、これ以上何の言いようがあろうか!









《やーってやるぜグレイ野郎!》





 02は挑戦(チャレンジ)に躊躇いのない少女だ。

 こうして軽口を叩くのも、内心のプレッシャーとストレスを効率よく戦意に変える為のテクニックだった。


――あの日以来の久しぶりの実戦。〈結社〉の手先を討つチャンスが意外と早く巡ってきたこの事に、自分が焦っているのも百も承知だ。だが、この気分は心地良いものでもある。最高の仲間たちと共に戦場の空を駆け抜ける…あの感覚だ。


 背中を預けられる戦友というのも、そう出会える物ではない。

 出会えた僚友に……己の実力で、応えたかった。








(…さぁ、地獄に送られる覚悟は良いか)







 03は、表情が深い女だ。身のこなし方というのをしなやかに承知していて、その表情のすべてを知るものは、すくなくともここにはいない。

 だから、一見ふつうな様に見えても、今、その心の底は煉獄のマグマよりも煮えたぎっている。それは、何もかもを灰に変えられる温度だった。



 まず、手始めだ。今死ぬことは、出来ない。だから、この兵士達の“仲間”になった。


 だから今日これから得るだろう一局地戦での勝利などに、何の感慨も得ることは無い。

しかし、振動するコクピットの中の、“殻”のチューブフレームに吊り下げたアルミのドッグタグが、全周視界を得るためにモニターから離さない己の目の隅で、画面からの光によって鈍色に輝いた気がした。半ば焼け溶けていて、金属構造が劣化した事で光を返さないメルト・グレーの色に変色してしまっている筈のそれが。

……03は、一瞬、己が涙を滲ませたというそれに気付く事はなかった。



 不意に、ノイズが入る。



 さっき、不本意にも自分の素を晒してしまった程に、自分の感情を揺さぶってくる02という子供(ジャリ)にも…どちらかというと良い感情は持っていない。うるさい奴というのも、第一印象だった。







 ただ、長い付き合いになるとは思った。













《そうれきたー!》




 02の戦いもまた、デッドヒートの最中にあった。

 距離は70。一足早く敵との直接戦闘を開始している。

 今はジグザグに機体を滑らせ、飛んでくる弾火は己の四歩後ろへと置いていき、されど掠めもしない自分の発砲では、しかし的確に、敵部隊そのものの機動を奪って…派手で鮮やかなアピールで、相手達を混乱に陥れていた!



 砲煙弾雨の只中を、02の乗るシミターは勇敢かつ、大胆に潜り抜けていく。

――全身から溢れ流れる汗の雫、呼吸で胸が膨らみ戻る、その息衝き――身体の奥底から湧き出る熱と共に感覚と感触の一つ一つが冴えわたり、まるで今は、《自分という全て》がシミターの機体と一体化しているような、その体感を02は得ていた。


 だから今この瞬間、風を切る風圧の肌触りさえも――02は、自分の肉体たる、この鉄の躰で感じ取る事が出来た。

 めまぐるしいような巡りゆく光景が迫って移ってゆくその只中へ、さらに02は獰猛に駆け進んているのだ。

 そうすると密林の木立さえ、02の目前にまで大写しに迫り来た後、…まるで向こうから割って避けてくれるかのように…高速で横へと流れていって、そのうち背後の林立となってゆく!


 無論、目の前に流れていく光景がそうである、ということであって、02自身のその操縦によって、柔軟に回避と制動を逐次行っているからこそである。だが、そのままぶつかっていれば、シミター如きはそのままバラバラに吹き飛んでいるような高速だ。それであっても、02の圧倒的な操縦感覚によって、この<シミター02>は疾駆の速度を緩めることはない。



 だから当然、そんな常識外れの最高速で密林を駆け抜けてゆく<シミター02>の機影に、結社の迎撃の火線は、追い付かなかった。

 銃火の交錯をひたすら擦り抜けられるばかりで、どれほどの弾丸を撃ち放っても、いつまでも標的を討ち果たすことが出来ずにいた。


 そうして焦る結社側のSAに、02のシミターの側は、的確に狙いを定めて効果のある射撃を加えていく。

 その効果は覿面である。

 超高速での走行中故に跳ねるどころではなく上下左右に揺れて振り回される、白いスクエアの形をしたレティクルの残像の向こうで、そのレティクルが赤色に切り替わっただろう度――――こちらが一斉射を浴びせるたびに、“狙いどおりに、”正確に命中して、そして結社のSA達は、じたばたと足掻いて慌てふためく。

 怯えて竦み、なす術が無いかのように。それはさながら、水に溺れる鳥のようにもがき苦しむのだとも見える。



 のたうち回る一方のメカたちも、それをつつき回し、その鉄の肉体を飄々と啄んでゆく一方の自分たちにしろ、これらはブリキの兵隊では無く、あくまでも、樹脂と合金と電装品の集合構成によるバトル・メカ同士の決死の戦いであるはずだ。

 しかし、この様相では、まるでおもちゃ箱をひっくり返した後の大騒ぎのようだ――――とも02は思った。



 02のせいで身動きの取れなくなった、残る〈フリッター〉達は02を三度ねらい打とうとしている。しかしその機関砲火はやはり02に当たる事は無かったし、全員で同じ標的をねらっている様で、実際には各自がバラバラの判断や焦りの感情で撃っていて、横の連携や冷静さは失われていた。


――――敵部隊の統制が、崩壊したのだ。

 これにより、シミター小隊の突入は成功せんとしていた。





(最高だよ、相棒っ!)



 快哉を叫んだ02は、同時に、喪った親友への惜別を心の中で絶叫しながら、戦った。

 戦闘機乗りだった自負は心の中に残してある。空戦では、如何に己の得意マニューバへ相手を誘い込めるかがデッド・オア・アライブの分水嶺だった。それを忘れなければ、こんな事は別に奇跡じゃない……そしてかつての愛機ほどとまではいかないが、自在に動いてくれる〈シミター02〉を、02はようやく相棒の様に愛せるようにもなった。


 だが、向こうも何もしない訳にはいかない。迎撃のために走って接近を開始した〈フリッター〉の一体に対して、〈シミター02〉はダッシュを掛け、さらに距離を詰める。――相手からの、自分を追ってくる銃火のその射線軸をさらに置いてけぼりにしながら、一気に肉薄を仕掛けたのだ!





