西へ
「うっし、そろそろ行くか」
アルレシアの体力も回復し、俺達はここを出る事にする。
という事は、あの階段を上って地上へと出る事になるのか。
アルレシアが乗ったのを確認すると、俺は階段へと向かって移動して行く。
「あ、ちょい待ち。そっちじゃないそっちじゃない」
「え?」
「行く方はあっちだ」
と、アルレシアは俺のフリルを掴んでぐいっと左の方に顔を向けるように動かしてくる。そちらには壁しかないんだけど? 他と違う点と言えば、女神サフィリア様を象った紋様が描かれているくらいだけど。
「あそこはここに来る時と同じようにこれに反応する扉があるんだと。出る時はそこから出ろって父様が言ってた」
そう言ってアルレシアはオロアドスの霊石を指す。成程、あそこもそのイヤリングに反応するのか。
俺は言われた通りに女神サフィリア様を象った紋様が描かれた壁へと向かう。
壁の前まで来るとアルレシアが降りてオロアドスの霊石を壁に翳す。すると台座の時と同じように魔法陣が浮かび上がり、壁の一部が扉のように奥へと開いて行く。
「っし、行くか」
「うん」
アルレシアは俺の上に乗り直し、俺は扉を潜る。俺が潜り抜けると扉はやっぱり独りでに閉じる。
出た先は真っ暗闇だったので、視界を確保する為に光魔法を使う。俺の使う魔法では大体一メートル先くらいしか照らせないけど、足元が見えれば踏み外す心配もない。
俺は足元に注意しながら進んでいく。
神殿内とは違って下は土に小石が散らばっており、横幅は俺が二匹ギリギリ並んで通れるくらい。天井はアーチを描いている。道自体は緩やかな上り坂となっており、歩く度に蹴り上げた小石が後ろへと転がっていく。
道は結構長く、暫く進んでいくと、行き止まりに差し掛かった。目の前の壁には、女神サフィリア様の紋様が描かれている。
「ここも?」
「あぁ。ここも翳す必要がある」
アルレシアは俺から降りてオロアドスの霊石を翳す。壁に魔方陣が浮かび上がり、今度は上にせり上がるようにして道を開ける。
壁が開かれると、そこから柔らかな光が差し込んでくる。俺とアルレシアはその光へと向かって歩き出す。
「おぉ……」
外だ。外に出た。微風に流れるように揺れる草が一面に生えた平原だ。俺とアルレシアの背後には五メートルもある大岩が鎮座しており、その一面が四角く切り取られている。その切り取られていた部分は直ぐに元に戻った。
「おぉ。城があんなに小さいぞ」
アルレシアは後ろを振り返り、岩の向こう側へと目を向越えて大きく見開く。確かに、彼女の言う通りお城は小さく見える。多分、あの城がさっきまで俺がいた場所なんだろう。
丘の上に立った城を中心に城壁が並び、更にそこから緩やかな勾配に沿って建物が建って城下町が形成されている。一番外側には一番高い塀とその周りに掘られた濠が街を守るように立ちはだかり、吊り橋型の門が開いて外との往来が出来るようになっている。
「さって、あそこから出たら何処に出るんだったかな……」
アルレシアは俺に括りつけられた荷物を漁り、そこから地図を数種類と方位磁石を取り出す。
「えっと……あぁ、ここだここだ。王都から西に行った所の大岩っと」
地図のうち一つを広げ、赤く丸が付けられた場所を見付けるとアルレシアはそこから指を這わして次なる目的地への道を描き始める。
「次はぎりぎり国内だから……でもって西端だからこのまま進めばOKっと。道中に立ち寄れる村や町、あと観光スポットがっと……」
更に地図を増やし、地図と地図の端を合わせながら道順を決めて行く。俺はこの世界の地理に全く詳しくないので、ここらへんはアルレシアに丸投げをする。その分、移動は俺に乗っていくので多少は早く進む事が出来る。
「っし、決まった。トライ、これからの道程についてだけどよ」
「うん」
「まず、このまま西に向かう。ここから次に近い封印場所はぎりぎり国内に位置してる場所なんだ。地図に書いてある道通りに進むとそれなりに時間がかかるが、まぁ、俺達は多少道を無視して森ん中とか突っ切っても大丈夫だと思うんだが。そうすれば結構時間が短縮出来る」
「なるほど」
「道中に魔物に出くわすと思う。特に、森ん中を突っ切ると否が応でも魔物と相対する事になる」
魔物、か。俺が知ってる魔物と言えば、ベルティーさんに跡形もなく消されたワイバーンに、守護獣の皆さんにやられたゴブリンにオークくらいだ。
俺はこの四年で魔物と戦った事はない。ただ、フォーイさんから魔物の特徴とか性質とかを教わったから、相対してもそれなりに対処出来ると思うし、戦っても引けを取らないだろう。
ただ、もし魔物との戦いになったら覚悟しなきゃいけない事がある。
殺す必要が出て来る事。そして殺される可能性がある事だ。
箱庭の森だと模擬戦で戦闘経験を養って行った。模擬戦では死ぬ危険はなかった。
しかし、魔物との戦闘では殺すか殺されるかだ。俺は餌として見られて襲われ、俺は自分の身を守る為に戦う。そんな構図になる。
逃げても追い掛けられる可能性も十二分にある。だから、一思いに殺して後腐れを無くす事も必要になる。
そう思うと、身体が軽く振るえる。殺されるかもしれないと言う恐怖か、命を奪うと言う行為に対しての忌避か。よく分からない。
「大丈夫か?」
と、アルレシアが心配そうに俺の頭を優しく撫で始める。どうやら、表情にも表れてしまっていたみたいだ。
そうだよ。何も魔物と相対するのは俺だけじゃない。アルレシアもだ。
そして、俺は少しでもアルレシアに降りかかる危険を減らす為に同行したんじゃないか。それなのに、揺らいじゃってどうするんだよ。
こんなんじゃ、逆にアルレシアの足を引っ張ってより危険な目に合せちゃうな……。
改めて、覚悟を決めよう。
もし、魔物が襲い掛かって来たら、アルレシアが凶刃に倒れる事のないようにしっかりと守ろう。
「うん、だいじょうぶ」
俺は頭を振り、気持ちを完全に切り替えて頷く。
「そうか? まぁ、無理はすんなよ? 痩せ我慢禁止だからな?」
「わかってるよ。むりはしてない」
「そっか。あ、あとな」
アルレシアは軽く息を吐くと、柔らかい笑みを浮かべる。
「独りで背負い込むなよ。オレもいるんだから、頼れよな」
彼女の言葉は、俺の心に響き渡る。
あぁ、そうだよね。アルレシアは一方的に守るような相手じゃない。互いに肩を並べて立ち向かえる仲間だ。
それなのに、一方的に守るなんて……おこがましいな。
俺独りじゃどうしても駄目な時だってある筈だ。
でも、二人――一人と一匹なら。アルレシアと俺が力を合わせれば打破する事だって出来るだろう。
二人で共に歩んで、乗り越えて行こう。
互いに喜びを分かち合って、困難に立ち向かって、旅をして行こう。
「うん。こまったときはよろしくね」
「おぅよ。……っし、じゃあ行くか。まずは近くの町にでも行こうぜ」
「ちかくのまちって?」
「えっと……近くの町はフィアスコールか。大体一週間あれば着くな」
「そっか」
「まぁ、まだまだ封印はもつって話だし、そこまで急ぐ旅じゃない。のんびり行こうぜ」
「そだね」
アルレシアが俺の上に乗り、俺はアルレシアに示された方へと歩き出す。
旅はまだ、始まったばかりだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます