出発
俺の幻想は儚くも崩れ去った……かに思えた。
けど、違っていた。
王様達が現代日本でも見れるかなりのラフな格好をしていたのは、アルレシアが書いてよこした手紙が原因だった。
何でも、俺が人間の王族に対して何やら期待しているような気がすると感じ取り、ならちょいと驚かせてみようという事になり、家族ぐるみでドッキリを仕掛けてきた次第だ。
ただ、アルレンくんのあの恰好はドッキリとか関係なく最初からそうしていたらしい。俺とアルレシアが来る直前まで鍛錬に励んでいたそうなので、ああいった恰好だったとか。
なので、そのドッキリを終えると王様達はまさしく王族と言わんばかりの煌びやかで豪奢な服に身に纏った。王様なんて王冠被ってマント翻してるし、アルレンくんはびしっと着こなしていて王妃様と双子の妹ちゃん達は針金でも入っているんですか? と言わんばかりの半球と呼ぶにふさわしい丈の長いスカートを履いたのだ。
……他の皆が正装してるのに、アルレシアだけは何時もの恰好のままだったけど。本人曰く「あんな動きにくい服は着たくねぇ」との事。いや、それ思ってても口にしちゃいかんでしょ。
で、正装した王族の皆さんと軽く話をして、中庭で立食パーティー的な流れになった。何せ、俺ここから出られないし。
メイドさんや執事さんが野外用のテーブルを運んで組み立て、クロスを敷いてその上に作りたての料理が銀の皿に乗せられて運ばれてきた。
俺の分の食事はテーブルではなく俺の目の前に置かれた。そこには前世で言う所のキャベツに人参、ブロッコリーが並べられており、程よい大きさにカットされていた。別の皿には水が汲まれていた。
キャベツは芯が甘く、葉は瑞々しくしゃっきりとした歯ごたえで変に青臭くなかった。
人参もまるで果物を食べてるかのような甘みが噛む毎に口内に広がり、それでいて人参独特の匂いは味を損なわせず、逆に引き立たせていた。
ブロッコリーは……うん、ブロッコリーだった。前世の記憶通りの味と匂いがした。以上。
水は箱庭の森の池のものより味が落ちるけど、それでも美味しかった。
皆は肉とか野菜とか魚とかを料理したのを食べてたな。パンとかパスタもあった。デザートにケーキっぽいのも頬張ってたな。
アルレシアは久方振りの肉という事で、かなりがっついてたな。ローストビーフ的なのをフォークで何枚もまとめてぶっ刺してそのまま口の中に放り込み、頬を膨らませながら咀嚼して呑み込んでった。
その姿には決して民衆には見せられない鬼気迫るものを感じた。まぁ、箱庭の森にいた時は蛋白源は魚介類しか食ってなかったからな。仕方がないだろうと俺は傍目にむっしゃむっしゃと野菜食ってた。
因みに、食べてる最中に近くで待機していたメイドさんやら執事さんが俺にじっと視線を向けていた。あと、遠くから武漢や文官の人達も同様に。黒服の方々は知らない。まず見える所にいないし。けど、多分いるんだろう事は窺えた。
で、食べながら会話をし、その過程で五年前に王妃様が一度箱庭の森に来た事を知った。
何でも、喧嘩したそうだ。王様と。些細な行き違いが起きて王妃様は転移の魔法陣を使って箱庭の森へと一時的に引き籠ったそうだ。で、その時フォーイさんに宥められ、気が落ち着いた頃に転移魔法が使える王城お抱えの魔術師さんが迎えに来て帰って行ったそうだ。
あぁ、だからスティ母さんは王族の事を知っていたんだなと納得した。魔神の封印補修の旅は五十年に一度だし、その付近に王族が箱庭の森へと出向いて鍛錬を積む事になっている。
けど、スティ母さんは箱庭の森に十年しかいない。だから五年前の時点で王族の事を直接見た事がない筈だけど、そう言った事情があったのでスティ母さんはその時に王族を知ったのだ。
因みに喧嘩の理由は王妃様の誕生日を王様が忘れたと誤解したから。王様としてはサプライズパーティーの準備を秘密裏にしていて最後までシラを切り通さなければならなかったから最後に喧嘩になってしまい、王妃様は出て行ってしまったとか。
その時の王様は魂の抜け殻のように生気が失われていたらしい。で、王妃様が戻って来た時には泣いて謝り、王妃様も勘違いだと分かりこちらも泣いて謝った。互いに泣いて謝る姿は子供達からは本当仲いいんだなぁ、とある意味で微笑ましい光景だったそうだ。
あと、双子の妹ちゃん達が来ていた服の文字は異世界人が伝えた者だという事も分かった。異世界から来た人がいるんだ。と言うか、この世界に日本人いるんだ。もし出逢ったら、意思疎通でも図ってみようかな? 何て思ったりもした。
そんな話をしながらも、俺は双子の妹ちゃんやアルレンくんに触ってもいいか聞かれたので頷き、彼等は笑顔で俺を触ってきた。触ってもそこまで言い完食ではないと思うんだけど、興奮冷めずに何度も触ってきた。
終いにはアルレシアが「何なら乗せて貰え」と言ってきたので、俺は三人を背に乗せて、軽く中庭を一周した。あんまり揺れないように足運びに細心の注意を向けながら歩くのは結構疲れた。
あと、王様に王妃様も乗せて欲しそうな目を俺に向けていたので、乗せました。
そんなこんなでその日はお開きとなり、俺は中庭で眠った。俺の傍らには箱庭の森にいた時と同じく、アルレシアが背を預けて眠った。何故自分の部屋で寝ないのか? と訊いたら「こっちの方が落ち着く」からだそうだ。
で、翌日。俺とアルレシアは朝食を食べた後、早速旅に出掛ける事となった。
その為の準備を整え、アルレシアは俺の背に乗る。
今の俺には蔵に足掛けが装備され、アルレシアが乗りやすいように調整がされている。あと、簡易寝具とか調理器具、その他諸々の旅に必須な物も俺に括りつけられる。それらを括り付ける際に従事の人が低姿勢で何度も確認を取りながら行っていた。俺としてもそれは必要だし、対して重くも無いのでそこまで低頭しなくていいのに、と思った。
あと、俺の首には特別な魔法道具である首輪がつけられている。
これは偽りの首輪と言い幻影魔法と同じ効力を持っており、身に着けていれば俺の外見が別の動物に見えるようになるらしい。
何せ、俺はこの世界では珍しいトリケラトプス。それが普通に外を歩き回っていたら変に注目を浴びてしまう。この旅では注目を集めるのは出来る限りやめた方がいいので偽りの首輪で俺の外観はライドセラスと言うあまり珍しくない犀に見えるようになっている。
俺とアルレシアはまずこのサフィーナ国に封印されている魔神の欠片の場所まで行く事になり、そこまではお抱えの魔術師さんの転移魔法で移動する事になるそうだ。
「では、アルレシア、トライ様。気を付けてな。」
「夜は寒くしないように寝なさいね」
「終わったらのんびりしてね」
「無理はしないでね」
「帰って来たら是非話を聞かせ下さい」
王様、王妃様、それに双子の妹ちゃんにアルレンくんが次々とアルレシアと俺に声をかけて行く。
「おぅ、気を付けて旅を満喫しながら封印補修して行くさ」
「アルレシアのことは、まかせて」
アルレシアはない胸を張ってそこに拳を軽く叩きつける。俺も王様達の心配を少しでも減らそうとそう口にする。……何か、箱庭の森から出る時とはアルレシアと立場が逆になった気がする。
「では、そろそろお送りいたします」
と、魔術師さんが詠唱を始める。
魔術師さんが詠唱を終えると、俺とアルレシアは転移の光に呑まれ、王城の中庭から何処か森に聳える古びた神殿の前に移動していた。
「うっし。じゃあ改めてだけど、これから長い間よろしくな、トライ」
「うん。おたがいにたすけあおうね」
「当ったり前だ。あと、無茶だけはすんなよ。それで何かあったらスティさんが悲しむからな」
「アルレシアも。無茶したらお父さん達が悲しむ」
「だな。と言う訳で、互いに無茶はせずに行く方向でいいな?」
「うん」
俺とアルレシアは互いに笑い合う。
「さて、んじゃますこの神殿内にある封印を補修するとしますか」
「わかった」
俺はアルレシアの言葉に頷き、神殿内に向かう。
今日この日、俺とアルレシアの長い長い旅は始まった。
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