《ケツの穴がまるみえだぁ!》





 02は速かった。

 自分を追いかけてくる火線も、一歩遅い。

 だから、横方向から回り込む02に対し〈フリッター〉が転回して向き直ろうとしたまさにその時にその背後を取った〈シミター02〉は、高出力エンジンの排気グリルなどの脆弱部が集中してさらけ出された無防備な相手の背中へと、バルカンと機関砲の集中射撃を浴びせた!




《そらぁ!!》




 砲口から、炎が吹く。そして放たれた光の雨が、〈フリッター〉の背部で燃えて輝いた。

 猛烈な弾雨の直撃により、五発に一発の割合で弾薬に混ぜられていた焼夷榴弾が着弾時に発する鮮やかな火炎光で〈フリッター〉の機影は逆光に塗りつぶされた。

 そして次の瞬間、耐えきれなかった装甲グリルを貫通して被弾したガスタービンエンジンの水素燃料が炸裂! 大爆発によって〈フリッター〉は撃破され、四散したのである。




《 !?  おぉーっと!?》




 しかし、スコアマークの記入を新しい愛機に初めて出来る事に喜ぶ隙が仇となった。

 たった今、〈シミター02〉の後方から飛来した機関砲弾の火線が、背中の盾になってくれた密林の樹木の数本を食い破り、それらは真っ二つに粉砕され、折れた。


 だが不幸にも、倒れてきた木の上半分が遮影になった事によって〈シミター02〉のセンサー視界が完全に遮られる瞬間があった。


 だから、その残骸が倒れきった次の瞬間――背後へと向き直った02の正面コクピット・モニターに、格闘戦用アサルト・ナイフを右手に展開した〈フリッター〉の一機が大写しで迫っていた事に少女は戦慄した。



 咄嗟に、操縦桿を動かして、操作コマンドを入力する。

 だが、機体のマニュピレータは、まだ筋力が戻っていなかった。つまり、格闘での対処が出来ない。



 シミターの装甲ごと両断された己の肉体を幻視して………――――




《…――あっ!?》




 だが、彼岸で待っているだろう戦友に祈りかけたハズの02には、――あの日、機体の残骸に潰され埋もれたまま、おびえた表情のまま永遠に時が止まった親友の顔が、脳裏に過っていた。

 雨粒に降られて、誰もいない山の中で、割れたキャノピーの下で冷たく濡らされ続けるしかなかった親友の表情だ。


 茫然となって、だけどそのヴィジョンに、次の瞬間には親友の微笑む姿が見えた気がした。

 曇った空の景色ではなく、光の下での光景だった。

 確認しても…傷一つなく、血も流れ落ちていない、――生きている!

 生きていて意志があって、体温が伝わってくる。

 そして自分が慣れ親しんでいた通りの、いつものなだめてくれる悪戯気な微笑みになってくれた事に困惑して、とても嬉しいはずなのに、どうしようもなく暖かい筈なのに、何故かすごく、寂しい気持ちになった瞬間――その一瞬のヴィジョンが晴れたかのように、現実の光景がよみがえった――――直後の出来事に驚いて、そして大はしゃぎした。

 なぜなら次の刹那は、斬りかかってきた〈フリッター〉の横っ面に、横殴りの機関砲火が浴びせられた瞬間だったからだ!



 攻撃の威力に〈フリッター〉は仰け反り、斉射を受けてがたがたになった主装甲から金属の燃える煙を吹きながら、逃げるように一歩、退がった。

 再び援護が始まる。フリッターが二歩、三歩と下がっていった。02が、背部視界の映像をサブ・モニターに映して確認をする――すると、そこには二機の〈シミター〉…シミター01とシミター03が、連携して高い精度の停車射撃を始めてくれた事実が確認できる。



 立ち止まった01と03には、他の敵機たちから熾烈な弾火が降り注いでいた。だが躊躇することなく、自分にアシストをしてくれたのだ。



――――隊長達からの援護だ。かたじけない!




《サンキュ!》





――夢でもよかった。願ってやまない再会を、一瞬でも果たせたのだから。

 だけどその幻視によって、取り返しのつかない別離をようやく悟らされた気分でもあった。だけども…―――



 02は目前の〈フリッター〉から距離を取り、再び、苛烈なドッグ・ファイトを開始した。









「ありがとう、03。さあ、私たちも行こうか」



《ラジャ、サー》







 形式通りの返答を隊長である01に返し、――しかし安堵した時の癖である左手首の小指の関節を鳴らした03も、これから近接戦闘に移る覚悟を固めていた。


 距離90。

 戦車戦ではあまり経験したことの無い距離だ。だからこそあの時の恐怖が蘇る。ーー直掩についてくれている01の機影位置を常に確かめながら、共に弾幕を展開しながら03はふと思う。


 こんな距離で砲撃戦を撃ち合った事も無くはないが、その時は、前線指揮官の誤判断で敵戦車部隊と異常に接近してしまった“ミス”だった。

 SAに乗り込んでからの戦歴も、肉薄戦を体験した事は今日まで無かった。

 あの日と同じの、すぐ間近に見える敵SAのシルエット……だが03は、戦意は萎えてはいなかった。




《ッ!》




 決めた。一気に突っ込んでやる。

 戦車乗りだった頃は、己に割り当てられた車両の能力と特徴を理解して、それが最大に有効になる様に操ってきた。それで部下を生き残らせてきたのだ。

 ならば今はどうだ。今の己はSA乗りの筈だ。



 SA程度では搭載機関砲の発砲時反動だけで、その機動力が何割にも低下がする。だから射撃をやめた。同時にスロットルレバーをもう一段階上げ、一気にペダルを踏み込む。最大速度。高速で突入する為だ。



GACUN! VUuuuuuN……!



