サフィリア神殿~封印補修~

 外観は少し古くとも、白く綺麗な石材のタイルで作られた外壁には剥落は見られず、建物としての形を充分に保っている神殿。

 神殿って言うとパルテノン神殿が真っ先に思い浮かんだけど、この神殿はパルテノンとは全く似ていない。

 どちらかと言えば、某謎解きアクションゲームの退魔の剣が安置されている神殿に似ているな。入口には扉が存在せず完全に解放状態となり、入口の上方には女の人を描いたステンドグラスが備えられてる。建物自体の高さは目測で十メートルはあるからな。

 俺が三人もとい三匹並んでも余裕で入れる入口を抜けると、中には広々とした空間が存在していた。どうやら一階建ての様で、床から天井までの高さが建物の高さと同じだ。床は一面真っ白で、上に開けられた天窓から注ぐ太陽光に照らされ俺の姿が映る。

 部屋らしきものや扉も存在せず、一番奥にはステンドグラスに描かれた女の人に似た巨大な石像が安置されている。その石像の大きさは台座を含めるとだいたい五メートルくらいになるな。

 女の人の石像は手を軽く横に広げ天を見上げている。天井に開けられた天窓の内の一つから注ぐ光が女の人の石像を照らしている。

「ねぇ、あのおんなのひとは?」

「ん? あぁトライは知らねぇか。あれはかつてこの地を治めていた女神サフィリア様だ。魔神と対をなすお方でな、魔神封印の時には力を貸してくれたらしい」

 気になったのでアルレシアに訊いてみると、どうやらあの女の人は女神様らしい。

「この神殿は女神サフィリア様を祀っていてな、毎日人が参拝に訪れるんだ」

「そうなんだ。……って、まいにち?」

「あぁ、毎日」

 ちょっと待て。毎日だと?

「ねぇ、アルレシア。ここにまじんのかけらが、ふういんされてるんだよね」

「あぁ」

「なのに、まいにちひとがおとずれても、もんだいないの?」

「その事か。問題ないな。何せ、魔神の封印に関しちゃ完全に秘匿されてるし、女神サフィリア様の力で魔神の力が感知されないようになってんだ。気付かれる事なんてねぇよ」

 俺の疑問にアルレシアはそう答える。

 曰く、ここの魔神の封印は女神様の力によってなされているらしい。なので、例え最上級の悪魔でも女神様の力で隠されちゃ発見は難しいとの事。

 実際、ここの封印は一度も発見された事はないとか。

 けど、逆に女神様の力で魔神の欠片の位置が特定されるんじゃないか?

 と言う疑問には女神様の力はサフィーナの国に満ち溢れているので、魔神封印の力に関しては他の力に紛れてしまっているとの事。正に、木の葉を隠すなら森の中状態になっている。

 また、他の国の封印に関しても、かつてその国を治めていた神様の力によってなされており、やはりその国にもその神様の力で満ち溢れているから発見は困難らしい。

 でも、人が来る可能性のある場所で魔神の封印補修を行うのは駄目ではないか? いとも容易く情報が漏洩してしまう。

「あ、因みに。今日は大規模清掃を行うってお触れを事前に出したから、人は入って来ねぇから。もし入って来たら罰則あるしな」

 何て俺の心配はいとも容易く玉砕された。過去にも同様の事をして一般人に晒されない環境で封印補修をしていたらしい。一応、大規模清掃は何ヶ月に一回行うようにしているので、それから魔神封印に結びつかないようにしているとか。

 因みに、立ち入り禁止になるのは神殿の敷地全域になるそうだ。この女神サフィリア様の神殿は実は城下町の一角にあるらしく、敷地内には背の高い木を生やし、敷地周りには神殿の半分程の高さの分厚い塀で囲っているそうだ。

 神殿の敷地内へと入るには一つしかない巨大な門を潜る必要があるけど、今日は固く閉ざされていて何人たりとも入らないようにしているとか。あと、転移魔法で来れないように俺達が着た瞬間に簡易的な結界を施したらしい。

「んな訳で、人目を気にせずに補修作業が出来るって訳だ」

「なるほど」

 なら、ちゃちゃっと封印補修を終わらせてしまおう。

 というか、ここの何処に魔神の欠片が封印されてるんだ? 部屋らしき場所はないし、神殿内部にあるのは女神像のみ。…………まさか、女神様の石像の中に魔神の欠片が封印されてる訳じゃないよね?