《ぐっ》



 ケツの下から蹴られるような感覚。空中高くにあるゴンドラが風で揺れるそのままの傾きで、そして前へと進出が始まる。機体が始動し、動き始めたのだ。……次の二歩目には、機体は走り出していた!



 操縦桿をきつく構える。小刻みな揺動に釣られて逸れようとする機体の軌道を正面へと向け続けるのだ、そしてその射線軸の先に、標的とした〈フリッター〉の一機を捉えていた。




 スタンディング・アーマーの最大の特性を、これから実践してやる。




《…ー行くぞ!》




――左右の操縦桿を捩り、フットペダルは踏み込んだまま。

 吸われる様に突進する機体を、対抗するかの様に迎撃の火線を上げた〈フリッター〉のその一機との接触コースへと向ける。


 走行を続ければ、このままSA同士が衝突をしてしまう、という意味だ。

 だが、躊躇う事は無い。右の操縦桿をようやくガンスティックのモードへ変更し、モニター画面上に白色のスクエアで表示された機関砲の射線を、その敵影に被せた。


 戻していたバルカンとマウザーのセーフティをカットして、トリガーを引く。

 スクエアが赤色になる。二門同時の発射音の猛烈な轟音が、機体のフレームと装甲越しに03の耳を重低音につんざいた。


 モニター画面では〈シミター〉の頭部カメラの直下と右横から、機関砲火の航跡が光線の様に延びていくのが分かる。その銃火が一点で交差する焦点の先に、〈フリッター〉の上半身があった。バシバシとなっていく命中の瞬間、敵SAの上半身が電球になった様に光って、火花が迸っていた!


 突進を続けた〈シミター03〉を、03はさらに踏み込ませた。

 そしてその時、ガンスティックから操縦桿のモードへと再び切り替えをして、マニュピレータを直接操作のスレイブ・モードに――シミターの腕を突き出す様に繰り出していた。

 そのマニュピレータのアームは何かを掴むように開いている。それが意味する事に気付いて、〈フリッター〉も身構え、誘うように両腕を前へ構えた。そして……




《ぉお!》




 接触の瞬間、二機のSAはがっし、と組み合っていた!



 取っ組み合いの開始だった。


 がかぁん! ごぎゃんっ! ぐぐぐ…――と03を衝撃と轟音がつんざいた。

衝突時の全衝撃が掛けられたSAの両腕が、バネのように伸縮した。それから半歩分の間合いを取って、つかみ合う互いのマニュピレータが鈍い音を立てて軋む。そうしながら機体の脚部には全力の パワーが投入されて、双方は踏ん張った脚で地面に轍を轢いて…押し込み合う!


 二機が張り合う事で、互いにそれ以上の機先をさせないつもりだった。


 今、動きがあった。

 一旦手を離し、次の瞬間に〈シミター03〉の右腕部コッカリル砲を掴んだ相手のマニュピレータのパワーが高められ、肉厚の薄い速射砲のバレルがメリメリと潰れて、割れた。マウントが可動した三十五ミリマウザーの射線軸は、絶妙に相手のコクピットから離されている。03は舌打ちをした。これではオダブツができないじゃないか…―



 一瞬、互いが離れ合った。同時だった。

そしてもう一度組み合った時には、SAの胸部が擦れ合うほどに肉薄をしていた。


 それが、ゆっくりと離れる。〈フリッター〉の方が腕動作肢を伸ばしきり、肩部関節を前へと回転させた事で無理矢理に空間を空けたのだ。その意図は…



《くっ》



〈フリッター〉の胸部マウントに装備された四十ミリボフォース機関砲が、その銃口を〈シミター03〉のコクピットへと向ける瞬間だった。

 至近距離の発砲ならば、シミターの装甲で最大厚を誇る“殻”であっても、まず貫通する威力のそれが、ゼロ距離で突きつけられようとしていた。


 二機の後方で輝いた爆発の閃光に、まるで嗤うかのように〈フリッター〉のグレーの装甲が明滅した。勝負はあった、と勝ち誇っている様に見えた。


 この事実を理解した時、03には力が漲ってきた気がした。

 炎の幻影が脳裏に浮かぶ。あの日の、己の肉体を焼き焦がした、あの炎のビジョンだ……――炙られた熱と感覚に、しかし生命力が不思議と湧き上がってきた

 今まで死に損なってきた自分を、目前の相手は明確に殺そうというのだから!


 だったら、それをねじ伏せてやる。





《ぅおぉ!!!!》





 フットペダルを離した。そして操縦桿を同時に引く。


 同時にモードセレクターの固定を解放し、〈シミター03〉のパワーモードが、一気に三段階下がった。

 急に力が虚弱になった相手に、〈フリッター〉は有り余る力を止める事が出来ず、半ば押し倒す形となる。


 その瞬間、発砲音が響いた!

 ボフォース砲の発射だった。だが、それは狙うべき相手を射止める事を叶わなかった。押し倒した衝撃で、マウントに吊り下げられた機関砲の銃身が上方へと振り上がっていたからだ。〈シミター03〉のコクピット装甲を掠めたそれは、夜空の高くへと光の航跡を撃ちだしていった。


 咄嗟の事に、〈フリッター〉のパイロットは混乱していた。

 トリガーを引いたのにも、迷いは無かった筈だった。先ほどの瞬間にとどめを刺すつもりでいたから、まさかこんな小手先で避けられるとは思いもしなかったのである。


 それを見逃す03では無い。


 コクピットの床を破かんばかりにフットペダルを踏み込み、操縦桿を前に倒す。

 もう一度パワーを最大にして、タックルの様に機体をぶつけてやる!

 相手の両腕もホールドして、万歳の形で持ち上げてやり、動きを封じた。

 そしてお返しだ。

 ガンスティックのモードにするまでも無く、トリガーを引くだけ。

 〈シミター03〉は、〈フリッター〉の胸部周辺にバルカンの掃射を浴びせたのだ!


 再び、派手な火花が飛び散った。解体工場の溶断機の様に…

〈フリッター〉の頭部カメラも、その下のボフォース機関砲も破壊された。インプットもアウトプットも失われたのだから、もう、射撃攻撃を仕掛けることは出来ない。

 だが、コクピットハッチは健在だった。

 一秒に百発の速度で殺到した弾丸に引っかかれた事でペンキが禿げて、チタン系の黒がかった金属色にその地金が露出していた。〈シミター〉よりかなり装甲が厚い〈フリッター〉のコクピット装甲は、至近距離の二十ミリバルカンでも貫通出来ない程なのだ!


 そして、下がるにも下がれなくなった相手は、再び前へと馬力を強めた。

――まだ戦うつもりであった。



 こうして取っ組み合いは続くか、と思われた。


 だが、限界だった。

 SAの機体の、全身の人工筋肉が限界に達していたのだ。

 互いのパイロットは、過負荷による急速な劣化によって破断までもを始めた人工筋肉の、どんどん機体関節部が赤色に埋め尽くされていくコクピット内のコンディション・パネルに顔を青くした事だろう。


 だから、次の瞬間もまもなくであった。

 展張しきった二機の人工筋肉がギシギシと悲鳴を上げる音が聞こえ始めたたその時、〈フリッター〉が動いた。

 度重なる03の銃撃で上半身の人工筋肉が全滅していたのが原因である。

 先に、最後に〈シミター〉に力負けしてその体勢が崩れかけた所を、すかさず後ろに下がるチャンスとしたのだ。

 そして一歩距離を取り、再び前へと転進して、右マニュピレータの格闘戦用コンバット・ブレードを展開! アサルト・ナイフの形状をしたそれによって、残された力で、今、〈シミター03〉へ最後の攻撃を仕掛けようとした。




《ハッ》




 だが、03は自分でも驚くほど、寒い笑いでそれに返した。

 今の自分ならば、目の前のコイツに勝てる確信があったのだ。


 瞬間、フットペダルを左右で踏み換える。

 横へ、〈シミター03〉にサイドステップを踏ませた。するとコクピットに閉じられた03の体が、突き飛ばされる様な横方向への加速で圧迫がされる!

 予想以上の体感に、まるで戦車で急制動を踏んだ時のようだと03は思った。その直後、〈シミター〉が存在していた空間を相手のナイフの切っ先が掠めていった。〈フリッター〉からの反撃だった。だが、もう遅い。


 激昂したように〈フリッター〉が迫る。連続してナイフを繰り出してきた!

 二歩、三歩とステップを踏ませる。…―全部かわせた。


 四歩目で〈フリッター〉からの攻撃が追いつきそうになる。だが、しかし03はそこで〈シミター03〉を急停車、同時の瞬間に機体の左腕部を振り上げて、各機、隊長との任務前での打ち合わせで一発ずつ残しておいた最後のスピアヘッド……それを発射した!





DOGOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOMMMMMMM!!!





 発射されて一秒も経たない瞬間に、命中したスピアヘッド・ミサイルは炸裂していた。


 強烈な爆風に揺さぶられる〈シミター03〉のコクピットの中で、03はガンホー! と叫んでいたが、しかし装甲越しの爆音によって遮られた。


 SAの防御力では、このクラスのミサイルの命中に耐えられない。

 直撃を受けた〈フリッター〉は、下半身を残したまま、その上半身が木っ端微塵に吹き飛んでいた…




《…ふぅ》




 今回の作戦は、このスピアヘッドを兵站部から無事に廻して貰えるかどうかが成否の鍵だった。



 四十年前に勃発した地球本星での地域紛争でこのミサイルは実践証明を果たした訳だが、型落ちとなって〈合衆国軍〉から退役し、半ば姥捨て山的にニューエデンへと持ち込まれた今となってでも、その性能は確かな物だった。



 ただ一つ、問題なのは、このミサイルが現在では貴重品になってしまっている、という事だ。

 現状でも、この惑星・ニューエデンに残存する国連軍総軍の保有在庫のみだし、星間条約によってニューエデンへの大型兵器の工場の建設は(表向きは)禁止されていたから、まだ工場が生きている民生品のスタンディング・ユンボに装甲を着せて武装化すればでっち上げられるスタンディング・アーマー以外の兵器は、現時点では一切製造が出来ない、つまり新規の生産も見込めない。


 何より、この惑星一帯の制宙権を〈結社〉に握られている以上、地球本星からの援軍と補給は絶望的なのである。

現に、何度だって輸送艦や難民船が沈められているのだ…





 後継の入らないミサイルと、奇形進化したガラパゴス兵器。

 これがこのニューエデンの戦場の主役である事に、今は異議はない。





 炎を前に立ち尽くす〈シミター03〉の車内で、03はようやく、己が笑顔になれる気がした。










「03、無事か!?」



《01へ、速射砲以外の火器系統は生きてます。自分はまだ戦え…》



「機体コンディションはこちらでも確認できてる。諦めろ。自機の生残を第一にしつつ、…やれる範囲で03は02の援護に回ってやれ。了解は?」



《しかし、》



「三機も破壊したんだからこれ以上逸ることは無い、って意味だよ。ボルドーの十二年モノ。キャンプに戻ったら良いワインを振る舞ってやるから」



《…、》




 ワイン、という言葉に引っかかったのかどうかは分からないが、ともかく03はラジャー、と一言返して02の戦う方面へと機体を自走させた。


 それに苦笑の笑みを浮かべつつ、01は03の敢闘に心からの敬意を表した。







 しかしまぁ、先ほどの戦闘の一部始終には心底ヒヤヒヤした。

 いつでも間に割ってはいる準備はしていたとはいえ、しかし中々そのタイミングが見つけられない。機関砲で援護射撃をしようか、とも思っていたが、03と相手が余りにも肉薄していて、味方を撃破する羽目にもなりかねなかったのだから…