「っと、じゃあここから封印してる場所に向かいぞ」

 そんな疑問を抱いていると、俺達は女神様の像の足元まで来た。こうして見上げると本当高いなぁ。圧倒されるよ。

 俺が女神様の像を見上げていると、アルレシアは俺から降りてイヤリングを取り外し、それを台座に翳す。

 すると、台座に魔方陣が浮かび上がり、台座の一部が奥へと引っ込んでいくではないか。

 そして、俺がギリギリ通れそうな入口が出現し、下へと続く階段が現れる。

「ここは王族の証であるオロアドスの霊石がないと開かない仕組みになってんだ」

 アルレシアはイヤリングをつけ直し、再び俺に跨る。

「より、レッツだゴー」

「おー」

 俺はアルレシアに促され、階段を下りて行く。

 と言うか、そのイヤリングに埋め込まれた宝石ってオロアドスの霊石って言うんだ。一年以上見て来たけど初めてその名を訊いたよ。

 階段を何段か降りると、背後からの光が無くなる。どうやら自動で入口が閉じて元の台座に戻ったようだ。

 外からの光が差し込まず真っ暗闇――とはならず、壁自体が淡く発光しているのである程度視界が確保出来、足を踏み外す危険は薄くなってる。

 だいたい六十段くらいは降りた所で階段は終わり、真っ直ぐの通路に変貌する。

 その通路は行く毎に道幅が広くなり、最終的には俺が四人程横に並んでも平気な程になる。

 通路の奥には光の玉が存在し、近付いて行く事にその球の大きさに驚かされる。

 直径三メートルくらいあり、その中央には人の右腕だけが浮いていた。

 その右腕はやけに美しく綺麗だった。筋肉質ではなく、それで骨ばっている訳でもない。程よく骨を隠す程度に肉がついており、まるで透き通るかのような白さだ。

 指もまるでモデルさんのようにすらっとしていて、掌には豆の一つも存在しない綺麗な物だった。ネイルアートなんかしたら映えそうだけど、爪には何も施されていない。

 これが、魔神の欠片。……と言うよりも一部だな。

「へぇ、これが魔神の右腕か。初めて見たけど綺麗じゃん」

 と、アルレシアも俺と同じ感想を抱く。

「まぁ、魔神は女神だっていうしな。手が綺麗なのも納得か」

「え? まじんはめがみなの?」

「おぅ。そうらしいぜ」

 マジか。俺のイメージは完全に男神だったんだけどな。まぁ、イメージと違ったからと言って特に無いけどさ。

「んじゃ、ちゃちゃっと封印の補修でもしちまうか」

 そう言って、アルレシアは俺から降りて光の玉に触れる。目を閉じ、精神を統一させる為に深く息を吸って、吐く。

「――♪――♪――♪」

 目を閉じたまま、アルレシアは歌い出す。

 何時もの粗野で少年然としているアルレシアからは想像も出来ない澄んでいて、尚且つずっと耳を傾けて痛くなる科のような安らぎを与える歌声だ。

 封印の補修は、歌に自身の魔力を乗せ、周りに満ち溢れている女神様の力と融和させ、封印へと浸透させる事で出来るとアルレシアは言っていた。

 アルレシアの一族――王族はこの歌の力に秀でており、魔神を封印した祖先は歌に様々な力を乗せる事が出来たそうだ。その力の中には、世界に満ち溢れる神の力も含まれていたそうだ。

 そして、何十年かに一人祖先と同じように神の力を歌に乗せる事が出来る者が生まれるそうだ。

 アルレシアはその素質を持って生まれ、今回の封印補修の任が告げられたそうだ。

 アルレシアの歌に呼応するかのように、光の玉の輝きはどんどんと増していき内包されている魔神の右腕が段々と見えなくなっていく。

 そして、遂に魔神の右腕が完全に見えなくなり、光の玉は神々しい輝きを放つようになった。

「――♪……♪…………ふぅ」

 封印の補修が終わり、アルレシアは軽く息を吐いて光の玉から手を離す。

「これでここの封印は大丈夫っと」

 額に滲み出ていた汗を拭い、一仕事を終えたアルレシアは俺の横に来ると、そのまま身体を預けてくる。どうやら、神の力を歌に乗せるのは思いの外疲れるようだ。

「おつかれさま。もっとききかたったな」

「ありがとさん。誰かの前で歌うのはちっと恥ずかしいんだけど……まぁ、トライが訊きたいんなら歌ってもいいかな。勿論、力は乗せねぇぞ」

 アルレシアは少し顔を赤らめて俺から顔を逸らしながらも、歌を口ずさんでくれる。

 心地の良い歌声に、俺は耳を傾ける。

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