「そうれどっかーんと!」



 景気良く、祝砲代わりのコッカリル砲をぶっぱなす。着弾は……狙いが甘かった。そして殺到してくる応答の斉射を、苦い表情で歯噛みをしつつ、しかし冷静に回避していく。


 03の激戦の最中、01は、残る敵機と停車状態で撃ち合いを繰り広げていたのだ。これ以上、03へと向かわない様に。――それは、この今の瞬間にも継続されていた。だから、03は渋ったのだ。最初は一機のみでの後退を命令しようとして、それでは納得がいかないだろうから02との協調戦闘を指示したのだって…もしかすると見抜かれていたかもしれない。



 残る敵機は、あと三機。02がやりあっているのが一機で、他の二機は01の正面にいる。

 一対二、という状況で問題が無いのは、ある理由があるからで…




「おおっと!」




 一瞬、狙いが正確に飛んできた機関砲弾の火線を〈シミター01〉を横へスキップさせる事でなんとか避けさせる。がくんと揺れて吹き飛ばされるような衝撃! そして叩き付けられる様に停止した時には、重要部への直撃は免れたものの、これまでの銃撃戦によって既に穴だらけのジャンクになりかけていた右肩部の装甲が、とうとう外れて落ちた。

 するとコンディションパネル上の右肩関節が、異常・不具合を示すイエローの色に点灯していた。装甲板の下の人工筋肉が被弾をした様だった。

 どうも、うまく避けられていなかったらしい…これが完全な破壊・作動不可状態をしめすレッドでは無いのがせめてもの救いだろう。



 だが、この火線は一機分の物だった。

 それから、紛れ当たりでもあったようだ。


 距離は、現在六七。

 一機の〈フリッター〉が、立ち塞ぐようにこちらへ停車射撃を放っている。どんなに反撃が浴びせられようとも、一歩も退かなかった。

 しかしその火線はこちらへ直撃する様な“ロックオン”のされた物では無かったし、飛んできた弾丸は、ランダムに〈シミター01〉の足下やその周囲を、まるで動けなくしたいかの様に耕すだけであったのだ。


 そしてその背後には、もう一機分の熱源がある事を乗機のサーモセンサーはアナウンスしていた。




「私も、ひとつ頂くか」




 元気な方の〈フリッター〉と射撃戦を繰り広げていた01が、モニター画面越しに、その背後に隠れる様に潜む〈フリッター〉のもう一機に狙いを絞る。

 先ほどの、射撃によって、人工筋肉が損傷した個体だ。

 冒険も肝要だが、慎重に進めるのも嫌いじゃない。趣味のさもんないとをやっている時でもそうなることは滅多にないのに、今、口元がにやけているのを01は自覚していた。

…01の意図に相手が気付いた瞬間、手負いの〈フリッター〉は怯える様に一歩退いた。




「フフン、」




 あとは、思い切りの良さだけだ。



〈フリッター〉と〈シミター〉とは、ベースとなるスタンディング・ユンボが共通である為に、その大まかなシルエットは極めて類似している。〈結社〉の主力装甲戦力が自軍からの歯獲兵器である事と同時に、国連軍が手持ちの旧型画像識別ミサイルが使えない理由の一つだ。

 だが、兵器としての完成度ならば、フリッターの方に軍配が上がるだろう。

 外見も、雑然とした掘っ建て小屋のようなシミターに比べ、フリッターの方が外装がしっかりとした流線型で最新のステルス機の様であり、より洗練されていて、装甲も厚く、未来的だ。

 性能面でも圧倒的である。航空機用の物を転用した水素燃料ガスタービン・エンジンによって、フリッターはシミターの二倍の発電出力を持っている。だから、比較して強力と言えるレベルの電子装備も充実していた。



 しかし、この事実が〈シミター〉を決定的に不利にさせるか、というとそうでもなかった。



 原型機から変更のされていない、つまり〈フリッター〉、〈シミター〉の共通部品でもある、SY,及びSAに用いられている基本駆動原理である酸素反応式人工筋肉の都合上、どんなに給電量・通電、荷電量が増えたからといって、人工筋肉の筋力が増える訳ではない。

 むしろ過大なエネルギー・インプットは人工筋肉に使用されている導電伸展型プラスチックを劣化させる原因でもあり、つまる所、同じパワーでより多く装備品を積載していて、より重装甲なフリッターの方が、より軽量なシミターに対してパワー負けをしやすいのである。



〈シミター〉は、〈フリッター〉を撃破する事を目的に開発がされた。その特徴は武装面で顕著だ。



 胸部マウントの二十ミリバルカンは、機関砲弾の掃射により敵SAを釘付けにし、その隙に接近戦へと持ち込む為の物だ。


 胴体上面部右側の三十五ミリ・マウザー砲は、敵〈フリッター〉の、特に装甲の厚いコクピット周辺部等のバーティカル・エリア以外に対してならば、有効という結果が出ている。


 そして〈シミター・Mk42〉からの携行武装…右腕部マニュピレータに装備する、コッカリル90ミリ速射砲によって、一応は〈フリッター〉を一撃で撃破可能な火力を得る事に成功していた。






 つまり…



 同じスタンディング・アーマーが相手であれば、十分に〈シミター〉は戦えた。






「きゃっほーぅ!」





 思い切りよく、フットペダルを踏み込んだ!

 快哉を上げながら01は、次の瞬間に〈シミター01〉を発進させたのだ。


 距離は六十…五十…四十…三十、もう、戦闘は終盤だった。


 正面の〈フリッター〉から、迎撃の火線が上がる。もう一機の守られているフリッターも観念したのか射撃を開始して……そのボディに二本の白線がペンキで引かれている事を01は発見した。なんだ、恋人同士だから、とかじゃないんだ。どうも敵部隊の指揮官機だったから守られていたらしい…幻滅だった。



 ともかくも、向かい風の様な強烈な砲火が〈シミター01〉を襲い、その弾丸が蜂の巣にするように機体に浴びせられた瞬間だった!



 だが、01は怯まない。

 たじろぐ所か、姿勢変化の最適への設定をさせ、機体をさらに加速をさせていた。

 ゴンゴン、ドガン! というような激しいノック音が“殻”の向こうから聞こえてくる。

 だが、相手達がとうの昔にボフォース機関砲を撃ち尽くしてそれが弾切れになっていた事は、国連軍の調査研究によって判明したフリッター搭載ボフォース砲の一秒間当たりの発射速度とその搭載弾薬量の数値を頭に叩き込んでいた01には分かることだった。そして、残された〈フリッター〉の副兵装である12.7ミリミニガンでは、たとえこの距離であっても〈シミターMk42〉のコクピット防殻には有効にはならない事だって、承知の事であった。




「うぐっ」




 それであっても、頭が理解していても…こちらにめがけて飛来してくる無数の曳光弾の弾火、というものは生物の原理的な恐怖をかき立てられる物らしい。


 だけどこんなの、敵宇宙艦からのファランクス弾幕を突破する宇宙突撃艇のクルーに比べれば楽勝でしかない!



 01の胸には、かつての仲間達と共に燃やし、そして燃え尽きるまでに輝かせた宇宙軍魂がまだ残っていた。だから!




「さあ、」




 距離二十、ええい弾幕が鬱陶しい。

 だから一瞬、〈シミター01〉を急停車させた。すると、モニター画面上の白いスクエア…照準レティクルの揺動が止んで、ピタリ、と五月蝿い方の〈フリッター〉に合わせられた。


 トリガーを引く。

 マウザーとバルカン、その両方の機関砲弾が放たれる! 正確に、照準通りの光の破線が闇のキャンバスに描かれていく。バルカンのモーター音をBGMに、ドコン、ドコン、ドコンというマウザーの轟音が01の耳を耳鳴りさせる。若干だが、航跡は左右に揺れた。

 しかしそれが命中していった事で、マニュピレータが片腕しかなくバランスを崩したやじろべえのように慌てふためいた〈フリッター〉の、その残っていた右腕を吹き飛ばした事で、黙らせた。


 その隙に、機体を急発進させる。

 フットペダルと操縦桿を踏み込んだ瞬間、開始されたダッシュによる前方向への加速によって01の肉体は加圧されて…歯ぎしりの間から呻き声が漏れた。高機動運動時の宇宙艇で、01が長年慣れ親しんだ感覚だった。


 ともかく〈フリッター〉は追いかける事が出来ず、01は前衛の突破に成功したのだ。




「よし、」




 距離十五、標的の手負いの〈フリッター〉との相対対峙距離だ。

 まるでスローモーションのように、〈指揮官機フリッター〉のシルエットが迫っていた。

 最後の断末魔をミニガンのモーターを唸らせる事で相手は吼え上げた。だが、それも次の瞬間には弾切れしていた。




 お仕舞いに、作戦計画と現実の実状態との答え合わせをしてみる。

 予想通り、SA・フリッターのその背部には、SS-11bの、空になったランチャーを背負っている。

 これが格闘戦ではデッドウェイトになる。その為、この重火力型フリッターとMk42シミターが格闘戦をした場合、4:6の割合でシミターが勝つとされていた。








「きぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇい!!!!!!!!!!!!!!」






 01が、吼えた。最後に、歯を食いしばる。


 ありったけのバルカンと機関砲を叩き込んだ。

 この時、たった七メートル。

 至近距離で掃射を浴びせられた〈フリッター〉は、揺さぶられたようにガタガタと震えて仰け反った! もう、上半身の関節部は破壊し尽くされている。パンチング・シートの様に、その装甲は穴だらけになっていたのだ。武装も破壊されて、撃ち返す事ももう出来ない…相手は、保持力を喪った左右の腕を、ぶらぶらと振って断末魔を上げていた。


 同時にさらに加速させた自壊寸前のシミターを、残る脚部で後ろへ下がるのも虚しくこちらと鉢合わせする形となった目標の〈フリッター〉へ、



…ぶつけてやった!





「そーれどっかーんっと!!!」





 金属の塊同士がぶつかり合う、けたたましい轟音が鳴り響いた!




――――GOHYAANM!!!!!!!!!!!!!




 シミターの安トタン同然の外装は、破けたり剥がれたり、潰れたりした。

 対するフリッターだが、こちらは厚手の装甲である為に変形はしなかった。だが、そのダメージは深刻だった。機体背部のエンジン・インテークからは機関が衝撃による熱不良を起こしたらしく朦々とした黒煙が吹き出していたし、パイロットにもかなりのショック(物理)を与えたようである。

 オートバランサーが働いている筈のSAが、踏みとどまる為の最後の一歩を踏み外して、〈フリッター〉は横に滑ったのだ。




「よぉぉっし、」




 01命名、メンチ・アタック。これがもたらしたそこそこの成果に、01は満足の一言を漏らした。


 もっとも、パイロットへのダメージならば01も同じだった。伝統と由来のある戦車兵用のヘッドギアを被っていたとはいえ、コクピットの前面モニターに頭を強打したのだ! 今のつぶやきだって、目の端に涙をにじませながらの物だった。別に巨大ロボが嫌いでは無いし、むしろそれらのどつきあいにロマンを持っている。だから前からやってみたかったとはいえ、痛かった……



 ともかく、衝突した衝撃の反動によって、〈シミター01〉と相手の〈フリッター〉とは一瞬、離れた。そしてゆっくりと、〈フリッター〉の機体がさらに横に傾き始めた。


 だが、01はこの程度のナンジャクモノでは無い。


 さらなる達成感と破壊感を求めて、女兵士は昏い表情を笑みに釣らして、ふらり、と宙を舞った〈フリッター〉の右腕部を、仲良くお手手で握手するかのように、ぱしっ、と、〈シミター01〉の左マニュピレータでガッチリと把握した。


 そして、その握り絞めたシミターの左動作肢を、相手が崩れ落ちる向きとは逆の方向に振り払ってやる! …その勢いで、揺らめいでいた〈フリッター〉の機体を、まっすぐに直立させた。




「ふふふ、」




 戦争が始まってからの、かれこれ十ヶ月分の鬱憤が01にはある。討つべき仇の在処だって、物語の主人公らしい重いバックグラウンドだってちゃんと持っていた。そのサンドバッグは、今目の前にあった。だから…





「…―エルボー、ロケットぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」





 ちなみに、01はクラシック映画のファンだ。特に、旧世紀始めの前後などに上映された映画などを好んでいる。


 それから、ロケット、という言葉もあながち嘘ではない。

 何故なら、シミターに内蔵された人工筋肉による瞬発的な最高筋力は、化学燃料式ロケットモーターによる強力な噴射と同規模の推進力を左マニュピレータに与えていたのだ!




「破ぁ!」




 どぐわごっしゃん、という音がとどめだった。

 シミター01の、渾身のハード・ナックルがコクピットの装甲ハッチ部に命中し、それが大きくめり込んで、押しつぶされた中のパイロットが血潮の迸るプレスハムになっただろう〈フリッター〉が、完全に沈黙したのだ。


 繰り出されたシミターの左マニュピレータだが、前腕部装甲の一部が展開する事で作動するメリケン・サック型の保護具によって、一応保護がされていた。但し、しまいそびれたその小指と中指の部分は先端が取れてしまっていて、マニュピレータの形に跡が残る〈フリッター〉のコクピット・ハッチに突き立っていた。


 意志を失い、慣性の原理に従ってゆっくりと崩れ落ちる速度を増した〈フリッター〉は、たった今転倒をした。ぴくりとも、動く事は無かった。




「エエーイ!」




 仕上げだ。

 後ろでの惨事に、ようやく元気だった方の〈フリッター〉がこちらへの転回が完了したのだ。


 だが、次の瞬間は無かった。

 01がガンスティックを操作して、フットペダルを踏んでやる。

 相対九メートルだった互いの距離は六メートルとなり、〈シミター01〉は右腕のコッカリル砲のマズルを相手のコクピット装甲に突きつけてやって、――――ゼロ距離で発砲した!





――COOOOOOOOOOMMMMMMM!!!!!!!!!!!!!





 大爆発する事は無かった。代わりにコクピットハッチを貫通した砲弾によって〈フリッター〉の背面部は大きく破けて、装甲やエンジンの残骸だとか、ぐちゃぐちゃに破砕された内部部品のもろもろだとか、或いは程良くグリルがされた搭乗者だった者の肉体のなれの果てなどがそこから噴出をした。倒れることも無く、ただ呆然と機体は立ち尽くしている。


 02と03も、やってくれた。その事で、動いている〈フリッター〉はもう消滅していた。



 つまり…戦いの終わりだった。




「…ふぅ」




 タフなホット・ロッドだ。シミターはまた、駆動が可能だった。


 無傷な箇所など一つとして無い。

 密林の元の静寂が戻った戦場の、月光に照らされた事でそれがよく分かる。

 無数に大小の穴が開いて焼鉄の色になまされた装甲板は、押し潰れていたり抉れていたり、或いは既に無くなっていたりもして、その外装は大きく崩壊している……有り体に言えば崩落したバラックのようでもある。



 満身創痍に見える〈シミター01〉だが、搭乗者の01は最初からこの機体を使いつぶすつもりでいた。


 卵の中身と卵の殻となら、中身の方に価値があるに決まってる、というのが兵士の持論である。



 だが、フレームに関しては…まだ、可動状態にあった。

 例えフレームのコンポーネントである強化軽合金製の骨格が耐久限度を越えて各部のジョイントが破断寸前で、それに張り巡らされた人工筋肉がズタズタに引き裂かれた状態であっても、コンディション・パネルの上ではイエローである。

 これは誤表示では無い。

 植民惑星のゼロからの開拓という本来の使用目的の過酷な酷使に耐えうる事を目的として設計された元々の原型機のそれが、このけなげな相棒が、これからキャンプまでの道を帰っていけるだけの余力を01に保証してくれていたのだ。





「任務完了、かな?」





 ヘッドギアを脱ぎ、エアコンの利いた機内でありながら汗と体温で蒸されていた髪をぐしゃぐしゃとかき分ける。アップにしていた自慢でもある黒のロングが解けて、画面からの光に艷色に濡れた。そして、大きく息をついた。



 舌の上で、絶品だろうボルドーの味を思い浮かべて顔を綻ばせる。

 酒の好みは昔は安いトリスとかであったが、残存国連軍の慢性的な物資欠乏によって寝付きの友にも事欠く今では、贅沢は言ってられない。

 それと、こないだの戦闘で戦死したばかりの嫌な中隊長のコレクションの分配である事も、味の想像を芳味な物へとしていたのかもしれない…






――だから、左右と前面に配置がされているコクピットの展望モニターの片隅で、擱座していた筈の〈フリッター〉が再起動した瞬間に気付くのが遅れた。





「な」





に、と言い切る事も出来なかった。

 起こし上げた機体の上半身を安定姿勢で固定した〈フリッター〉の、その背部に懸架されたSS-11bのランチャーの廃熱部位が一瞬で真っ白に加熱される瞬間が、〈シミター01〉の熱線画像視界のコクピットモニターに切り取られていた。




 同時に、直接照準のレーザー照射反応がシミターのセンサーで検知された事を知らせるアラームが鳴った。そして続く、飛来感知警報、






――まだもう一発ミサイルがあった!?









「このっ………ぅぁああああああああああああああああああっ!」








 絶望的な撤退戦の最中にジャパンの教導隊が三日で書き上げたとのウワサの新しい方の訓練教本に載っていた対処法だったとは言え、咄嗟の機転だった。


 飛んでくるSSー11bの未来予期弾道に対して、右腕部動作肢の論理秩序を緊急防御時用の被・飛来弾相対追従モードに切り替えて、そして……―――“ミサイルに当ててやった”!



 それによって、繰り出された〈シミター01〉の右腕部に着弾したSS-11bはその場で炸裂…シミターの右腕は木っ端ミジンコに吹き飛んだが、コクピットのある胴体胸部モジュールへの直撃はどうにかした、という訳である。




「ぎゃっ! …あぁあッ! うぅぐっ……っ、」




 但し、炸裂時の強力な爆風によって、兵士の乗る〈シミター01〉はもうガタガタだった。


 下半身が可動しない。

 爆風とミサイルの飛散片によってフレーム部の人工筋肉が完全に破壊され、関節部の非常時保持固定機能が働いた事による物だと01は酷く冷静に分析をしていた。



 一タイミング遅れての衝撃に、01の身体が襲われる。

 激しく揺さぶられる視界の中で、遮っていた爆炎が晴れるその向こうから、〈フリッター〉がアサルトナイフを展開して突進をしてくる瞬間が乗機のモニターに映し出されているのが理解出来た。

 相対距離、十五メートル。




「FUCK!」




〈シミター01〉の胴体部旋回装置はまだ生きていた。だから、動かない下半身は諦めて上半身のみを可動させた。


 距離十メートル。

 コッカリル砲を浴びせようとして、照準した筈のレティクルが動かない事に一瞬混乱した。

そういえば、右腕は防御に使用したのであった。その事にハッ、となって、ガンスティックのセレクターを切り替える。


 ならば、マウザー砲で…チクショウ、ガン・サイトが動かない! どうも機関砲のマウント部に、飛散した〈シミター〉の腕の残骸片が挟まったらしかった。




 距離は六…五メートル、あと二歩の距離だった。




 まだだ、まだ胸部バルカンがある!

 しかし、相手の〈フリッター〉は動作肢を突き出してナイフを突き刺そうとしていた。一気に三メートル食い込まれた。02と03の絶叫が聞こえる。間に合わない。01は目を見開いていた。



 その時、動かないはずの下半身が一歩、後ろへと下がった。

 爆風に煽られた事によるものか、それでシミターのバランスが崩れた事かは分からなかったが……奇跡に違いなかった。



 目の前にまで迫った〈フリッター〉のナイフが、ワンタイミング届くのが遅れた気がした。今だ!




「うああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」




 祈る気持ちでトリガーを引いていた。


 当たった。



 蜂の巣にした!



 バルカンから発せられた、嵐のような弾雨…ー

 装甲を貫通した二十ミリの小口径徹甲榴弾によって全身の人工筋肉を食い破られた事により、相手の〈フリッター〉はガタガタと振動しながら地面へと崩れ落ちる瞬間だった。



 人工筋肉が破壊されたSAなど、文字通り、糸の切れた人形である。

 もう、何もできないのだ。




「いっけぇ!」




 叫んだ01。


 右脚部太股ハードポイントから、スタンディング・アーマーサイズの巨大な“ナタ”…スーパー・ハチェットを抜刀。大規模土木工事用の高周波カッターを転用したこれに、切れない物質はそう無い。

 電源をON。歯医者のリューターの様な甲高い作動音が響きわたる。〈フリッター〉のコクピット装甲へと照準を絞り、残った左腕で…






――振り下ろした!









 厚いチタニウムが両断される音が森に響いた。













 今度こそ、小隊の長かった一日は終わった。










* * *






 夜空には、二つの三日月が昇っている。




 開放されたコクピット・ハッチの向こうに浮かぶその光景は、平和だった頃、このニューエデンに訪れた人間ならば誰しもが感動すると称えられていた通りに、壮大な気分を01にもたらしている。

 彼女がさらけ出された密林の外気温も、夜であるために冷却がされていて、そして風が出ている事から…不快ではなかった。



 戦闘服の、右のポケットから目当ての物を取り出す。

 銀色のジッポー・ライターと煙草のケースだ。

 だが、それをくわえる事はせず、利き手の上で弄び始めた。


 乗艇が撃沈されて、一週間、虚空の宇宙をさまよった。

 その時一緒に漂い続けた部下の、とうに死体になっていた彼の持っていた物がこれだった。…ー宇宙艦では持ち込みは禁止されているのに。使うことなく、それを彼女は、お守りの代わりとしている。




 次に夜空へと顔を向けた時、その空が、まるで天の川の様に星で覆われ尽くされていた事に01は気付いた。

…ーいや、正確には星ではない。宇宙艦船、もしくは宇宙艇が撃沈されたことによる爆発光だった。

その瞬きが無数に、夜空の上を埋め尽くしていた。




 嗚呼、汚い花火だ。




 残存国連軍の保有する宇宙船の30%が、今回の作戦に投入されたと聞く。


〈結社〉は、処刑リストを発布している。百科事典十冊で足りない厚さの、


 だから、焦燥と恐怖が特権階級だった彼らを駆り立てたのだ。しかし、それが残される者達を見捨てた事には変わりがない。そして、その結果がこれであるのならば……












…結局、今日の“反攻作戦”に於いて戦果を挙げたのは、無事に生き残れたのは…彼女らの小隊のみであったという。





















彼女らが去っていった後の密林には鉄と複合材のオブジェが残されていた。



機能を停止した〈シミター01〉だ。

コクピットのハッチは開放された状態で残されており、その中に、共に戦場を生き抜いた…主だった兵士の姿は無い。〈シミター02〉も〈シミター03〉も居なかった。彼女らは勝利者として帰って行き、皆で祝杯を上げて、飲んで騒いだ後に、そして寝て……それから、また新たな戦いに赴くのだろう。新しい〈シミター〉と共に。





雨が、その残骸を叩きはじめた。

熱帯であるパンゲア南西部では珍しくないスコールだった。

それは、ひとりだけ置いてけぼりにされた〈シミター01〉の涙のようでもあった。





他に残されたのは、敵だったモノ達の残骸だ。


撃破されたSAの死骸が、この場所で死んでいった者達の墓標でもあった。

年月を経ればやがて森の一部となり、腐ることのない複合素材の遺骸は、遠い未来にやがて訪れるだろう平和な時代で、新しい世代の人々に歴史を教える記念碑にもなるのかも知れない。







或いは、癒しの雨だったのだろう。





止むことのない雨は、いつまでも降り続いた。


火薬の匂いを洗い流す様に、血の色を落とす様に…――











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